料理

 「馬鹿な者には味わえない料理」の噂は、瞬く間に城中に広まった。そして誰もが思った。その料理を味わってみたいと。

 そんな噂に城中が浮き立つ中、王子は王になった。もうこの王家の血を持つ人間は、彼一人であった。


「悪かった」

 最早隈がメイクのようになった特攻隊長が訪ねてきたのは、儀式があった日の夜のことだった。

「何の話をしているんだ」

「前王の問題を、お前にまで持ち越してしまった。これは仕事の遅い軍の責任もあるかもしれない」

「軍の責任ではないと思うが。それより流石に軍を休ませた方がいいんじゃないか。お前なんてもうすぐ死神に会えそうだ」

「順番に休ませてる。それから俺は無神論者だ。

…そうだ、それよりもお前だろう」

「何が『お前だろう』なんだ」

「怪しい男をコックとして雇ったとか。なんなんだあれは。『馬鹿な者には味わえない料理』だって?胡散臭過ぎる。お前はもっとリアリストだと思っていたが」

「面白そうじゃないか。馬鹿な者には味わえない料理。食べてみたいと思わないか?」

「そんなものを食べるくらいなら雑草でも食べた方がマシだ」

「『馬鹿な者』であるかもしれない可能性に怖じ気づいたか」

「まさか」

 その時音も立てずにドアが開き、転がり込んで来た男が蝶に小声で何かを言った。その男とともに蝶は出て行き、王子…ではなく王は一人窓から空を見上げる。月の明るさで逆に星が見えない夜だった。満月から少し欠けた月は、これから痩せ細っていくのみである。

「…馬鹿者だらけだな」

 その声は一人きりの部屋に虚しく響いた。


 例のコックが練習として試作品が出来たから誰かに食べて欲しいと言った時、ちょうど近くにいたのは大臣だったそうだ。その大臣は今王の部屋に来ていた。

「それはそれはもう!素晴らしいお味でした。ふわっと広がるうまみ、とろけるようなまろやかさ…」

 それがなんの料理だったのかは結局わからなかった。大臣は寄せ集めたような賞賛の言葉を言って、部屋からそそくさと下がってしまった。側で一緒に聞いていたユユが言った。

「気になりますね、王。それにしても大臣、運が悪かったようですね」

「運が悪かった?」

「せっかくあんなに言うほど素晴らしい料理を食べることが出来たのに、お腹の調子が良くなさそうでした。さすってましたし。大臣、昔からするお腹弱かったですもんね。あれじゃあ料理ちゃんと味わえなかったんじゃないでしょうか」

「なるほど。ユユは頭がいいな。料理もきっととても美味しく感じるんだろうね」

「どうでしょうか…、食べてみたいものですね」


 次料理を食べたのはコックの来訪を伝えに来たあの従者だったようだ。大層美味しかったと王の部屋まで伝えに来た。

 究極の料理をマスターしたと言ってやってきたのに試作品なんて作るんですね、コックの世界はわからないです。そう言ったユユに最もだと返し、従者の様子を思い出す。逃げるように部屋を出て行ったあの従者は、やはり教育がなってない。

 次に食べたのは、噂好きの女官、その次は見張り番の男、それから前王の側近だった女性、新米のメイド、軍の司令官…。皆が皆美味しいとその料理を絶賛する。ただそれがどのような料理なのかはさっぱりわからない。褒める為の台詞を並べただけのようだけど、きっと自分の中の最高の言葉を選ぶとそうなってしまうのだろう、王の有能な側近はそう言って笑った。

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