予感
ふわりと誰かが舞い降りた気配に王子は振り向いた。しかしそこには底なしの闇が広がっているだけで、その姿は見えなかった。
「王は…もう長くはない」
感情を含まない声が聞こえた。想像通りの声に王子はわかっていると返す。
声の主は王子が幼い頃側近をしていた、今は軍の特攻隊長を担っている青年だった。名は蝶と言い、無表情を崩さない痩せた男である。彼は王子と一緒にいた時間が長く、また互いを知った時が幼すぎた為、王子に何の躊躇いもなくタメ口を使う。直せと言われたこともあるらしいが、それは王子の方が却下した。いきなり口調が変わるのはちょっと気持ち悪い。そう言われた時、基本何も映さない彼の目にほんの少し複雑そうな色が映ったのは、多分王子しか知らない。
「民の鎮圧がまだ出来ていない。民の怒りは理解出来るが、お前に火の粉が降りかかるかもしれない」
王子は、ああそんなことかというように笑う。
王子は常々、民の怒りは最もだと思っている。贅沢三昧の自分の父親は民のことなど何一つ考えず王座につき続けた。それはかのマリー・アントアネットのような傲慢さであった。金が無くなれば民からとれば良いと思っているのである。王子はそのことについて父親に抗議し続けた。このままでは民の反感を買い、いつか国が滅びると。しかし父親はそんな息子を相手にしなかった。
先を見ることの出来ない人間が王座につくのは間違っている。まだ蝶が側近だった頃、彼がこっそり王子に耳打ちした言葉は、今も王子の胸に深く刻まれている。
「父が死んだら次は標的が私に移ると言いたいのか。そんなことは百も承知だ。もう時間の問題だということもわかっている。私はその運命はきちんと受け止めるつもりだが?」
「俺が頼りないとでも言いたいのか。王が亡くなる前に必ず鎮める」
「そんなことできっこないだろう。それでお前はまた徹夜か?あまり根を詰めても仕事の効率は悪くなる」
蝶はそれを鼻で笑って「軍はいつでも人手不足なんだ。効率云々言ってるとあっという間に城を占拠される」といい、その気配は消えた。
王子は城の範囲外に出ることは許可されていないので今の状況をその目で確かめることは出来ない。それでも、民の怒りがどれほどのものであり、それによって今どれだけ追い詰められているかはなんとなくわかった。
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