あ
二人はそこでめいっぱい泳ぎ回りました。
深足はつま先を伸ばせばギリギリ底へ届くといった具合で、本当に水深もちょうど良いのです。それよりも浅い場所も、もちろんありました。むしろ、一番深い所がそのくらいだというだけで、実際はもっと浅い所の方が多いです。
そこでプカプカ浮いて体の熱を取っていると、ブンブンと羽を唸らせてブヨがやって来ました。
「ひえっ、頭の上で旋回してやがるっ!」
「水の中に潜れば良いのよ」
「退避ー!退避ー!」
ザプン、と水に入ると、ぼんやりとした透明の世界が広がります。チミィの髪が、磁石に吸い寄せられるように、水面に向けて浮かんでいました。
「ぷっ」
しかし、それほど息が長く保つはずがありません。予期せぬ出来事だったので、息を思い切り吸ったりもしてませんからね。
それで浮き上がると、またブヨが飛んでいる。それですぐに潜って、しばらくして出てくる。そんなモグラ叩きみたいなことを繰り返して、ジャックはようやく岩場にしがみついて出て来ました。
「あら、どこに行くの?」
「ん、そこから飛び込みをやる」
「私にぶつからないでよ」
「分かってる」
ジャックが指差したのは、ひときわ大きな、背の高い岩でした。
ここから飛び降りれば、さぞ気持ちが良いだろう、と考えたのです。
両手で体を持ち上げて、片足を岩場の上に置き、よいしょっと力を入れます。
ズブズブと水が下へ流れていき、どんどんそっちへ力が加わりました。
(しまった!着衣水泳をしてたんだ!!体がいつもの二倍くらいに重……)
そう思った時にはもう遅過ぎました。
ちょうどそこに苔が生えていたこともあり、ジャックはツルッと滑って後ろへ倒れこみます。
ドボーンと音がしました。
「あはは!なんて低い所から飛び込みをしてるの!」
チミィはケラケラ笑っています。ジャックも情けなくなって笑いました。
でも、しばらくすると、また、えいやっと勢いをつけて、一気に岩場へ登りました。
「よ、よーし。今度こそやってやろうじゃないか!」
まだ自分の体の周りにまとわりついてくるブヨを気にしつつ、ジャックは服を脱いで裸になりました。
その途中で、チミィは「あっ!ドクターフィッシュよ!!」と叫びます。
「なに、ドクターフィッシュ?」
「うん!なんか噛みつかれたみたいだったから、とうとうブヨにやられたかと思ってたら、ほら!小魚が私の腕や足にいっぱい!服にまで!」
「へへへ、チミィが汚れてるからだ」
「もぅ!ジャックよりはマシよ!」
チミィは大声で言い返しました。
それに笑いつつ、ジャックは服からズボンからパンツまでを脱ぎ捨てます。
水に濡れているせいで、体に張り付き、なかなか剥がすのに難儀しましたが、とうとう成功したのでした。
それで、岩に上がります。
「いよーっ!」と謎の見得を切って、ブヨが迫ってくる音がしたので慌てて飛び込みました。
バシャァン!
水が自分を怖がって逃げて行くようだ、とジャックは思いました。
今までで一番高く上がった水しぶきは、広い範囲で、大きな波紋や小さな波紋をたくさんたくさんを作り、また静かになりました。
「ありゃ、ドクターフィッシュが逃げちゃったわ」
「そうか」
「でも、ジッとしてればまた来ると思う」
「ふーん」
ジャックは、大人しく待ってみることにしました。
すると、自分の周りにゆっくり魚が集まってきたのが分かります。
「うほっ、ホントに来た!」
「私が嘘言うわけないでしょ」
「嘘なんて誰でも言えることだからさ。それに、さっきまでこいつら見なかったし」
「バタ足なんかしてるからよ。近づけなかっただけなんだわ」
「そーですか……って、おうわ!こしょ、こしょばゆっ!いひひヒヒヒヒ」
体の隅々にチュッ、チュッ、と一瞬ずつ魚が吸い付いてきます。
それが脇の近くなんかだと、もうたまりません。ジャックは笑って悶えましたが、もう魚は逃げませんでした。
「ははは!ジャックの方にほとんどの魚が持ってかれちゃったよ!ほら、見てよそのお尻!」
魚は尻の穴の周りを重点的に食べていきます。
ジャックの体はせっかく冷えたばかりなのに、もうカッカと熱がこもり始めていました。
「もーいい!俺なんか飛び込みだけで十分だぜ!ほら、お前ら、あっち行け!!」
ジャックはドクターフィッシュをはねのけるように岩場へ上がり、急いで大岩に飛びかかって、落下しました。
ドボーーーーン、シャァァァァァ
泡もぶくぶくと立ち上がっています。
そして、チミィは「また逃げちゃったあ」と呟きました。
でも、ジャックはそんなのお構いなしで「もう一丁!」と哮り、また飛び込んで行くのでした。
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