第4話 撤退戦

 太陽系外の宇宙空間に、大型の戦艦二隻、それと数百の中型の戦闘機が浮遊していた。そのメタリックな外観は、人類の英知を象徴するような輝きをはなっている。その機体に搭乗する人間も、よく訓練され、遺伝子的にも極めて優れた能力を有するものたちであった。彼らと、ひとたび友人関係にでもなれば、まさに薫陶されるというに相応しいほどの人格の持ち主がほとんどだ。

 だが、彼らはあくまで人間であり、この次元に縛られている悲しい生き物でもある。これから起こる彼らの悲劇、彼らの感情を思うと、涙せずにはいられない結末が待っていると感じた。だが、この流れは止められない。



「太陽系外の防衛線から、我々は撤退することに決定した。既に、本隊は撤退を開始しており、我々が殿を務める。」


 この戦艦は今まで人類の戦力の中でトップクラスの戦果を挙げてきた最精鋭の搭乗員達だが、艦長の周囲に見える搭乗員全員に疲労が見える。無理もない、昨日は史上空前の規模と呼ばれるヴォイドの攻撃だった。人類の主力艦隊群を逃す為に、我々が今も戦線に残り、殿軍を引き受けた。一昼夜以上任務に携わり、疲れがないはずがない。この艦隊を率いるものとして、彼らを休ませてやりたい気持ちはもちろんある。


「艦長、広域レーダーに敵反応多数あり、複素次元を経由して接近していることを感知しました。」


 だが、敵はこちらの都合とはおかまいなしにやってくるらしい。


「その反応から、Sクラス大型2機、その他Aクラス、Bクラスが多数存在する模様。」


 艦長たる私が、ここで気の抜けた様子を見せるわけにはいかない。上の不安を下の人間はよく感じ取るものだ。不安を与えないように通常の調子、油断させないように張り詰めた調子を維持した声を張り上げる。


「敵も我々を駆逐しようと必死らしい。対複素次元戦闘用意。」


 カンカンカンと戦闘警告音が鳴り響く、実に不快な音だ。だが、この不快さが人間の緊張感を否が応にでも高める。


「対複素次元戦闘用意。これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない。」


 ガ級戦艦の艦長は、額に冷たい汗を感じる。

 前日に、全軍で、あの空前の規模のヴォイドの攻勢を何とか退けたばかりだ、敵の第二波の攻撃が早すぎる。艦長に限らず、搭乗員皆が、最近のヴォイドの活発な攻勢に暗澹たるものを感じていた。

しかし、厳しい訓練を経た統和軍兵士達はそのことをおくびにも出さず、任務を全うしようとする。


 この艦隊は、本隊が太陽系内で防衛ラインを築く間、系外における殿軍を務めていた。人類最強と称された第8艦隊だが、その輝きも今や見る影もない。艦隊の構成は、現在では旗艦たるガルム1、その補艦としてガルム2の二隻のガ級戦艦を中心として、数百機の複素次元戦闘機のみになっていた。本作戦での人類側の敗北が決まり、撤退を決定した際に、AIが第8艦隊の殿軍を提案した。この提案に恨み辛みを言いたくもなったが、最小被害で主力艦隊群の撤退時間を稼ぐのに最適の存在ということは理解できた。


 敵の接近に合わせて、数百機にわたる戦闘機が宇宙空間に展開する。ヴォイドは別次元に存在し、本次元と別次元を行き来しつつ戦闘を繰り広げる。よって、それに対応するために開発された複素次元戦闘機、戦艦がこれを迎え撃つ。


 その編隊は、AIによる計算が戦況に応じて都度瞬時に行われ、効果的かつ確率的に被弾可能性が少ないフォーメーションが各パイロットへと指示される。それは高度な統計学を用いて行われ、人類が考えうる限り、最大効率の陣形を完成させる。一種の幾何学模様の様であり、暗闇の空間に、金属光沢のエレガントな点画を生み出していた。


「各戦闘機とのデータリンクを密に、各オペレーター、警戒を厳となせ。」


「戦艦による波動砲の砲撃を端に、大型目標を撃墜し、各戦闘機は小型目標を各個撃破せよ。」


 宇宙空間における戦闘では、特殊な状況を除いて、多くの場合遮蔽物が存在しない。ゆえに、宇宙規模での長距離射撃、弾道計算が重要になる。つまり、付近の惑星による重力の影響、攻撃目標の移動補正などを考慮しながら、あらゆるデータを利用して敵に命中させることが肝要であった。

 通常の人間対人間の宇宙戦争であれば、レーザーなどの光学兵器によって、光速度を用いた攻撃が可能だが、対ヴォイド戦においては光学兵器が通用しないという特徴がある。実粒子の空間振動伝達が行われるウェーヴに関しては、光速度に近い攻撃が可能だが、その他フォースやレールガン等では宇宙戦争において、「遅い」兵器であった。

 ゆえに、ヴォイド戦争においてセオリーとなる戦術は、その機体の大きさから生み出される大出力のウェーヴ艦砲射撃にて大目標を戦艦によって撃墜するものである。そして、その戦艦の周囲を中型の複素次元戦闘機が護衛し、敵中型目標を各個撃破することが基本だった。


「Sクラス二機を、その形状から、トライク1、トライク2と呼称する。」


「艦砲ウェーヴ攻撃始め、目標トライク1。発射弾数二発。」


「目標トライク1、発射弾数二発、目標位置X24、Y32、Z12。」


「ウェーヴ発射用意よし。」


「ウェーヴ発射始め、用意、発射!」


 ガルム1は高密度エネルギーを収束させ、その主砲たる波動砲から空間ごと震わせる砲撃を開始する。一発は敵の回避行動により外れ、二発目で敵を捉えた。トライク1は完全に消滅したとレーダーは示していた。


「トライク2に動きあり、トライク2から小型の物体が分離された模様。高速で本艦に近づく、小型ヴォイドを分離した砲撃と予想される。」


 小型ヴォイドを自爆兵器として使用することがヴォイドの戦術であった。ヴォイドの飛行自体は、宇宙規模で見る限り、そう速いものではない。だが、ヴォイドである以上、複素次元の転移は容易に行える。


「目標は複素次元を行き来し、レーダーから消失。」


「対空見張りを厳となせ。」


「ESMが探知、目標再確認。小型ヴォイド分離体による砲撃に間違いなし。」


「迎撃戦闘用意、攻撃始め。」


「ミサイルポッド発射用意よし、用意、発射!」


「目標を一部撃墜。まだ数機撃ち漏らしています。」


「レールガンによる迎撃始め、撃ち方用意、撃て!」


 敵の砲撃は、人類の利用する旧来の誘導兵器から、より高度化された「考える兵器」と同様に、複雑な軌道を描く。加えて次元を行き来しながら、飛来するため、高度な情報処理を備える現代複素次元戦艦であっても、確実に迎撃できる保証はなかった。


 搭乗員皆、太陽系内に残してきた家族がいる。艦長は、先日生まれた第二子の娘をまだ直接見ていない。この迎撃が失敗すれば、艦隊戦は一気に不利に陥る。表情には出さないものの、神にも祈る気持ちで、科学の粋たるレールガンの迎撃を頼みの綱としていた。


「敵砲撃、全弾撃墜しました。」


「よし、次弾の発射まで時間があるはずだ。各戦闘機の被害状況は?」


 ヴォイドも実次元にある程度縛られる以上、無制限に砲撃を繰り返せるわけではない。


「2割が損耗。敵の数が、味方の数を上回っているため、苦しい情勢です。」


 通常、軍隊において2割の損耗は大敗北とされる。3割に達すると、歴史的敗北であり、もはや事実上の崩壊とされる。昨日の戦闘で既に艦隊としての機能はほぼ失われていたが、ここでも再び2割の損耗ではもはや第8艦隊は完全に崩壊だ、無事帰還できたとしても再編成を必須だった。


「ここで食い止めることが我々の任務だ。数の不利と損耗は已むを得ん。あのSクラスさえ破壊できれば、撤退に移れる。」


「各戦闘機に通達、ウェーヴ第二波目に備え、射線上の小型目標を排除しろ。」


 各戦闘機のパイロットに無理をさせていることはわかっていた。通常の戦術であれば、各戦闘機は戦艦の砲撃に備えて、周囲の防衛を主としており、敵の殲滅は二の次であることも多い。

 過去には、複素次元戦闘機のエースが単独でヴォイドの攻勢を退けたこともあったと聞く。戦闘機にはそれだけのポテンシャルを持たせてはいるものの、そのような存在はあくまで奇跡レベルの幸運だ。AIがこれだけ発達した世の中でも、人間はそのような奇跡の能力を見せる。過去に信じられていたような第六感が人間にはあるのだろうか。


 しかし、私は艦長なのだ。個人の奇跡的な能力に頼って立案し、実行することはできない。セオリーを無視してでも、任務を達成するにはこの方法が最善に思われた。パイロット達からは恨みを買うだろう。だが、自分は生き残って娘に会いたかったし、何よりもここを死守せねば最後の防衛ラインたる統和軍本隊が太陽系内にラインを築く前に襲われてしまう。


「味方戦闘機、損失が4割を超えます。しかし、射線上の小型中型目標を排除に成功。射線開きました。」


「よし、射角計算にリソースを40%まわせ、確実に命中させる。第二波、ウェーヴ二発用意。目標トライク2。」


「発射!」


 戦艦から放たれる波動砲、宇宙空間を激震させ、音を媒介する物質がなくとも、咆哮をあげているかのような、その巨大な破壊兵器が大型のヴォイドを破壊する。


「トライク2撃破!」


「即座に、全軍の詳細な被害状況を確認。撤退戦へと移行する。」


「艦長!ガルム2が中型目標に食いつかれてます!援護要請を受電!」


 ガルム2は、旗艦の果たす役割としてのガルム1と異なり、戦場の情報を密に収集するための電子戦装備を外し、航空母艦として改築をされていたものの、自衛に足る基本的な装備は十分に搭載していたはずだった。


「レーダー専務士は何をしていたのだ!警戒網に引っかからないはずがないだろう!」


「こ、この中型、異常な飛行速度をしながら、次元転移の間隔が短すぎる。これではレーダーに映らない……。」


 報告を求められたレーダー専務士は一応の分析を伝えるも、もはや混乱の極致に達しており、その顔は青ざめ、パニック間近であった。その様子を見て、周囲の搭乗員にパニックが伝染する恐れがある。艦長の自分が冷静さを維持しなければならない。


「ガルム2の被害状況は?」


 戦艦の連携を繋ぐ、伝達オペレーターに確認を取らせると、伝達オペレーターもまだ冷静さは保っているものの、顔は青ざめていた。美人でならした彼女の、その美貌がすっかりとやつれており、見れたものではなかった。


「物質的損傷は1割程度ですが、侵食が既に5割ほど……。」


「仕方あるまい、ガルム2を敵性個体としてみなす。これをフェンリル1と呼称する。」


 その時、ガルム2だった物体フェンリル1が動き出す。戦艦には、レールガン、波動砲、ミサイルポッドを主武装として搭載されている。その主武装のひとつ、ミサイルポッドが全門開放され、味方の戦闘機向けて発射された。


 複素次元戦闘機ならば、通常のミサイル程度は十分に回避できる機動性と速度を持っていた。だが、そのミサイルにもヴォイドの侵食が進んでおり、ミサイルすらも複素次元経由で飛行をし、戦闘機に積んだ脆弱なレーダーでは捉えることができなかった。つまり、小型のヴォイドがミサイルの機動力や速度の特性を得た状態で飛来したのだ。


「み、味方複素次元戦闘機、損失9割……。」


「バカな……。中型目標のみにここまで崩されることがあっていいのか……。」


 艦長は、その階級を示す、統和軍栄光の軍帽を握りしめ、机を叩く。たった、一機の中型ヴォイドに二隻の戦艦、数百機の複素次元戦闘機で構成される艦隊が崩されるとは夢にも思っていなかった。


 そして、フェンリル1の波動砲はガルム1に既に向いていた。

 戦艦を動かすために、人類は、AIの補助と訓練された軍人達の的確な連携により、複雑な機構を管理統合して動かしている。だが、ヴォイドの侵食を受けた戦艦は完璧な統一行動を取り、圧倒的に素早く情報処理を果たし、一手差以上の余裕をもってガルム1を撃墜した。


 沈む戦艦にて、艦長は考える。

 あの中型にガルム2が侵食されなければ、損害を出しながらも勝利し、凱旋となっていたはずだった。遠く離れた娘にも会えたかもしれない。


 ガルム1の内部は地獄だった。血と悲鳴が飛び交い、電子機器の爆発、宇宙空間へと放り出される人間、そして衝撃によって弾き飛んだ機体の破片などがぶつかったのだろう、頭から血を流す艦長がいた。赤いランプが点灯し、けたたましく騒ぐ警報が降り注ぐ中、モニターに、フェンリル1が映る。その周囲に例のたった一機の中型らしきヴォイドが映る。円柱型の半透明なガラス質の物体を中心としている。他の部分は金属をベースとしているのだろうか、鈍く光沢を放っていた。そして、その周囲には噴射口らしき穴が見える、その全体に軟体型のヴォイドが覆いかぶさるように侵食し、融合していた。

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