と言って、反対車線に走って逃げることもできません。

なぜなら、今、眩い光をかき消すような黒い車体が滑り込んで来たからです。

減速した列車は、ピタリとホームに入り、やがて停車して、ほっと息抜きをするように、シューッと鳴りました。


ジャックはここで後ろを確認しました。すぐそこまで人攫いが迫って来ています!!


「チミィ、こっちだっ。」

ジャックは声を抑えてそう叫び、チミィの手を引いて反対車線の列車の下へ潜り込みました。


と同時に、後ろから「おい!木箱が壊れてるぜ!奴ら逃げ出したんだ!!」と聞こえてきます。間一髪だったのです。


「なんだと?!逃げた??!おい、テメェらなにボヤッとしている!探せ!探すんだ!!」

立派な長いひげをたくわえた棟梁らしき人が太い指をさしてそう命令しているのを、二人は震えながら見ていました。


「ジャック!このままじゃ見つかっちゃう!!」

「大丈夫だ。まず向こう側に出よう。」


ジャックはなるべく落ち着いてチミィに言い聞かせました。

そして、ジリジリと車体の下を這っていきます。


「案外臭くないのね、ここ。」

「確かにそうだ。」


それもそのはず、煙は全て煙突から出て行っていましたからね。

チミィは恐る恐る上を見ました。

細々と凹凸が並んでいます。


「あだっ。」

「大丈夫?」

「心配ないよ。……いてぇ…。」

ジャックはその突き出ている部分に頭をぶつけて呻きました。

あんまり首を持ち上げていたらそうなるのです。早く逃げたいのはわかるけれど、もっと慎重にしないといけません。


「おい!奴らはまだこの近くにいるはずだ!隈なく探せよ!見つけねぇと耳を切り取るぞ!!」

またあの野太い声が響きます。リリィは震え上がりました。ジャックの方はと言うと、強がってワザと笑って見せましたが、それでも顎は小刻みに震えていました。


「おい!テメェこの列車を止めろ!」

「……と、言われましても…。」

「うるせぇ!」


ドン、と音がして、すぐそばで駅員さんが倒れました。

それでもまだ、一人の屈強な男はその人の襟をつかんで強く揺すぶっています。


すると、駅舎から警備員がぞろぞろ出てきて、あっという間にその男は取り押さえられてしまいました。


「こら!観念しろ!」

「バッカ野郎!誰がこんなことで!!」


……なのに、まだその男は収まりません。掴まれた両腕を乱暴に振りほどくと、一気に二人ほど殴り倒しました。


「このぉ、やったな!」

「こいっ!!」


とうとう殴り合いが始まってしまいました。男はどれほど四肢を捕まえられても、反抗できるようでした。


「ジャック、怖いよ……」

「ダメ、泣かないで。」


半べそをかいているチミィを、ジャックは抱きしめました。実際は、鳴き声が漏れて見つかりでもしたら大変だ、と思ったのです。


「ジャック、私たちダメなんだわ、もう……。」

「弱気になっちゃいけないんだってば。」


ジャックは、チミィを抱きしめる手にもっと力を込めました。でも、ジャックも諦めかけていました。あの男が時間稼ぎをしているうちに、他の数人が今も二人を探しているのです。


「おらっ!」

……ほら、もう一人喧嘩に加わってきました。さすがに人数が人数なので、屈強な男もへばっていたのですが、こうなれば振り出しに戻ってしまいます。警備員は数人地面へ仰向けに倒れていました。目の周りが青紫色に晴れている人もいれば、頭や口から血を出している人もいます。あそこに落ちているのは、彼の歯なのでしょうか。


対する二人も、いえ、特に最初に暴れ始めた男は……、頰を真っ青に染め、荒い息を繰り返していました。かろうじて立っているといった感じです。ですが、先ほど殴り倒された警備員が立ち上がろうとすると、その人の頭を上から踏みつけたりしていました。


「チミィ、見ないで。」

「うん、うん、分かっているわ。」


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