第18話 牢からの救出
「見張りは二人か……」
岩壁の端から顔だけを出して、ラディムはその先の光景を確認するとすぐに頭を引っ込めた。
エドヴァルドの言葉通り、三人が合流したすぐ近くに牢獄はあったのだ。
牢獄の入り口の両脇に、腰にサーベルをぶら下げた二人の兵士が立っていた。
先ほどエドヴァルドが派手に暴れた音が、彼らの耳にも届いていたのだろう。かなり警戒しているようだ。彼らの目は、怪しい者を見つけたら即突き出してやる――と言わんばかりに鋭い。
岩壁を掘って支柱を突き刺しただけの簡素な牢獄の中には、一組の男女がいた。どちらも黒髪だ。暗くてその顔までははっきりと確認することはできなかったが、エドヴァルドの両親で間違いないだろう。
「で、どういう作戦で行くんだ?」
ラディムは極限まで落とした声で、辺りを警戒している隣のエドヴァルドに問い掛ける。
「オレが最初に煙幕を投げる。その隙に牢獄を壊すから、お前はすぐにオレの両親を連れてきてくれ。見張りはオレが対処する」
ラディムの方へ振り返らず、エドヴァルドは早口で答えた。
「……それだけ?」
「どうした。何か不備でもあるか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
少しイラついたような口調で答えるエドヴァルドに、ラディムは口ごもる。
正直なところ、これから『牢獄の中の人間を外に出す』という大掛かりなことを始めようとする割には、かなり大雑把な作戦だなと思ってしまったのだ。
かと言って、ラディムも他の具体的な案が出せるわけではないのだが。
「ま、なるようになるか」
先ほどから見てきた兵士の中に、今のところ
ラディムが不安な気持ちを強引に楽観的なものに変えた直後、フライアの小声が響いた。
「二人とも、私の脚に触れて」
フライアの意図を瞬時に理解したラディムは、すぐさま彼女の細い脚に手を置く。エドヴァルドは突然のフライアの言葉に首を捻るが、ラディムが顎で促すと彼女も遠慮がちに従った。
「風よ。我と共に在る者に駿馬の如き速さを授けよ」
フライアが言葉を紡ぐと、瞬く間に彼女の脚が緑の光で覆われた。駿足になる魔法を掛けたのだ。その部分に触れているラディムとエドヴァルドにも、フライアの魔法の力が流れ込んでいく。
今まで感じたことのない脚の感覚に、エドヴァルドは僅かに目を見開いた。
触れた者にも効果を与えることができるフライアの魔法。補助としては申し分ないものだった。これで準備は完了した。
「王女様はここで待機していてください。オレの両親を連れて来たら、すぐに逃げます」
「わかった。二人とも気をつけてね」
「いや、でも逃げるってどこに逃げるんだ? お前の家や職場だとまた捕まってしまうんじゃないのか」
ラディムの疑問に、エドヴァルドは強い決意を宿した目で答える。
「上へ……地上へ行く」
ラディムはその答えに納得し、同時に安堵した。確かに女王蟻の一族の支配も、地上までは及ばないだろう。何しろ地上では王宮の力は絶対だ。女王蟻側が地上からの介入を拒んでいるほどなのだから。
「了解。こっちはいつでもいいぜ。合図を頼む」
「三秒数えたら煙幕を張る。後は流れで」
(流れ、か)
大雑把な作戦といい、実はエドヴァルドは、意外といい加減な性格なのかもしれない――。
ラディムがそのようなことを考えていると、エドヴァルドが
「では数えるぞ。三、二、一……!」
エドヴァルドが見張りの兵士の足元に向けて、煙幕弾を叩きつけるようにして投げる。
刹那、煙幕弾は音を立てて破裂した。すぐに牢獄前は白い煙で覆われた。
「煙!?」
「何奴!?」
突然視界を覆う煙に、見張りの兵士たちが堪らず声を上げる。サーベルを抜いた音がしたが、そこから動く気配はない。
エドヴァルドはすかさずその煙の中へ突入する。ラディムも彼女の後に続いた。
フライアの魔法のおかげで、二人は風の如き速さで牢獄の前に辿り着いた。
エドヴァルドはすぐさま牢獄の支柱を両手で握り、力いっぱい横に腕を開く。支柱は最初から強度などなかったかのようにぐにゃりと折れ曲がり、人間一人が通り抜けられるほどの広さになる。
やはり、相変わらずの馬鹿力だ――。
などと感心している場合ではない。
ラディムは急いでエドヴァルドが開いた支柱をくぐり、牢獄の中へと入る。そしてエドヴァルドの両親の元へ向かった。
まだ煙幕が晴れないので視界はゼロに等しいが、先ほど覗いた時に二人の位置は確認していたので迷いはない。
煙の中から突如現れたラディムに、エドヴァルドの両親はひたすら驚いている様子だった。ラディムは彼らに向かって小さく声を掛ける。
「早く、こっちへ」
「き、君は? 一体何が起きているんだ」
エドヴァルドの父親――セクレトが、困惑の表情を浮かべながらラディムに問う。
「エドヴァルドと共にあなた達を助けに来た。説明は後だ。急いで」
ラディムの説明に、エドヴァルドの母親が双眸を大きく見開いた。長く黒い髪を後ろで一つに束ねた彼女の顔は、疲労と不安からか憔悴しきっているように見えた。
「まさか、あの子が……」
「とにかく今はこっちへ」
目元を潤ませる母親の肩を、セクレトが強く抱き頷いた。
「うっ!?」
鈍い音と呻き声。間を空けず、人が倒れたような音が牢の向こう側から聞こえてきた。エドヴァルドが見張りの一人を気絶させたのだろう。
ラディムはその隙に、エドヴァルドの両親を引き連れて牢を出た。
少しずつだが、煙幕が薄くなってきた。ラディムの複眼がエドヴァルドの姿をうっすらと映し出したのだ。
急がないと――。
「反逆者の仲間か!?」
もう一人の見張りもエドヴァルドの姿を捉えたのか、抜き身のサーベルで彼女に斬りかかる。だがエドヴァルドはすぐさまそれに反応し、槍の先端でサーベルを受け止めた。
激しくぶつかる金属音。
異なる武器同士のつば迫り合いは一瞬で終わった。エドヴァルドが槍から手を離したのだ。
「!」
サーベルに力を入れていた兵士はバランスを崩し、前のめりにたたらを踏む。
エドヴァルドはフライアの魔法で素早くなった足で兵士の横に移動すると、その脇腹を激しく肘で突いた。
「がっ!?」
苦痛で呻く見張りの首の後ろに、さらに手刀を一発。兵士はそれで完全に気を失ってしまったらしく、無言のまま地に崩折れた。
「エドヴァルド――!」
その姿を見たエドヴァルドの母親が、感極まったようにその名を呼ぶ。
「父さん、母さん……」
エドヴァルドは二人の姿を見て安堵の表情を浮かべる。漆黒の目が僅かに潤んでいるようにラディムには見えた。
「感動の再会は後回しだ。今はとにかくこの場から逃げるぞ」
「あぁ。父さんも母さんも、オレの後に着いて来てくれ。ラディム・イルギナ、最後尾はお前が頼む」
エドヴァルドの言葉にラディムは無言で頷く。
さて、フライアを連れて一刻も早くここから離れないと――。
ラディムがフライアの姿を探そうとした時だった。
「そこまでだ」
背後から聞こえた低い声に、ラディムらは反射的に振り返っていた。
エドヴァルドの張った煙幕はほぼその役割を終えようとしており、薄い煙の中に浮かんだのは大きな人影。その人物を見たラディムの心臓が、倍の早さで脈打ちだした。
煙を振り払い現れたのは、エドヴァルドの両親の職場で会った、体格の良い銀髪の男だった。
ラディムが驚いた理由はそれだけではない。その男の太い腕の中で、なんとフライアがぐったりとしていたのだ。
「フライア!」
ラディムは思わず名を呼ぶが、フライアからは一切反応がない。完全に気を失っているようだった。
「動くな。少しでも動いたら、この娘がどうなっても知らんぞ」
「――っ!」
銀髪の男が、太い腕をフライアの首筋に当てた。
丸太のようなあの太い腕にかかれば、フライアの首を折ることは枯れ枝を折る作業より容易いだろう。
ラディムはギリ――と奥歯を強く噛む。複眼に映るエドヴァルドの顔にも、焦りが浮かんでいた。
「やはりお前らは反逆者の仲間だったわけか。パルヴィ」
銀髪の男はスッと目を細め、誰かの名を呼んだ。
「はいはい。あなた達、そのまま動かないでね」
ラディムらの背後から凛とした女の声がした。動くなと言われてしまったので振り返ることができないが、声から察するに、あの時銀髪の男と共にいた金髪の女で間違いないだろう。
いつの間に後ろにいたのか――。ラディムの死角は真後ろだけだ。それでも全く気配を感じなかった。
とにかく、詰んだ状況としか言いようがなかった。フライアを人質にされてしまっては、これ以上露骨に動くことなどできない。エドヴァルドの両親を守りながらフライアを取り戻すには、状況が悪すぎる。
「しっかし、やたらと派手に壊したものねえ。騒がしいから来てみたけど、正解だったみたいね」
牢や壁を壊したのは全てエドヴァルドなのだが、それを説明したからといってどうにかなるわけでもない。
「とりあえず、私たちの言うとおりに動いてもらうわね」
ラディムたちは金髪女――パルヴィの言葉に従うしかなかったのだった。
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