第2話 艦隊戦前夜

 太陽系外の劣勢の状況を経て、人類側は新たな作戦の展開を用意していた。まず第一に、最近のヴォイド増加を鑑みて、大規模な兵力の投入を行い、戦線の後退状況を打開。第二に、太陽系外ラインの重要拠点の奪還である。そして第三に、新型の情報収集型探索戦闘機によるヴォイドの巣の特定と駆逐にあった。


「やっぱり結局は俺たちが駆り出されることになるんですよ。」


 そう、砲雷長が愚痴をこぼす。その調子に合わせて、ほかの下士官も口々に自分の考えを述べていた。

 新作戦の展開に先駆け、中央指令室でも様々な調整が必要となる。今までずっと戦争の緊張の中にあった、次の作戦が展開されるまでの僅かな時間だ。この時間に部下達が、雑談を少し交わすのも悪くはない。


「次期提督就任が囁かれているイザベラ将軍は強力な作戦を考えているようだ。」


「でも、現ハンノ提督がようやく重い腰を上げて新作戦を展開するわけだし、すぐ提督交代とはいかないんじゃないか?提督の交代となれば、ハンノ提督がこの作戦で失敗するとか、更迭にも理由がないと難しいだろう。」


「そうだ、我々が駆り出されたんだ。この作戦が失敗するということは十中八九有り得ることじゃない。人類の最精鋭の我々第8艦隊までも今作戦に投入だ。我々が敗北すれば、人類の終わりさ。」


「第8艦隊がいくら今まで辺境での戦闘に終始していたからとはいえ、戦果からするとほとんど勝ちをあげているんだ。今回のヴォイドどもを殲滅して、太陽系外ラインの人類復帰も夢じゃない。」


「大体、ハンノ提督の側近は、あのマゴカ参謀だろう?第8艦隊の作戦指揮も彼が担当していたから勝てていたんだ。今作戦も彼の立案らしいし、問題はあるまい。」


「俺の予想では、現在の戦闘ラインを、第一波の3艦隊合同攻撃で、敵の侵攻を阻止。我々第8艦隊とこれまた最強の突破力と名高い第9艦隊の投入の第二波で重要拠点の奪還が為るだろうよ。」


「これで長い長い宇宙生活とももう少しでお別れできるのかな。わたし、そろそろ地球に戻って結婚したいですよ。」


 オペレーターの女性のデスクには、加湿器や三面鏡などが置いてある。この部屋は空調完備であるし、何より私物の持込は軍の規律違反だ。そのようなものが必要なのだろうかと当初は頭を悩ませたものだが、長い戦争の中で精神の健全さを保つ為の彼女なりの方策と今では思う。何より、女性が職場にいることで男性軍人の業務に対する意欲が異なった。


「美人の伝達オペレーターがいなくなったら寂しいなぁ」


「砲雷長は、綺麗な奥さんいるじゃないですか。怒られますよ?」


 現在でも、不倫や不貞行為などは社会に認められていない。だが、その類の問題が実際に発生することはほとんどなかった。それは設計段階で管理AIに与えられた倫理感のひとつに含まれており、もし仮に不貞の事件があれば、AIからの評価を大きく下げる。軍人であればなおさらだ。軍の規律を乱した制裁も加えられるのだ。つまり、お互いがこれを冗談として認識した中でのやり取りだった。


「これもこの作戦が終わり次第だな。妻にちゃんと家族サービスしないとなあ。」


 話題が、戦況や指揮官、艦隊のことを中心になるのも仕方ない。皆、その渦中にいるのだ。家族に頻繁に連絡を取れているものがどれだけいるだろうか。下士官達にはその居室に通信設備を設けているものの、地球やその他コロニーとの距離は長い、双方向通信には大きな時間差がある。艦長の私も、責任ある立場で、今まで妻にはだいぶ苦労をかけた。


「それはそうとして、そういえば、新型戦闘機の投入はどうなっているんだ?」


「なんでも、今回のはウェーヴの部分に大幅に改修が入ったものらしいですよ。実粒子の効率的な運用ができるとかなんとか。」



『実粒子と虚粒子』

 現在では、我々の生活する宇宙を実数次元、実次元という。

 この宇宙は素粒子により成り立っているが、素粒子とは物質の最小単位であり、空間も素粒子により成り立っていると旧時代から考えられていた。はるか古代では、それがアトム=原子として考えられ、旧時代の科学では、クォークやレプトンが物質の素粒子であり、空間の素粒子はグラビトン=重力子が予想されていた。


 旧時代の科学においては、宇宙は4つの「力」で成り立つとされ、それぞれに4つの力を媒介する素粒子があると考えられていた。その4つの力は、重力、電磁気力、弱い力、強い力である。

 しかし、宇宙に対する理解として、科学者達はこれだけでは満足しなかった。より根源を突き詰めると、1つの粒子が、各種の力へと変化し、1つの理論ですべての力や運動を説明をすることができると考えた。その努力は、緩やかながら徐々に進展し、まず初めに電磁気力と弱い力の理論が統合され、電弱統一理論が完成した。クォークやレプトンなどの存在がその理論を完成させた。

しかし、長い間、残りの3つの力を1つの理論で説明する、つまり超大統一理論を完成させることができなかった。


 これに終止符を打ったのが、実粒子の発見である。今までは、クォークやレプトンなどが素粒子として考えられていたが、より小さな世界において、実粒子の存在が予測され、極めて精巧で長大な観測機器を建造し、それが実際に発見されることで、全ての力、運動を説明することができるようになった。これこそ、人類の英知である。そして、これで宇宙の解明が完成したかのように思われた。


 だが、ヴォイドの存在がそれを覆す。ヴォイドには、実粒子によって構成された兵器が通用しなかった。実粒子による「力」であれば、理論上は実次元に存在するものすべてに干渉が可能であるはずだった。それがヴォイドに対しては不可能であり、無効であった。つまり、ヴォイドは、実粒子の影響の及ばぬ異次元の存在として結論付けられた。


 以前から、計算式上では存在を囁かれていた虚数次元、虚次元。ニュートン物理学やアインシュタイン物理学、量子物理学へとパラダイムシフトが起こったように、此度も人類は観測枠の大きな変更を余儀なくされた。虚数宇宙の認識である。

 実数次元と虚数次元は重なり合うように、複素数宇宙に存在し、お互いに干渉しあっていた。人類はここでも弛まぬ不断の努力により、新たな素粒子を発見する。虚次元における素粒子、これを実次元と対照させ、虚粒子と呼んだ。


 実次元と虚次元がどのように干渉しあっているのか。その鍵は、素粒子の粒子としての性質、波動としての性質を持つという二重性にある。

 これを説明するのに、20世紀の偉大な史実における、アポロ11号のアームストロング船長が突き刺したとされる「旗」が、良い理解を与えてくれる。

 通常、宇宙空間に風はなく、旗は風がなければ、なびかない。仮定として、大気下において、風が吹けば、旗の部分がなびく。あまりに強い風であれば、旗のなびきが軸をも動かす。また、旗がなびくことで生まれる気流もある。

 これを実粒子や虚粒子に置き換えると、粒子としての性質を軸とすると、波動としての性質は旗である。そして、風はもう一方の粒子による影響と考えることができる。実次元では、軸と旗は実粒子の粒子性と波動性の部分であり、虚粒子の波動性が風となる。つまり、虚粒子が実粒子の波動性に影響を及ぼし、それがあまりに過大であると、軸部分の粒子性すらも動かすことがある。逆に、実粒子の旗部分、波動性が気流を生み、虚次元へと「風」を送り、影響することもあった。


 この各素粒子の波動としての性質が、実次元と虚次元を結び付け、干渉を可能とする。この研究は対ヴォイド戦争において、大きな役割を果たすことになる。



 雑談もだいぶ長引いた。主力軍艦隊の合同展開の時間も近い。そろそろここいらで一度規律を正す必要があると感じた。


「そろそろ刻限が迫っている。私語を慎み、最終調整に専念せよ。」


「了解。」


 艦長たる私の一言で、中央指令室の部下全員が一斉に従う。さすがは、よく訓練された優秀な統和軍兵士達だ。彼らとは長い間共に戦ってきたが、本当に頼りになるメンバーだった。今回の作戦で一気に人類側の優勢を獲得したい。


 先ほど部下達が話していたように、今回はウェーヴに大幅の改修を加えた戦闘機が大量に戦線に投入される。今までの戦闘機は職人が手作業で製造する傑作機もあった。だが、戦争が長期化するにつれ、大量の兵力が必要になった。

 戦闘のデータの積み重ねにより、改良が進み、コストダウン、組み立ての簡略化が可能とした。ライン製造から生み出される戦争兵器、旧時代のカラシニコフ氏のように傑作兵器の開発者は人類史に名を残すのだろうか。この兵器が今後どういう道を歩み、その末期がどうなるかはわからないが、この大量生産の殺戮兵器で、部下達が無事に母なる地球へと帰還できればそれでよい。


「艦長、時間です。」


「各艦隊と連携を取り、合流地点へと発進する。」


 本作戦では、地球を離れた地域へと多方向に展開していた艦隊をひとつの戦場に集中させる。従来は、ヴォイドは多方面から一斉に地球方向へと侵攻を試みていたため、こちらも戦力を分散させて対応する必要があった。

 だが、ここ近年では、どういうわけか一部の地域でのヴォイド攻勢が強まっていた。そして、今までの艦隊の展開では、戦線維持の限界を感じた管理AIが、膨大な計算を繰り返し、必要最小限の防衛戦力を残したまま、ヴォイド集中地域に人類の戦力の大量投入を提案した。

 この提案は、人類側のリスクが高く、政府もこの決定に非常に頭を悩ませていた。現提督であるハンノ氏は、守りの戦いに定評があり、あまり積極攻勢に出ることはなかった。しかし、徐々に人類側の被害が拡大するにしたがって、現在のジリ貧の状況を打破するべきとの世論が高まる。ハンノ氏自身もこのままでは打つ手なしと判断し、人類が袋小路に追い込まれることを危惧した結果、今回の一大展開を決心した。


 その決め手はヴォイドの巣の存在の予測だった。ヴォイドの生態はいまだよくわかっていないが、最近のヴォイドの出現域、出現のムラや侵攻方向、多用な情報を用いた結果、AIはヴォイドが「巣」らしきものを有すると予測した。この予測は、人類側にとって衝撃だった。ヴォイドが社会性生物とは今まで考えられていなかったからだ。

 だが、結局学会では「巣」というのは便宜上そう名付けただけで、単にヴォイドというウイルスの発生に適した空間が存在するのみと結論付けられた。もっとも、そのような結論は軍人達には関係がない。このヴォイドの巣という予測が正しく、発生源を特定、撃破できれば人類に戦況は傾くだろう。初めて人類が攻勢に出られるのだ。


「これだけの艦隊が合流すると、さすがに圧巻だな・・・。」


 レーダー専務士が、モニターに映るレーダーの反応と通常の視覚モニターを交互に見比べて、感嘆の声を挙げる。


「すごい・・・、こんな大量の艦隊初めて見る・・・。あれが・・・例の、第9艦隊ですね。」


 各艦隊との連携のやり取りの総管理を担う伝達オペレーターも情報や通信上では第9艦隊を知っていたが、肉眼で見るのは初めてのようだった。


「うおお、俺たちならこれでやれるぜ!」


 砲雷長が声を挙げて興奮気味になるのも十分に理解できた。この戦力ならヴォイドに勝てる。そう思わせるだけの雰囲気がこの艦隊集結の絵図にはあった。戦艦も100隻を越し、複素次元戦闘機においては数万機をくだらないだろう。星の海を背後に、まさに人類の象徴たる科学の結晶が、これでもかというほどに金属光を煌かせていた。慎重さに重きをおく私でも勝利の確信があった。


 これより人類史上最大規模の作戦が展開される。

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