準備


 その後、セグゥアが逃げるように去り。周囲の生徒も、エマもカク・ズも、教師のバレリアでさえ、あんぐりと口を開けている中、ヘーゼンはパクパクと鶏肉を口に運ぶ。


「うん。僕の好きな味だ」

「って、ちょっと―――――!?」


 エマが、さっきよりも、100倍ほど大きな叫び声をあげる。隣で大声を叫ばれたヘーゼンはさすがに耳を塞ぐ。


「う、うるさいなぁ。さすがに、今のは度が過ぎてると思うよ?」

「そう言う問題じゃなくて! と言うか、もはや、別の次元で!」


 エマが、ヘーゼンの肩をガクガクと揺らす。この人、絶対に、おかしい。なんだかわからないけど、それだけは確信を持って言える。


「いったい、なんのことだい?」

「むしろ、なんでわからないの!? お願いしたのに! あれだけ、お願いしたのに!」

「だ、だから君の願いを聞き入れて、退学という条件を外したのに……なにが不満なんだい?」

「……っ」


 全然、伝わっていない。むしと、なぜ、わからないのだろうと、エマは頭を抱えながら狼狽える。


「それにしても、一生、奴隷なんて……ああ、どうしましょう」

「ああ。彼は平民出身だから、ロクな資産は持ってない。しかし、魔法使いとしては、そこそこ優秀なので、その方面でどう有効活用できるか、考えてみることにするよ」

「なんで、ことごとく、逆の発想なの!?」


 顔を真っ赤にしながら、エマ、怒る。


「いい、ヘーゼン? 負けちゃったら、人生終わりだよ?」

「僕は勝つよ」

「自信はあるの?」

「まあ、提示される条件にもよるが、五分五分と言うところかな」

「……はぁ。そうでしょうね」


 実力が上がっているとは言え、ヘーゼンの魔法は、セグゥアのそれに及ばない。少なくとも、現時点では彼の放つ魔法に威力が及ばないのが現実だ。それに加え、


「それなのに、なんで、こんなバカな勝負を挑むの?」

「理由は1つ。実力の向上だ。勝敗のわからない勝負は飛躍的に成長を高める。確実に勝てる相手を選んでばかりでは、いざと言う時に足をすくわれるからね」

「でも。それで、負けたらおしまいじゃない」

「エマ。そう言うものだ」

「……」


 ヘーゼンはジッとエマの眼差しを見つめる。


「勝負は負けたら終わりだ。そう言う覚悟で臨まなければ、いつかは負ける」

「一生勝ち続けることなんて、できやしないでしょ?」

「無理だな。だが、万が一、負けた時に生き延びることができれば、それは確かな成長へと繋がる」

「……わからないよ」

「わからなくていい。これは、僕の経験則だ。君には君の考え方がある。僕は、それを否定しない」

「……」


 それでも。心配なものは心配なのだ。この危なっかしくて、向こう見ずで、自信過剰過ぎる目の前の友達が。


「相手が、どんな卑怯な手を仕掛けてくるかわからないのに」

「表立っては、できないさ。あれだけの自尊心の持ち主は、観客の前で恥を晒すことなどできない。逆を言えば、それさえ克服すれば、彼にも十分に勝機はある」

「……わかった。もう、なにを言っても無駄だってことがね」

「すまないね。僕は僕の生き方を曲げられない男なんだ」

「はぁ……よりにもよって、なんでこんな人を……」

「ん? どうした?」

「な、なんでもない」


 エマは顔を林檎のように赤くしながら首を振る。


「さて! 変な友達のために、私は私のできることをしますか」


 そう言って、立ち上がって大きく伸びをする。


「手伝ってくれるのかい?」

「仕方ないからね。おバカな

「ギシ、ギシシシシシッ。俺たちは、いつも、ヘーゼンの味方だ」

「……」


 そんな様子を眺めながら、ヘーゼンはボソッと口にする。


「……ああ、あと」

「えっ?」

「あと、1つ。ついでの理由もある」

「ついで?」

「エマを……僕の友達を、悲しませるような顔をしたあいつに、少しだけ苛立っていた」

「……ヘーゼン」

「あくまで、ついでの理由だがね」


 そう言って。ヘーゼンは食事を再び食べ始めた。

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