第8話 未来

 今年の夏も、あの年に負けず劣らずの暑さだ。しかし、あの時より難しいはずの大学数学はそこまで俺を困らせてはいなかった。数学が苦手なのは相変わらずだが、あの時の、あの世界での混乱に比べたら大した事ではない。


 あの時化物を退治して帰ってきたまち子ちゃんからは、彼女の知る全てのことを聞くことができた。あの世界が本当に異世界であること。あの化物は、俺の世界から送られてくるものであること。それが意図的なのか、自然発生的なものなのかはわからない。しかし、それを理由にこっちの世界を恨む人は多いみたいだ。


 人間が異世界を行き来することは基本的にはできないが、別の世界から来た人間は戻れるという話だったので、俺はすぐに帰ることにした。あっちの世界をもっと調べたい気持ちはあったが、あのままいても観光くらいしかできることはなかっただろう。住む場所もお金もないし、長期滞在はできない。


 しかし、聞けなかったこともある。まち子ちゃん自身のことだ。わかるのは、いつからか彼女があっちの世界に行き、化物のことを知り、襲われる人々を1人で守っているということだけだ。これ以上深く聞けなかったのは彼女が話さなかったこともあるが、聞いても俺が何の役にも立たないからだ。


 今俺は、大学で化学の勉強をしつつ、独学で物理の勉強をしている。意味があるかはわからないが、あっちの世界を知るためにはまずはこっちの世界の勉強からだ。少なくとも俺は一度向こうに行っているわけだから、それは可能なはずだ。いたずらに異世界を移動するのは良くないのかもしれないが、絶対に解き明かさなければいけないことがある。それは化物のことだ。あれはこの世界で発生し、向こうの世界に出現するらしい。それが本当かはわからないが、この世界に関わることならば、こっちの論理で解明できるはずだ。


 何年後か、死ぬまでにできるかわからないが、1つの目標がある。胸を張れる状況で、まち子ちゃんにもう一度会うことだ。そのためだったら、苦手なはずの数学はそれほど苦手ではなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

曲がり角のまちこさん 右城歩 @ushiroaruki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ