壁
華麗に、堂々と、公然と、答えを外したヘーゼンは、さも間違っていないかのような顔で着席する。心の顔は真っ赤だが、冷徹な表情を崩さない少年を、隣のエマは信じられないような表情で見つめる。
「いいか? 上等な宝珠は、『選ぶ』のではなく『選ばれる』んだ。かたや、考えすぎて、俺の思考を読んで、カンだけで当てようとすると、無回答などどいう馬鹿げたものになる」
「くっ……」
この性悪魔杖工と、性格最悪魔法使いは歯を食いしばる。一方で、上等な宝珠を手にした生徒は、目を輝かせながらそれを眺める。
ダーファンは、他の生徒たちにもそれぞれ宝珠を配る。ヘーゼンも一つ受け取った。透明状の球体で、改めて手にとっても特に感じ入るものはない。
「次はそれに類する素材選びだ。この学院にあるもので、各々選んでみろ」
ダーファンは地べたに座り込み、頬杖をつく。座学ではなく、いきなりの実演。やはり、この学院の風土は自分に合っている。すぐに、生徒たちが席を立ち外に出ていく一方、ヘーゼンは上等な宝珠を支給された生徒の元へと駆け寄る。
カク・ズ。かなり大柄な巨大で、黄色の肌が特徴的なゼクセン民族である。屈強な戦士を多く輩出し、氏名が繋がっているのもその特徴だ。四伯のミ・シルなどがその代表格である。
「な、なんだよ。やんねえぞ?」
「その宝珠、触らせてくれないか」
「それくらいなら、まあいいけど」
カク・ズは恐る恐る宝珠を手渡す。ヘーゼンは自身の宝珠と見比べ、触り合うが、やはりなんの違いもないように思える。
「……やはり、僕にはわからないな。君は、なんでこれを?」
「なんとなく、カッコいいと思ったんだ。ほら、他の宝珠と違って、硬そうだし」
「硬そう……まぁ、そう言われてみれば」
「ギシシシシ、そうだろう? お前も、そう思うか?」
カク・ズは妙な笑い声をあげながら頷く。そんな中、エマがぴょんぴょん飛び跳ねながら袖を引っ張る。
「ねえ、ヘーゼン。早く行こうよ。いい素材取られちゃうよ」
「……うん。カク・ズ、君も一緒に行かないか」
ヘーゼンは100パーセントの造り笑顔を浮かべて尋ねる。カク・ズの巨体、屈強な筋肉は紛れもなく戦士型。遠隔攻撃型のヘーゼンにとって、彼ような仲間は戦闘には必要不可欠なピースだ。
「おお、いいぞ。お前、面白そうだしな。ギシシシシシシシ」
「……よろしく」
性格も単純で直情的な感じ。頭も悪そう。大切な友達、重宝しよう、とヘーゼンは心の中で感謝した。すぐさま、3人で部屋を出て外へと向かう。
「しかし、素材と言ってもなにを選べばいいのだろう」
ヘーゼンはエマに意見を尋ねる。
「はぁ……またしても、初歩の初歩。まあ、いいけど。魔杖の素材は特に決まった分量、形などはないの。短剣のような小さく鋭いものもあれば、大木のような大きさの棍棒のようなものもある。だから、私もどーしよーかなーって、思ってる」
「俺ぁ、硬くて強いものがいいなぁ。ギシシシシ」
「……なるほど。それなら、カク・ズ。まずは、君の素材を探そう」
「えっ、いいのか? お前らのは?」
「明確に欲しい素材が決まってる方が探しやすいだろう? 僕らは君の欲しいものが手に入れるまでに考える」
「あ、ありがとう! ギシ、ギシシシシ」
カク・ズは嬉しそうに先頭を走る。ヘーゼンもまたその後を追うが、ふとエマの驚いたように視線に気づいた。
「驚いた。あなたには、ゼクセン民族への差別はないのね?」
「差別?」
「はぁ……それも、知らないんだ」
帝国は多数の民族が集合して国家を形成している。当然、民族間での格差も存在し、それは帝国内の権勢、人数、富などによって依存する。
ゼクセン民族は帝国内ではかなりの弱小少数民族だ。それ故に、迫害の対象となる場合も多い。ミ・シルが四伯の地位まで昇り、昔よりは差別も減ったが、それでも彼女を別枠として、依然として世間は彼らに冷たい。
「ふーん。まあ、僕には関係ない話だな」
「……くだらない考えだと思う?」
「別に。民族間の差別は、どこにアイデンティティを持つかに依存する。僕は、別に自分の出自になんの感慨も湧かないのでね」
「……」
こともなげに言うが、エマにはどうにも信じられない。民族というものは、生まれた時から備わっている根源的なアイデンティティの一つと言っていい。貴族で言えば、家柄と同等。平民にしてみれば、自らを紹介するのにこれほど明確なものはない。
もちろん、そんな考えを否定するものはいる。人は出自では決まらない。民族間の争いなどくだらないと斬り捨てる人は。
だが、興味がないと言う人には、ヘーゼン以外に出会ったことがない。
カク・ズは典型的なゼクセン民族の風貌をしている。現に、先ほどから見ていたが、クラスでは話しかける者もいなかった。
「貴重な肉壁だからな」
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