第7話 感情

 まち子ちゃんが避難所にやってきたのはそれから30分ほど経ってのことだった。さっきまでと同じような無表情で歩いているが、体にはいくつかの傷がついている。


「大丈夫だったかい。いつもありがとう。」


 まち子ちゃんに話しかけたのは、40代くらいの男だ。日本料理人といった風貌の白い服を着ている。


「はい、ちゃんと退治できました。木村さんも、お怪我はありませんでしたか。」


 珍しくというほど彼女のことを知らないが、こんなちゃんと受け答えしたまち子ちゃんは初めて見た。木村と呼ばれた男は、もう一度礼を言ってそのまま去っていった。まち子ちゃんはこっちに気がつくと、ゆっくりと歩いて近づいてきた。


「おまたせ。何か私に用事があったんでしょ。とりあえず、家に戻りましょうか。」


 冷静に話を進めようとする彼女に対して、俺は動けないでいた。まち子ちゃんはあの怪物を退治したと言った。これだけの傷を負って、なぜそんなことをするのか、できるのか。


「何で。何でこんなことになっているの?君はあっちの世界にいて、普通に暮らしていたはずだ。頭も良かった。きっと、いい大学にいって、楽しく過ごしてるんだろうって思ってた。」


 これは、好奇心ではない。まち子ちゃんが俺の顔を見る。相変わらずの無表情だが、睨まれたような気がした。


「高橋くん。あなたは自分の世界に帰ったほうがいいわ。」


 冷たく言う彼女に対し、俺は胸が熱くなるのを感じた。


「俺はさ、知りたいだけだったんだよ。最初から。この世界に来たのも、君を探したのも、とにかく目の前の不思議な出来事が何なのか知りたかったんだ。でも、そんなことどうだっていいよ。俺とまち子ちゃんはもう何年も会ってないし、親しいとも言えないかもしれないけど、でもそんな体中に傷をつくってて、そんなつまらなそうな顔してて、ほっとくわけにいかないじゃないか。」


 まち子ちゃんは俺の顔を見て「ふふ」と笑った。こっちで会って初めて見た、思わず笑っちゃったというような顔だ。


「高橋くんは相変わらずね。」


 意味はわからなかったが、なんとなく馬鹿にされているような気がする。


「家に帰りましょう。話はそれからでもいいでしょ。」


 そう言って彼女は家に向かって歩き始めた。

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