職員室会議
*
今年初めの職員会議が入学式から10日後に開始された。『弱肉強食』をスローガンに掲げるこの学院は、優秀な人材を輩出することで、そのブランド力を保っている。必然的に、どの人材をどのように伸ばせば良いかの議論は、議題としては欠かせない。
「目ぼしい生徒はいたか?」
切り出したのは、学長のヴォルト。中心の席で、履歴書を眺めながら職員たちに尋ねる。
「豊作ですよ。今年は学長の娘さんもいらっしゃるし」
答えたのはエマの担任、バレリアである。
「妙なおべっかはいい。アレが魔法使い向きではないことは、私が一番知っているさ」
ヴォルトは苦笑いを浮かべる。
「学長こそ、謙遜はよしてくださいよ。学力はトップ3に入ってますし、実技だって積極性を除けば優秀なものです」
「その積極性が重要なのだよ。いくら才能があったところで、モチベーションがなければ凡才に終わる」
「そこは、期待しててください。必ず彼女がやる気になるように仕向けてみせます」
「いや、特別扱いはしなくていい。ここで腐るならそれだけの器であったと言うことだ」
ヴォルトは、表情を崩さずに答えた。現状、彼の立場ではそう言うしかない。自身の掲げた理念は忖度なき実力主義。それを我が娘だからと優遇を口にした時点で立場がなくなる。
ただ、そうは言っても、エマがこの学院に入り、学院一優秀な教師と呼び声高いバレリアのクラスに配属された事実を見ると、少なからず気にはしていると言うことだろう。
事実、他の教員たちも、尊敬する理事長に対して多少の忖度を加えてもいる。そして、それを黙認しているヴォルトもまた、所詮は親バカの一人である。
「……っと、話が逸れたな。他はどうかな?」
「セグヴァ=ドラコはいいですね。実技、学力ともに申し分ない。どちらもトップじゃないかな?」
「いえ。実技はトップですが、学力は2番ですね。確か、トップはヘーゼン=ロウですよ」
同僚のマクジンガルが口を挟む。バレリアと同じ歳に就職した彼は、何事につけても対抗心を燃やしている。当のバレリア本人は、まったくそんなことは気づいていないのだが。
「ヘーゼン……」
そんな中、普段は居眠りしている魔杖工ダーファンがつぶやいた。やる気が皆無なこの男がつぶやいたことで、周囲の注目がにわかに集まった。
「珍しい。ヘーゼンという生徒が、なにかを気になったんですか?」
「至高の魔杖を作るとか大言を吐いてましたよ」
そう答えた途端に、ドッと会議が湧いた。『至高の魔杖』。大陸には、様々な魔杖が存在するが、至高とは発想が子ども過ぎる。言っていることは、『大きくなったら王様になりたい』などと大差がない。
「フフフ……まあ、夢を持つことはいいことですし。でしたら魔杖工を志望するというわけですか。どうですか? 見込みはありますか?」
バレリアが尋ねると、ダーファンは眉間に皺を寄せながらしばらく沈黙する。それから、数分が経過して、やっとため息を吐くように答える。
「魔杖工に必要なのは、魔力ではありません。魔力をどれだけ繊細に扱えるかは技術の問題なので、やってみないとなんとも……」
「歯切れが悪いですね。彼になにか問題があるんですか?」
「……これは、ヘーゼンが作画した魔杖の設計図ですが」
そう言って、一枚の洋皮紙を回覧する。
「かなり、精巧に描かれてますね。彼は魔杖工か設計士の息子でしたっけ?」
「いえ。母親はギルド本部の事務ですし、彼は母子家庭のようですね」
「それで、このような精巧な設計図を?」
にわかに会議室が騒つく。
「……それ自体も驚くべきことですが、問題はその中身です。その魔杖は使用者の魔力を吸い取り鎧化することで効果を発揮する設計です」
「そんなの……聞いたことないな」
理事長のヴォルトが思わず唸った。
「魔杖が形態を変える為に、大量のレル鋼を圧縮し、極限まで硬化。肉弾戦特化の魔杖だそうです」
「理にかなってるんですか?」
「……馬鹿げてます」
「そうですよね。魔杖自体を武器として扱うようなものは私も見たことがない」
バレリアが安堵の表情を浮かべた。
「ただ……俺の
ダーファンの言葉に、一同が唾を飲んだ。彼の師は、ゼルダン=ダリ。魔杖16工と呼ばれる名工の一人であり、その腕は帝国でも片手に収まるとされている。
「そんな。馬鹿げていると言ったじゃないですか」
「言いましたよ。この設計図は本当に馬鹿げてます。実現性が皆無なんです……俺だって作れないのだから」
ダーファンは苦々しげに答え、再び全員が沈黙した。
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