パトリックの戦い(後)
◆
以前からパトリックは、周囲と比較して、
「もう一度、よくお考えください。今回、仮に敵の襲撃を
対して、『転覆の魔法』を解いてしまえば、我々から〈外の世界〉へ打って出るという
「しかし、君の予測が正しければ、外へ打って出る余裕もなくなるじゃないか」
「そうだ。今は
『転覆の魔法』の解除が悲劇的な結末を迎えることを、パトリックは十年以上前から予想していた。それでもなお、彼の信念はゆるがない。
「これ以上、決断を引きのばせば、取り返しのつかないことになります。問題を
パトリックはまるで
◆
その時だった。
おどろきのあまり、イスから飛び上がったり、ころげ落ちる議員が
「……どこから落ちてきたんだ?」
「何だ、これは……、人間か?」
数名の議員が次々と
テーブルの上に横たわるのは明らかに人間だが、人形のようにピクリとも動かない。ほどなく、あの人物であることに、議員の一人が気づいた。
「……ジェ、ジェネラルじゃないか!」
「本当だ。ジェネラルだ」
「どうしてジェネラルがここに……?」
議員たちが
混乱がおさまる前に、議場の扉がバタンと勢いよく開かれた。議員たちのおびえた目がその方向へいっせいに注がれる。
「ご報告いたします! たった今、敵に
議場にかけ込んできたのは
「すでに、
あと、ジェネラルについてですが、マーグ……いえ、元
伝令は
一方、パトリックの瞳だけは別方向を向いていた。その目にだけ映る男がそこにたたずみ、微笑をうかべながら、彼を見返していた。
「落ち着いてください。ジェネラルも辺境伯もここにいます」
パトリックが襲いくる恐怖を振りはらうように言った。わずかに声をふるわせながらも、ジッと相手を見すえ続けた。
耳を疑う言葉が発せられ、議員達がいっせいに視線を泳がす。ジェネラルはともかく、辺境伯の姿は彼らの目に映っていない。
議員たちがパトリックの視線を追いかけ始める。
「どういうことだ、
辺境伯がふいに顔をほころばせ、〈
「リトル、言うようになったじゃないか。見違えたぞ」
彼が議場へ侵入したのは、先ほど扉が開いた時。それから、柱のかげに身をひそめながら、議論に聞き入っていた。
「お前は……、やはり生きていたのか!」
「辺境伯、これはお前の
多くの議員はうろたえていたが、一部の議員はかつての部下に対して
「あの時の選択はまちがっていなかったみたいだな」
あの時の選択――五年前のあの日、辺境伯はパトリックの暗殺も考えたが思いとどまった。『転覆の魔法』を解除するためには、パトリックの存在が必要
『お前も殺そうと思った』
あの日に投げかけられた言葉が
「その様子だと、『転覆の魔法』を解く当てがあるようだな」
「当ても何も、あなたから得た情報ですよ」
「……俺から?」
辺境伯は
彼は忘れていた。一連の出来事の多くが記憶から失われ、おぼえているのは〈樹海〉における同士討ちや、仲間を失った
彼は『〈外の世界〉へ連れて行く』という見返りのため、それ以外の記憶を差しだした。また、
そのため、ネクロたちと手を結ぶことに抵抗を感じていない。彼らが仲間の命を奪った
「まあいい。準備はできているか。『
辺境伯はジェネラルから奪い取ったそれを、すでに右手にはめていた。しかし、パトリックは首を
それはあくまで元老院の同意を得た上でのこと。反対を押しきってまで行う意思はない。また、停戦や
「さっきの
「要求があります。『転覆の魔法』を解除した
「いいだろう。元々、今回の作戦の目的はそれだからな。たとえ連中が応じなくとも、俺が力ずくで引き上げさせよう」
「みなさま、よろしいでしょうか?」
議員達はあ然としたまま、誰も口をきかない。その反応を見た辺境伯は、パトリックに歩み寄って片腕を取った。
「待て! 我々はまだ許可を出していないぞ!」
議員の一人がテーブルをたたきながら言った。辺境伯は
「命の
そのおどし文句で、議員たちは一瞬でだまらされた。そして、辺境伯はパトリックもろともに彼らの前から姿を消した。
『スージー。議場をぬけて〈
その『交信』を受け、スージーが〈止り木〉へ向かう。塔をのぼる階段のたもとで、パトリックは一人で待っていた。
「あなたも一緒に来てください。あと、ウォルターに伝えていただけますか。今にも殺されそうなので、
「は、はい……」
スージーがとまどい気味に答える。辺境伯の姿が見えない彼女には、命の危険を感じる状況に思えなかったからだ。
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