えっ?


「えっ?」


 教師のバレリアが聞き返した。


「「えっ?」」


 カク・ズとエマも聞き返した。


「「「えっ?」」」


 観客たちも聞き返した。


「じゃ、終わったようなので、契約の儀といきましょうか」


 唯一、ヘーゼンだけが、淡々と審判の元へと近づいていく。


「あ……う……あう……」


 セグゥアは、あまりの出来事に、口を魚みたいにパクパクさせる。そんな姿を目撃し、近くにいたマードック、また降参を宣言したウラジールとヒキョウナが一斉に笑い出す。


「ククク……ハハハハハハハッ、な、なんだお前その顔は!? あー、マジでウケるんですけどっ!?」

「……っ、おい……お前、なにを言ってるんだ?」


 頭が真っ白で、とにかく、セグゥアは理解できなかった。応援してくれているはずの取り巻きたちが、腹を抱えて笑っている。それが、なにを意味するのかが、まったく。


「ひっ、ひーっ! これ以上、笑わせないでくれよ! あー、ウケる。裏切ったの、俺たち! わ・か・る?」

「な、なんでだ!? 俺たち友達じゃ――」

「笑わせるんじゃねぇよ! ずっと腹が立ってたんだよ、お前の態度がよぉ! いつもいつも苛立って、雰囲気ブチ壊して! 何様だテメェは!?」

「……っ」


 そんなやり取りを、ポカンと眺めていた観客たちを尻目に、ヘーゼンのバレリアの隣で、口を開く。


「先生。早く、勝者の宣言をお願いします」

「……これで、本当にいいのか? ヘーゼン君」


 バレリアが思わず尋ねる。


「と、言いますと?」

「こんな形での勝敗の決着、君は不本意なはずだ。正々堂々と己の力を出し合って――」

「別に不本意ではないですよ」

「し、しかし」

「むしろ、彼をけしかけたのは僕なんです」


 !?


 そのとてつもない宣言に、全員がヘーゼンに視線を送る。


「ど、どういうことかな?」

「ほら。見てわかるとおり、あのグループは彼に対して不満を持ってました。だから、けしかけてみたんですよ」

「き、君は! 卑怯だとは思わないのか!?」

「思います。でも、勝ちは勝ちですから」

「……っ」


 正々堂々と生きてきた者だけ許されるであろう爽やかな微笑みを、ヘーゼンは浮かべる。


「見損なったぞヘーゼン君」

「先生の評価は、僕の目指す将官試験には関係ありませんから、まったく問題ありません」

「き、君は……こんなことをすれば、生徒全員を敵に回すぞ!? そんなことも考えられないのか?」

「もちろん、考えてます。しかし、まあ、優秀な奴隷も手に入ることですし、彼に撃退してもらおうかと思ってます」

「……っ」


 思わずバレリアは、数歩後ずさる。完全にイ○れている。教師になって……いや、生まれて以来、こんな危ないヤツはいなかった。


「せ、先生?」


 セグゥアが、今にも、死にそうな顔でバレリアに駆け寄る。


「嘘ですよね……先生。こんなやり方、あんまりだ!」

「……セ、セグゥア君」


 その目に涙を溜めながらの、子ウサギのような懇願に、思わず同情心が浮かぶ。正々堂々の勝負であれば、突き放すこともできた。逆に、彼を納得させるような動きを取ったかもしれない。しかし、これは、あまりも酷すぎる。


「ヘーゼン君。なんとか、考え直せないだろうか? ほら、代替案とか」

「うーん……先生が身代わりで奴隷になるなら、考えなくもないですけど」

「……っ」


 嫌だ。こんな異常者の奴隷になんて、死んでもなりたくない。なにかを言い返さないと、こんな卑怯なやり方で、コンマ数秒の勝負で、為す術もなく、生徒が奴隷と化してしまう。


 しかし、どうにも、言葉が出てこない。


「……」

「な、なんでなにも言わないんですか? 嘘ですよね? こんなの決闘でもなんでもないですよ!? 嘘だ、嘘……嘘嘘……」

「往生際が悪いな」

「黙れ卑怯者! 先生……ねえ、黙ってないでなんとか言ってくださいよ!?」


 目をギンギンに血走らせながらも、顔面は蒼白で震えながら、バレリアの腕をガッチリと掴む。そんな彼を悲痛な面持ちで見ながら、彼女はフッと目を逸らした。

 

「……理事会には掛け合ってみるが、恐らくはヘーゼン君の主張が通るだろう」

「せ、先生!?」

「そう言う方だ、我が理事長は。宣誓したルール以外の陳情は一切受け入れられない。そして、ヘーゼン君の仕掛けた策はその定義内であることは間違いない。集団戦を提示するならば、チームワークなど当然、管理内の範疇だから」

「嘘だ……だって、奴隷ですよ? 3年間とかじゃなく、一生。こんな、コンマ1秒経たないうちに、そんな……あり得ない! あり得ないですよ!」

「……」

「なんとか、言ってください……ねえ、先生……先生……先生……」

「……すまない」

「……っ」






























「うわあああああああああああああああ! そんな! なんとかしてくださいよ! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! せんせええええええええええええええええええ!」


 

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