来客

 その次の日であった。毎日のように鍬や斧を持ってやってくる民を表で抑えている時、裏の門から一人の若い男が訪ねてきた。王に合いたいという妙に饒舌な男で、その様子がどこか怪しげであったそうだ。

 そんな報告にさてどうしようかと思っていると、ユユという今の側近が走ってきた。ユユは長い髪を振り乱しながら女性特有の高い声で叫んだ。

「王様が…!」

 思ったより早かったな、と冷めた考えが王子の頭をよぎった。


 部屋についた時、王はもう虫の息だった。

「父上…」

 その声に王子が来たこと悟ると、王は小さな声で言った。

「…この国を、守ってはくれまいか」

「…わかりました」

 その言葉で安心したように息を引き取った父親を見ながら、王子は小さく、誰にも聞こえないように呟いた。

「…反吐が出る」

 この国を守ってくれだ?ふざけるな。遺言を聞いた時、どの口が言うんだと怒鳴りつけたかった。この国のことを何一つ考えなかったあなたが、それを言う資格はあるのか。苦しいくらいの激情をなんとか抑えながら、王子は部屋を立ち去った。

 部屋を出るとユユと先ほど報告を受けていた従者が立っていた。

「王子…」

 ユユは心配そうに呟くと、明日王になる儀式があるから準備をするようにと言った。その口調が申し訳なさそうなものであり、それがなんだか彼女らしかった。彼女は察しのいい人だから、きっと王子の激情をそれが何に対してかはわからずとも、なんとなく察したのであろう。そんな時に事務連絡をすることに抵抗があったのかもしれない。

 それと全く違う態度だったのがユユの隣にいた従者である。

「あ、あの王子?お客様をお待たせしておりまして…」

 来訪者を報告することしか考えていなかったのだ。忠誠心もへったくれもない奴だと王子は思った。

「お客様って…!今はお帰り頂いて下さい」

 ユユはキッとその従者を睨んだ。

「ただ、ちょっとおかしな方で…なんか怪しいというか」

「でしたらより帰って頂かないと…」

 そんなユユの言葉を遮って王子は来訪者に会うと告げた。従者はほっとした顔つきになり、逆にユユは不安げな顔つきになった。


 来訪者を待たせているという応接室に行くと、それはそれは怪しい男が座っていた。

「これはこれは王子様でいらっしゃいますか!いやぁ、こんな怪しい男に会って頂けるとは、光栄でございます!」

「それで、用件と言うのは?」

「はい、私今まで遠い国で料理の修行をしていたのですけれども、ついに究極の料理をマスターしたのでございます。それを是非王様に食べて頂きたく存じます。実は私は昔王様に命を助けて頂いた経験がございまして…もしかすると気まぐれだったのかもしれません、ですが助けて頂いたというのは紛れもない事実でございます」

「ほう」

 王子は興味なさげに続きを促した。

「失礼ですが今王様は…」

「…先ほど他界したが」

「は…」

 男は何とも言えない表情をした。それがショックなのか驚きなのかそれともまた違う感情なのか、見当のつかない表情だった。

「そ、うですか…。では私は命の恩人に恩返しも出来なかったということでございましたか…。これでも、人生をかけて究極の料理をマスターしたのですよ?いつかの恩返しの為に」

 それがあまりに感情のこもった声だった為、人に絆されやすいユユは王子の後ろから労いの言葉を零した。

「王子…」

 続いてでたその言葉にはきっと、どうにかしてやることは出来ないだろうかという意味が込められているのだろう。しかし王子は、その話を半信半疑で聞いていた。あの父親が人の命を救うことなどあるわけがない。王子は料理云々よりそこが引っかかっていた。だがまあ、聞かないわけにはいかないだろうと、その「究極の料理」について訪ねてみる。

「その究極の料理とは一体どのような料理なんだ」

「はい、それはそれは不思議な料理でございまして。『馬鹿な者には味わえない料理』でございます。馬鹿ではない者が食べると頬が落ちんばかりに美味しく、馬鹿と無縁であれば無縁である程その味は素晴らしいものになると言われております。逆に馬鹿な人にとっては食べられたものではなく、あまりの不味さに昏倒したというケースもあるのでございます。まだその最高峰を味わえる方とは出会っていないのですが…王様は私の命の恩人。思うに馬鹿とは無縁、それゆえに最高峰の…」


 その後も男は喋り続けたが、王子はそれを、聞いていなかった。

『先を見ることの出来ない人間が王座につくのは間違っている』

 いつかの言葉が頭を掠める。

 そうか、そうか。ならば私に出来ることなんぞ、一つしかないじゃないか。憎い父親の遺言を結果的に守ってしまうことになるが、それは父の望む形ではないだろう。


「なあ、口の達者なコックよ」

「はい?」


「その究極の料理とやら、私が食べてやろう」

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