第2話

 ピピピッと目覚ましが鳴る。嫌な夢を見たと翔太は目覚めて思った。朝から気分が重い。昔の微笑ましい思い出ではあるが、今現在、思春期真っ只中の高校生の翔太にしてみれば、黒歴史のようなものだ。昔はあんなに仲が良かった兄とは、今は———

『翔太!起きろ!目覚まし、なってるぞ!今日が金曜だからって遅刻する気か⁉︎』

ドンドンッと扉を叩く音と共に兄の怒号が聞こえた。最悪だ。

「うるっせーな!起きてるよ!人が起きてんのに起こしに来んな‼︎」

『それを言うなら、目覚まし止めてから言え。』

 そう一言残して、トントンと階段を降りる音が聞こえてきた。止めようとした瞬間にお前が来たんだろーが…!内心で兄に毒突きながら、今だに鳴りっぱなしの目覚ましを止めた。見ての通り、昔の仲の良さはどこにやら、当時からすると考えられないほどの仲の悪さである。


 ***


「翔太、今日はバイト終わったら真っ直ぐ家に帰って来い。」

 朝食を食べていると突然兄がそんなこと言ったので、翔太は反射的に「は?んでだよ?」と答えていた。

「何でもだ。いいな。」

「良くねーよ!何だよ、急に。今まで何にも言ってこなかったくせに!」

 兄は黙々と朝食を食べている。自分の言いたいこと言って後は無視かよ…!翔太はチッと舌打ちして、ダンッと机を叩いた。

「何とか言えよ!クソ兄貴!」

「コラ!翔太、お兄ちゃんに向かってなんて言い方するの⁉︎」

 母に制せられ、翔太はまた舌打ちをし、何も言わずに席を立ってそのまま外に出て登校してしまった。

「もう、せめて『行ってきます』ぐらい言っていってほしいわ。」

 母は翔太の出ていったドアを見送りながら、溜め息をついてリビングに戻る。

「お兄ちゃんも理由ぐらい言ってあげればいいのに…。」

 兄は何も言わずコーヒーを飲みほし、「ごちそうさま。」と席を立った。


***


その日の夜、翔太がいつもより早めにバイトが終わった帰宅途中で、仕事帰りの兄にばったり会った。

「今、帰りか?今日は早いんだな。」

兄の問いに翔太は怪訝な顔をして、何も応えず先に進み出る。兄もそれから先は無言のまま翔太の隣を歩いた。沈黙が続いた。いや、沈黙になってしまったと言う方が正しいかもしれない。翔太は朝、兄が言っていたことが気になっていたが、なかなか言い出せずにいたからだ。言う機会をうかがってチラチラ隣を見ていると、

「朝の話なら言わないからな。」

と言われ、カチンときた。

「別に気にしてねーし!」

少し足早に歩いて兄と距離をとったとき———

「翔太‼︎危ない‼︎」

後ろの叫び声と共に横から車がこちらに走ってくるのが見えた。思わずぎゅっと目を瞑った瞬間にドンッと弾き飛ばされた。思ったよりも痛みがなくそっと目を開けると、目の前に車が止まっているのが見えてドクンと胸騒ぎがした。

「…兄貴…?」

ヨロヨロと立ち上がると車の前に頭から血を流し項垂うなだれている兄の姿があった。身体中が強張ったが、何故か兄に駆け寄っていた。

「兄貴…、オイ、返事しろよ…!兄貴‼︎」

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