第3話 救済と混乱

「ちゃんと説明してよ。」


 俺はなぜか、さっきチキン南蛮を食べた店の女店員と一緒に喫茶店にいた。とっさに走って逃げた後この店員にすぐに追いつかれたが、なぜか彼女はすぐに警察に突き出さずに、この喫茶店に入るように要求した。

 なぜこんなことになっているかはよくわからないが一旦は助かった。しかしこの質問にはどう答えたものだろうか。異世界から来ましたなんて言ったら、頭がおかしいと思われそうだ。そもそもここが異世界なのかすらわからない。つまるところ、説明してよと言われても一番状況がわかっていないのは俺なのだ。


「お金を払ったつもりだったのだけど、通報されたのでとっさに逃げました。」


 とりあえずわかる範囲で説明してみたが、我ながら何の説明にもなっていない。女店員は怒った顔でも、不思議そうな顔でもなく、めんどくさそうな顔をしていた。自分で状況をめんどくさくしているのに、さっさと警察に突き出して問題を片付けないのは彼女の性格なのだろう。ちなみに名札に名前らしき文字が書いてあるが、さっぱり読めないので名前がわからない。

 俺は再び財布を取り出す。さっきレジに置いてきた千円札を除けば、残りは小銭ばかりだ。


「何で見逃してくれるの?」


 素朴な疑問をぶつけてみた。


「誰が見逃すって言った?食い逃げは間違いないし、まだ逃げるなら捕まえて今度こそ警察に突き出すよ。」


彼女は俺の目を見ると、はあ、とため息をついた。


「さっきあんたの出した紙切れとか、この謎の記号の書いてる丸いのとか、意味わかんない。でも嘘ついてるようにも見えないし、騙そうとしてるとたらもっとマシな偽物のお金出すだろうし。頭がおかしくなってる人にも見えないから、とりあえず話を聞いてあげることにしたの。」


 胸を凝視してくるところはマジでキモいけど。と彼女は付け加えたが、訳のわからない世界にきて変なテンションになっている俺には効かなかった。それに胸をみてたのはさっきの店にいた時だけだ。今は割と顔が可愛いことに気がついたので、顔を凝視している。


「あなた、この文字読める?」


 そう言って差し出されたのはこの喫茶店のチラシのようだったが、よって変な記号にしか見えないので、そう答えた。


「まさか、異世界から来たなんて言うんじゃないでしょうね。」


 驚きのあまり飲んでいたハニーシトラスロイヤルミルクティーを少しこぼしてしまった。例によってメニューが読めないので適当に頼んだらこれが出て来たのだが、美味しいのでこぼすのはもったいない。

 そんなことより、なぜ彼女から異世界という言葉が出て来たのか。そもそも文字が読めないのも予想していたようだった。


「異世界かは知らないが、こことは文字も、お金も、街も違うところにいて、気がついたらここにいたんだ。俺の世界について何か知っているのか?っていうかやっぱりここは異世界なのか!異世界なんて存在するのか?俺は帰れるのか、何か教えてくれ!」


 意味不明だった状況で一つの可能性を目の前に出され必死になったのか、俺はつい立ち上がって彼女を問い詰める形になっていた。彼女はそんな俺を見てもう一度ため息をついた。


「静かにして。」


 彼女がそれだけ言って睨むので、俺は我に返って椅子に座り直した。


「あと、異世界人っていうのはあまり言わないようにして。過敏な人もいるから」


 わからないことばかりだ。この世界の人にとって俺の世界はなんだっていうんだ。脳みそが疼くのを感じた。そうか。俺は意味のわからない世界で、無事に帰れるかもわからない恐怖でハイになってたわけじゃない。


「別に私も異世界・・あなたの世界について詳しいわけじゃないよ。学校で習ったくらいで。」


 学校で習う。つまりこの世界の人にとって異世界があるのは当たり前のことなのか。


「でも、異世界の人がこっちの世界に来るなんて話は聞いたことない。」


 「過敏な人がいる」というのは、こっちの世界でもよくあることだ。宗教や、政治や、病気にかかわることなんかはよく知らない人に気軽に話していい内容じゃない。人の生活や思想に深く関係のあるものなのに、人が行き来できない。俺はいろんなことが、知りたくてたまらなくなった。


「教えてくれないか?この世界のこと、異世界のこと。」


 無事に帰りたいから、なんて付け加えたが、本心はそうじゃない。初めから俺はワクワクしてただけなんだ。あの曲がり角で歪んだ空間を見つけた時から、何も変わっていない。異世界とは?この世界の人と俺の世界の関係は?この世界の文化は?人は同じ人間なのか?知りたい。ただそれだけだ。










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