ヤジ鋼


「に、肉壁?」

「あっ……じゃなくて、友達だ。友達」

「……っ」


 そんな誤変換、間違えは世の中には存在しない。確かに、この少年は今、肉壁と答えた。なにか有事が起きた時に、必ずヘーゼンはカク・ズを盾にすると、確信した。


「エマ。ボーッと立ってないで行こう」

「う、うん」


 それでも、この反則級にまぶしい笑顔で言われたらなんとなく従ってしまうから、ズルいって思う。ミディアムヘアの美少女はハーッと大きくため息をついて、ヘーゼンの後を従う。


 学院内の土地は広大だ。平原、砂漠、川、森。中には鉱脈も存在する。ヘーゼン、エマ、カク・ズの3人は、鉱山内の洞窟を突き進む。


「ここで採れるヤジ鋼は良質な鉱石なの。貴族の中でも、比較的高値で取引される。硬いものというなら、これがいいかもね」

「おお! いいな、それ。で、どうやって採掘するんだ?」

「うーん。硬度が高いから、鉄のつるはしじゃ歯が立たないし。実際にどうやって炭鉱の人が採ってるかも見たことないし」

「……エマ、ヤジ鋼の融点はわかるか?」

「ゆ、融点? なにそれ」

「固定物が液状になる現象、融解が起こる温度のこと……だが、その様子だと知らなさそうだな。いいよ、一度やってみよう」


 ヘーゼンはそうつぶやき、辺りを見渡しながら歩く。しばらくして、エマが立ち止まってしゃがみ込む。


「これだ。ほら、黒い岩壁とは違って青白いでしょう? こんなにも剥き出しになってるものなのね」

「……少し採掘した跡が見られる。採ろうとしたけど、予想以上の硬度で断念したのかもしれないな」

「よし、俺に任せろ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」


 カク・ズが持ってきたつるはしで掘り出す。さすがの筋肉だけあって、どんどん周囲の岩盤を崩していく。しかし、ヤジ鋼はそれ以上の硬度を見せ、傷一つつけることなく、つるはしを跳ね返す。


「はぁ……はぁ……ぐっそおおおぉ」

「ご苦労だった。やはり、削り取れないほどの範囲にヤジ鋼が広がってるな。エマ、魔法でここに炎を当てられるか?」

「う、うん」


 エマは練習用の魔杖で、炎を発生させて放つ。しばらく、ヘーゼンの指示通り当て続けると、赤く光っていたヤジ鋼がドロっと溶け出してきた。


「よし、カク・ズ。ここをナイフで削り取れ。エマ、ゆっくりと炎動かしていって」


 ヘーゼンはヤジ鋼を見つめながら的確に指示をする。やがて、等身大ほどの量のヤジ鋼を削り取った。汗だくになったカク・ズは達成感を感じながら地べたへと倒れ込む。


「はぁ……はぁ……採れ……たぁ……」

「よし。じゃあ、これを持ち帰ろう」

「えっ!? この分量を? 軽く200㎏はありそうだけど」

「筋トレ筋トレ。カク・ズは見たところ、まだまだ筋肉が足りてないよ。少なくとも200㎏くらいは片手で持てるくらいには成長してもらわないと(僕のために)」

「……それって人間?」

「僕は1tの大槌を剣のように振るう戦士を知ってるよ。まあ、脳まで筋肉のような男だったが、君もそれを目指すといいよ」

「……っ」


 エマは言葉を失った。さりげなく勝手に進路を決めたこの狂人は、完全にカク・ズを自身の肉壁としようとしている。そして、人の良い肉壁候補は、そんな思惑に気づくことなくフラフラになりながら、巨大なヤジ鋼を担ぐ。


「あの……カク・ズ。つるはし、持とうか?」

「……はぁ……はぁ……ギシ、ギシシシシ。だ、大丈夫」

「エマ、余計な心配は無用だよ。担ぎながら、つるはしを振るうくらいにはなって欲しいし。そんなことより、あまり時間がなくなってしまった。僕らも素材集めを急ごう」

「き、鬼畜!」


 エマはこんな男と友達であっていいのだろうかと心底悩む。一方でヘーゼンはそんなことは全く気にせずに宝珠を見つめる。カク・ズがとのような魔杖を製作すればいいのか。これは、もうアイデアがある。だが、ヘーゼン自身の魔杖をどうするのか。そのアイデアがまったく思い浮かばない。


「エマ、君はどうするんだ?」

「うーん。まぁ、木にはするつもりだよ。魔杖のスタンダードだし」

「じゃあ……森だな」


 ヘーゼンはそうつぶやいた。



 

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