第4話
「またそんな物を持ってきたのか。捨てちまいなよ」
「えー、これでも頑張って持ってきたのに」
俺は人生を持ち上げて母と代わる代わる見比べる。
「バカだね。何度も言わせるな。それは偽物さ。だって、ほら」
母がそれを握りつぶすと、フッといって消えた。
「ああ!何するんだよ!母さん!」
「あんたが人生だと見えているのは、それは全て妄想なのさ」
「なんてことを!」
「それより、あんた、また記憶を落っことしてきたんだろ。早いとこ探し当てて食べておきな。私みたいなのが消しちゃう前に」
「あ、ああ。あははは。分かったよ、母さん」
俺は照れ笑いしながら走っていった。
ーーーーー
君に私にそれに僕に、
みんななんてことないのにな。
いきなりみんな死んだって、そのままずっと生きてたって、そんなことを思い込んだって、別にどうでも良いのにな。
ーーーーー
はっきりしていたのは、緑の草と、それを取り囲む小指と、それをじっと見つめている原田と……。
「どうしたんだ」
「ん、いや、ちょっとぼーっとしてた」
俺は手帳を書き留める手を休めた警官に応えた。
「そうか。マア、お前のいうことが正しければ、完全に被害者ということになるのだから、ショックも大きくて当然だが…」
「そんなことはない。何度も言うように、俺は加害者だ」
「むぅ、じゃあ、も少し詳しく説明してくれ」
警官に顎で促され、俺は頷いた。
暑い日だった。
俺はアイスクリーム自販機で取り出した、あの渦模様が売りのソーダバニラをとっくに食べ終え、ポツポツと穴の空いたプラスチック製の棒を舐めていた。
冷たさを通り過ぎれば、舌にはネバネバとした後味の悪さが目立つ。
どうしようもなく汗が吹き出て、この世界は丸ごと、ジワリジワリと鍋の中を転がされているのかと思った。
その時、横から声がかけられた。
「ん、岡村か?」
「?」
俺はその時、間の抜けた顔をしていただろうと思う。
ヒゲはだいぶん伸びていて、しかも褐色の肌なのに、白いアイス棒を咥えたまま顔だけ横へ向けたのだ。
「おっ、やっぱそうじゃん」
「原田?」
「おうよ。久しぶりだな」
「……よく俺が岡村だと分かったな」
「お前みたいな変な顔はこの世で一人しかいねえよ」
「テキトーなことを」
ふふふ、と二人して笑いあった。
高校を卒業してからまだ一年も経っていない。いくらヒゲやら髪型やらがどうにかなっても、分かってしまうものなのだろう。
「痩せたな、お前」
「夏痩せさ」
「クーラーは」
「もちろんついてる。でも、あんま使いたくないとは思うなぁ。今も切ってるよ」
「そうか」
クラスは違ったが、なぜか俺は原田の顔を覚えていた。ほとんどの人間の輪郭はうっすらとしているのに、実際にもう一度会ってみると、鮮やかにフラッシュバックするものである。
「で、今は暑さから逃れるためにアイスなんか食ってんのか」
「悪かったな。アイスなんか食べて」
「いや」
原田は小さな小銭入れからチャラチャラ何枚かの硬貨を取り出して、それをアイス自販機に突っ込んだ。ガシャガシャン、と聞こえる。
「何買うのさ」
「抹茶かな。やっぱり」
「……そんなのが好みなのか」
「意外だろ?」
「…別に。俺は嫌いだから、不思議に思っただけさ」
「分かるよ。自分は嫌いな物だけど、他人がそれを好きだった時って、凄えおかしな感じがするだろ」
ガコン
落ちてきたアイスを取り出し、張り付いている包み紙をのける。
まずはフタ。
それから周囲を覆っている紙。
「気をつけろよ。すぐに溶けっから」
「そうだろうな」
原田は答えながらそれに口をつけた。
深緑と、赤っぽい小豆がその中に入っていく。
「一気に食ったな。頭が痛くならないのか?」
「別に」
「前歯の根元が痺れたりは?」
「……お前、そんなことになんのか?」
「冷たい物を噛むとそうなるね」
「変なの」
俺は羨ましそうにアイスに残った歯型を見つめた。
すると、原田が、「いる?」と言いながらそれを突き出してきたので、無言で首を振る。彼は笑いながら二口目に入った。
「それでさあ。お前この頃何してんの」
原田が面白そうに聞いてくる。アイスはもう半分くらいがなくなったところだ。
「バイトだよ。マックの」
「マック?残りモンとか食べれたりすんのか?」
「まあ、そうだな。ちょこちょこは」
「へえ」
「お前は?」
「大工だよ。日給制だ」
「キツいのか?」
「キツいって思ったら負けだな。なるべく、無心を保つんだ。少しでも揺らいだら、それがだんだん大きくなって、ガラガラ崩れちまう」
「誰の言葉?」
「俺に決まってるだろ。バカだなあ」
原田は少し垂れたアイスの液をペロリと掬った。
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