第19話 攻防

 ヴェリスの言葉と同時に、土人形の一体は一瞬でフェンの目の前に移動した。


「――!」


 フェンは咄嗟に後ろへ跳び間合いを取るが、土人形はすぐさま彼に距離を詰める。同時に大きく腕を振り上げた。その高く掲げられた拳の真下に、何を思ったかフェンは仰向けに倒れこんだ。


「あっ……」


 それを見ていたフライアは堪らず口元に手をやる。フェンが土人形の拳に潰されるのが、容易に想像できてしまったからだ。


「光よ! 全てを拒む障壁となれ!」


 倒れたフェンから力強い声が響く。だが既に土人形の拳は、フェンの腹目掛けて振り下ろされていた。

 ごっ!

 森の中に響くのは、重い物同士がぶつかる低い音。

 しかし土人形の拳は、フェンの鉄の胸当ての丁度下――腹の上で止まっていた。フェンの腹上に、光輝く円形の壁が出現していたのだ。壁に触れていた土人形の拳に、徐々にひびが入っていく。

 そう、フェンの魔法を発動させる媒体はラディムのような『腕』ではなく、『腹』なのだ。

 ヴェリスがバラバラにしたという、ムー大陸の魔導士の身体。その影響がこのような形となって表れていた。もっとも、フェンはそのことを知りもしないまま今日まで生きてきたわけだが。

 自身が魔法を発動できる場所がなぜこのような不便な部位なのか――とずっと疑問は抱いていたが、当然答えられる者はいなかったからだ。

 フェンは寝転がったまま、手に持っていた槍を土人形の頭目掛けて突き上げる。

 槍は土人形の顔を見事に貫通した。が、土人形は慌てた様子もなく、槍の柄の部分をひびの入った左手で掴んだ。

 そのまま腕を横に払い、顔の一部を引き千切りながら強引に槍を抜く。土人形の顔には、細いへこみができ上がっていた。

 土人形は槍の柄を持つフェンもろとも、勢いのまま槍を横に投げ飛ばした。パラパラと土がこぼれ、土人形の左手が少し欠ける。


「おおっ!?」


 槍と共に投げ飛ばされたフェンは空中で後ろ向きに一回転すると、綺麗に着地を決める。


「ふむ。やはりこの程度ではダメか」


 フェンは土人形の窪んだ顔を見ながら冷静に呟き、槍を構え直した。






 もう一体の土人形が、兵士の一人に向かって猛然と襲い掛かる。


「ひっ!」


 不気味な土人形に突然ターゲットにされたその兵士は、槍を構えたまま小さな悲鳴を上げ、凍り付いたように立ち竦んだ。


「水よ! 万物を断ち切る刃となれ!」


 その土人形の後ろからラディムの声が響き、土人形の腕を縦に切り付けた。

 水で覆われたラディムの腕は、土人形の左腕を溶かすように抉りながら切り落とす。


「あんたらは『捕まえに来た』だけなんだろ。でも正直言って、生きたまま捕まえられる可能性は低いぜ。だから終わるまでちょっと避難しとけ!」


 ラディムが兵士らに言うと、兵士たちは頷いて次々と木の陰へと身を隠す。

 城で鍛錬を積んでいるとはいえ、彼らは普通の人間。魔法を使う彼女らと相対するには分が悪すぎると、ラディムは判断したのだ。


「フライア! オデル! お前らも隠れてろ!」


 ラディムは後方の木の傍らに佇んでいた二人にも声を張り上げ警告した。


「闇よ全てを断て」


 そのラディムの横から、ヴェリスの声が上がる。黒い剣のような光がラディムに向かって放たれるが、複眼でヴェリスの姿を既に確認していた彼は、背中のはねで上空に飛び、難なく避ける。

 空中からヴェリスを見下ろしながら、ラディムが次の魔法を発動するべく腕を交差させた時だった。

 突如、ラディムの左の複眼いっぱいに、土人形の不気味な顔が広がったのだ。


「うえぃっ!?」


 驚きすぎて変な声を出すラディムに対し、土人形は至近距離からおもいきり蹴りを繰り出した。


「っ!」


 唱えかけていた魔法を利用して何とか両腕でその蹴りを受け止めるが、強烈なその一撃はラディムの身体を後ろに飛ばし、腕を痺れさせる。

 そういえば、ヴェリスはこの土人形たちに『下界から人間を運んでもらっていた』とか言ってたか。土人形が空を飛べても何ら不思議ではない。


(にしても、物理法則を無視しすぎだろ!)


 どのような魔法を使っているのだろうか。空中を悠々と『歩いて来る』片腕のない土人形に向かって、ラディムは心の中で突っ込みつつさらに間合いを取り、次の魔法の詠唱を始める。


「業火で焼き切れ、火の蔦よ!」


 彼の背後から、再びヴェリスの炎の鞭がしなりを上げて向かう。


「大気よ我が身に宿り、荒れ狂う盾となれ!」


 ラディムも負けじと、炎の鞭を風で強引に払い除ける。ラディムはいつの間にか空に浮かんでいたヴェリスに、勢い良く飛んで向かう。


「虚空より生まれし風、我の腕に纏いて鋭い刃と成せ!」


 続け様に力強いラディムの声が、空に渡る。






 上から迫り来る土人形の拳を、フェンは身体を横に反らしてかわす。

 轟音と共に地面をいとも容易く抉るその攻撃に、フェンはひゅうっ、と軽い口笛を吹く。

 土人形はすかさずもう片方の拳を横に薙ぐ。しかし、その攻撃もただ空を切るだけであった。


 右上、左、正面から蹴り――。


 尚も連続で繰り出される土人形の攻撃を、フェンは冷静にその動きを見切りながら少しずつ後退する。

 ――が、そこで彼の背中が木に当たり、動きが一瞬止まってしまった。

 彼はラディムとは違い、視野は普通の人間と変わらない。乱立する木々の合間を縫いながら攻撃を避け続けること事態、無理な話であった。

 土人形はその隙を見逃さず、右腕を素早く後ろに引く。

 フェン目掛けて繰り出される、素早い突き。しかし、フェンにはその攻撃は届かない。フェンは槍で下から土人形の腕を突き上げ、軌道を逸らし――。


「闇を滅する光よ、我が元に集いて全てを薙ぎ払え!」


 唱えた魔法を解き放った。

 フェンの腹から放たれた光の柱は、渦巻きながら土人形の胴体を貫き、その身体を上下に断つ。

 どさ。どさっ。

 土人形の下半身と上半身は、時間差で地に転がった。フェンはそのまま視線を上にやり、ラディムの姿を確認する。


「あっちは二対一か。助太刀してやりたいけど、俺は飛べないから下りてきてもらわなきゃなぁ……」


 空を見上げながらフェンがぼやいた刹那――。


「まだだ!」


 固唾を呑んで戦況を見守っていたオデルが、突如声を張り上げた。

 オデルの声と同時に、小さな石が高速でフェンの頬を掠めていく。彼の頬には、薄っすらと細い血が滲み始める。

 フェンは慌てて石の飛んできた方向に視線を送る。真っ二つになったはずの、土人形の転がる方を。

 土人形の上半身が、不自然に波打っていた。その土人形の身体の中に含まれていた無数の小石が、その動きに合わせ次々と表面に現れてくる。

 フェンが槍を前に構え直したその直後。

 魔力を宿らせたのであろう、オレンジ色のオーラを纏った小石を、土人形はフェン目掛けて一斉に放った。フェンは高速で槍を回し小石を弾き飛ばすが、弾き飛んだ小石同士がぶつかり、軌道を変えてフェンに直撃する。

 一撃一撃の威力は大したことのない攻撃だが、やはり小石でも当たると痛い。先ほどまで余裕の表情だったフェンの顔が、僅かに歪み始める。

 ズズズ……と土人形の下半身が地面を這い、上半身の元へ移動する。そして断たれていた二つの身体は再び融合し、一つとなった。


「なるほど。魔力の元を断たないときりがないということか」


 空に浮かぶヴェリスの姿を流し見ながら、フェンはいささか面倒臭そうに呟いた。






 ラディムはヴェリスに対し、風の力を纏う腕を素早く斜めに振り下ろし、斬り付ける。

 ヴェリスは上体を横に反らしてその攻撃をかわすが、長い紺の髪の先が風の刃に捕らえられ、切られた髪がパラパラと空に舞った。

 ラディムは続けて左腕を、今度は下から斜めに振り上げる。再度身を捻るヴェリス。今度は下腹部の服がザッ、と音を立て破けた。


「剣よ舞え」


 ヴェリスは穴の空いた服を気にすることなく、静かに声を響かせる。

 ヴン、と空気を震わせ、ロングソードほどの長さの剣が八本、突如ヴェリスの頭上に出現した。

 瞬時に危険を察したラディムは攻撃の手を止め、慌てて後ろに下がりヴェリスと距離を取る。間を置かず八本の剣が縦、横、斜め、それぞれの方向から一斉にラディムへ襲い掛かった。

 ラディムは全速力で地に向かって飛ぶ。八本の剣も即座に彼を追いかけた。

 猛スピードで地面すれすれまで近付いた後、ラディムは突如横に進路を変えた。

 ドスドスドスッ!

 急激な方向転換に付いて行けなかった三本の剣が、地に勢い良く突き刺さり、霧散する。

 木々の間を縫い低空滑空を続けるラディムだったが、五本の剣も上手く木を避けながら、依然としてラディムを追いかけ続ける。

 その時、ラディムの左の複眼が対峙するフェンと土人形の姿を捉えた。ラディムは左に急旋回し、叫ぶ。


「おっさん! しゃがめ!」

「――!」


 ラディムの声に瞬時に反応したフェンは、慌ててその場にしゃがみ込む。ラディムはその頭上を勢い良く通過した。

 ラディムは両腕を交差させながら、フェンと対峙していた土人形に真っ直ぐと向かう。五本の剣もフェンの頭上を通過する。

 きぃん!

 突如森に反響する、甲高い金属音。ラディムを追っていた剣の一本を、フェンが下から槍で叩き落としたのだ。叩き落とされた剣は地に転がると、先ほどと同じくそのまま音もなく消滅した。


「魔力の剣か」


 フェンは呟き空へと視線をやるが、先ほどまで空に浮いていた筈のヴェリスの姿は、そこにはなかった。

 フェンと対峙していた土人形は、突如現れたラディムを迎撃するべく、彼に向かって地面を蹴る。しかしラディムはそこで急停止し、地に足を付けた。

 土人形と剣が、前後からラディムに襲い来る。その両者の攻撃が直撃するより一瞬早く――。


「大地よ、我が呼びかけに応えよ!」


 ラディムは唱えていた魔法を纏う両腕を、自分の足元に向けて渾身の力で叩き付けた。ラディムの足元の地面が深く抉れる。彼は重力に従い、その穴に落下した。

 直後。

 ラディムを追っていた残り四本の剣は軌道を変えられず、土人形に突き刺さり、そして消滅した。

 その光景を穴の底から見ていたラディムが安堵したのも束の間。

 土人形は大したダメージを受けた様子もなく、ラディムを追って穴へと降下してくる。だが――。


「水よ! 万物を断ち切る刃となれ!」


 それを待っていたと言わんばかりに、ラディムは伸び上がるような一撃を土人形に繰り出した。

 断末魔もなく、土人形の身体は縦に裂けた。


「解除!」


 続け様に叫んだラディムの声で、彼の腕を覆っていた水でできた刃は破裂したように弾け、穴の底に倒れる土人形の身体を侵食し、崩壊させる。

 土人形の身体が完全に水に呑まれたのを確認すると、ラディムはゆっくりと穴の底から浮上した。


「上だ!」

「――!」


 フェンの声にラディムは咄嗟に横に跳ぶ。

 空から丸太を落としたかのような、重い衝撃音が鼓膜を激しく震わせる。土埃が舞い、ラディムの視界を覆った。

 勢い良く空から降ってきたのは、ラディムが最初に片腕を切り落とした、もう一体の土人形だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る