第2話 入道雲
武は、空を見上げた。今日なら絶対見られるな。武はそう思うと、母親には内緒でそこへ行くことを決めた。武は、優を連れて出た。二歳離れた弟の優は、買ったばかりの自転車に乗るのが楽しみで、武の言うところへどこでもついて来た。武は、まず南の方角へ進み出した。
「あの丘の上へ行こう。そこから、あれが見える方へ向かう」
家の前の坂道を勢い良く降りると、次は丘へ向かう上り坂になる。武は、眉を吊り上げながらペダルを踏み込んだ。武はようやく上り坂を登りきると、振り向いて坂の下を見た。怖くて下り坂でスピードが出せなかった優が、上り坂を少し上った辺りで自転車を押す姿が見える。
「はやく来い」
武は、優に檄を飛ばす。まだ小さい優にとって、坂道で自転車を押して上がるのは辛いに違いない。
上り切ると、優は無邪気な笑顔で上られたことを報告する。
「上れたよ」
「がんばったな」
二人とも、丘の上へ自分たちだけで来られたことが嬉しかった。入道雲の場所を、武は確認した。あっちの方だ。西へ向かう下り坂からつづく道の先にマンションが見える。その向こうに、入道雲の麓があるように見えた。武はそれが見たかった。
「優、あそこに雲の山があるだろ。あのマンションの向こうに、あの山のはじまりがあるはずだ。見てみたいだろ」
「本当だ。向こうに灰色の山があるね」
「行ってみよう」
武は、優を促すとペダルを踏んだ。
坂道をいっきに下ると、そこは初めて来る住宅街だ。優はブレーキをかけながら、ゆっくりと下りてくる。
「下りられたよ」
優は、また無邪気な笑顔で武に到着を報告した。
「いくぞ」
丘の上から見えたマンションを目指して風をきって走った。
住宅街を抜けると、マンションはたくさん建っていた。武はどのマンションか分からなかった。優は武の背中だけを見て、がむしゃらに着いて来る。武は入道雲の山を探す。入道雲は、いつまでたっても向こうにあった。
「優、もっとあっちだ。急ごう」
入道雲の麓に建つマンションを目指して、武はペダルを踏み続けた。空がだんだん暗くなってきた。
どこまで行っても、入道雲は向こうにある。いったいどこまで来たのかわからなくなった。
「どうやって帰るんだろう?」
武の目から、涙が溢れ出した。くるりと踵を返すと、優はペダルをこぎはじめた。
「おにいちゃん、帰るよ」
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