第20話 もう一人の誰か

「広い家だな…。何か使えるものがあるといいんだが。」


ドアを開けて家の中に入った。


「おっ、これは使えそうだな…でも、殺菌とかした方がいいかな。」


リビングルームに入ると、そこには投げ捨てられた編み棒と糸と、踏みつけられたシャツが落ちていた。


生活感のあるその光景はどこかおぞましさを感じさせるものだった。


机の上には、畳まれた服と下着とタオルが何枚か置いてあった。


「うん、これが欲しかったんだ。…タオルがあれば少しはましになるし…それに、体も拭けるし…。」


「…これは、エルフの服なのかな?…貰おうかな。」


俺は、着ていた黒色のコートを捨てて、机の上にある服に着替えることにした。

服は意外にも丁度いいサイズで小さくて苦しいと言う事は無かった。


「直人さん、何か見つかり…ましたか?…何で着替えているんですか?」


タオル以外ほとんど見つけていなかった俺の所にイリスが探索を終えて戻ってこちらにやって来た。


「はあ…まったく、おこですよ!おこ!」

「いや、すまない少し魔が差して…。」

「本当に信じられません!私だって、こんな服装嫌なんですよ!

早くシャワー浴びたり、温かい湯水に使ったりしたいんですから!」


「「…誰?」」


「それは、わかるけど…あっ、でも一つだけいいことがあるよ。」

「本当ですか?」

「ああ。」

「…ジー。本当ですかあ?」

「本当だって、その証拠がここにはあるじゃないか!」


「「…何しに来たの?」」


そして、俺はおもむろに衣類の山を指さした。

それは、俺が着替える際に下着を見つけた所だ。


「ただ、服の山ですよね?」っと、イリスはつまらなさそうに言った。

「だから、ほら…ここ!」

「なんですか?」

「ここだって!」

「…何も変わりはないように思えますが…。」

「いや、だからさあ…。」

「だから、なんですか!」

「ああ、もう…言うよ。だけどその…引かないでよね?」

「あのさ、イリス…。」

「どうしたのよ、さっきから情緒不安定?大丈夫、何か嫌な物見た?」

「いや、そうじゃなくてさ…。」

「それじゃあ、どうしたの?」

「そのな、女性用の下着を見つけてたんだ。それで…何かというとサイズが三つくらいあるからもしかしたらこの家に香水とか、化粧品があるんじゃないかなぁ~っと。」


「「私の物だよ。」」


ガチャ


私の下で音がする。


「…覗かないでくださいね。」

「わかってるから早くしてくれ…。」

「絶対にですよ!それと、服を探しますので少々お待ちを…!

こっ、これは香水!しかも、かなりの上物!間違いありません!

これは、盗品ですね!」


「「…そうなの、私もそのにおいが好きなんだ。」」


「…頼むから早くしてください。」

「待ってください…あっ、これですよ!これ!ほわ~、絹の…!!

直人さん、少し耳をふさいでください!」

「えっ、何で?」

「いいから!」

「はっ、はい!」


(何をしに来たんだろうか…さっきの人達とは違うそんな気がする。むしろ、なぜここまで警戒心に彼らは欠けているのだろうか。)


もしかしたら…私を助けに来てくれたのかな?


「直人さん!」

「あっ…はい。何でしょうか?」

「玄関に掛かっていると思うのですが…バッグを渡してくれませんか?」

「あっ、うん。いいけど。」

「ありがとうございます。」

「あっ、そうだ槍は立てかけておくからね。」

「はい、着替えが終わったんですけど…その…。」

「そうだよね、ごめん気づかなくて…それじゃあ取って来るから中に入れるもの決めておいてね。」


(泥棒さんなのかな?それも夫婦で…。武器は持っているけど自衛のためだと思うし…悪い人には見えない…。)


ここから連れ出して欲しい、そんな思いが彼女をこの狭い小部屋から追い出そうとしていた。

勿論、それが悪いことになるかもしれないということもわかっていた。


けど、彼女は自身が生きていることを前提として考えていた。

否、それが彼女の間違えである。


「はい。」

「お待たせしました。」

「あっ、いや大丈夫だよ。」

「それじゃあ、行こうか!」

「はい。」


(待って!置いていかないで!ここから連れ出して!)


私は、期待を胸にこの部屋を飛び出した。

奴隷でもいい、もう家族はいないから…たった一つだけ…生きていたいたの。


そう言うと、イリスはリビングに向かった。

俺も彼女を追うように足を向けたと同時に扉が開いた。

そして、俺が振り返ると同時に何かが扉から出てきた。




(えっ…。)


私の右胸に槍が刺さっていた。

重く強く刺さった槍は痛かった。

私は、悲鳴をあげようとする。

しかし、私は声が出せない。

肺までこの槍は届いているのだろうか…。




次の瞬間、俺の視線の先には金色の髪があった。

言うまでもなくイリスの髪だ。


「…っ!」


俺は、慌ててリビングに出て剣を鞘から抜き出しバッグを投げた。


「直人さんをやらせる訳には行きません!」


「「違う、私は、助けて欲しいの…。」」


そう言って、イリスは槍を何かに突き刺す。

幾度となく突き刺すと同時に浮かび上がるように何かの正体がわかった。

イリスと同じ色の髪、青い瞳そして、特徴的な三角形の耳。


「はああああああああああああああ!」


イリスは、エルフの右胸を深々く突き刺した。


「「いたい…やめて…こわい。」」


そしてまた、抜き、刺す。

槍を抜いて出きた穴は丸く、赤い血が流れ出ていた。

そして、その血はイリスを汚していく。


「イリスさん!」


男の刃が私の脚に刺さった。


(あっ…。)


天井が見える…。


「直人さん!どいてください!」


それが、私に見えた最後の光景だった。

金色の髪の…私に似た少女が見えた。

…私の服を着ていた。

まるで、わたしみたい。


何かが私の喉を押した。


イリスはエルフの喉仏(のどぼとけ)に槍を垂直に刺した。

辺りは、血で染み渡っていた。


「ふう…。」

「また、汚れちゃったね。」

「はい…でも良かった。あなたが無事で…。」

「そうだね。着替えよっか?」

「はい、それと水をお願いしますね。」

「わかった。」

「それじゃあ…行こうか。」

「待ってください!」

「ん?」


イリスは、何やらエルフの亡き骸と向かい合った。

そして、彼女はエルフのまぶたを持ち上げエルフの目を閉じた。


「…あなたに何があったのかはわかりません。安らかにお眠りください。」


そして、イリスは顔の前で三角形を作った。

少なくともその動作が何であるのか俺にはわかった。

彼女が宗教と関係があるとすればおそらく、鎮魂の意なのだろう。


俺は、彼女を見ていた。

けど、俺はあることに気がついた。

…何も無かった。


その後、俺とイリスは隣の家で身支度を整えてこの村を後にした。

汚れた服は、その場で燃やした。






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