決戦前夜(後)

     ◆


 敵の総攻撃を目前もくぜんに控えたその日。ジェネラルを先頭にした一行いっこうが〈とま〉の頂上をめざし、らせん階段をのぼっていた。


 『源泉の宝珠ソース』の現状の確認、および敵の手から守るため、一時的に別の場所へ移せないか検討したい。パトリックが元老院げんろういん上申じょうしんし、即日そくじつ許可された。


 パトリックは助手としてコートニーを従えている。上申の内容に嘘偽うそいつわりはないが、それに含まれない裏の目的があった。


 〈止り木〉の頂上――鎮座ちんざに到着した。ここへ来るのは五年前のあの日以来。戦慄せんりつの記憶がフラッシュバックし、パトリックは足をすくませた。


 ジェネラルが『根源の指輪ルーツ』をかざすと、キーッと耳ざわりな金切かなきり音を立てながら、ひとりでに扉が開いた。


 おとろえを知らない神々こうごうしい輝きが視界に広がる。巨大な宝珠ほうじゅに、コートニーもひと目で心を奪われた。


 ジェネラルたちは宝珠と台座だいざの接触部分を入念に確認した後、数人がかりで持ち上げようと試みた。パトリックとコートニーは少し離れた場所から作業を見守った。


「どうやら、台座と一体化いったいかしているようです。ピクリとも動きません」


 パトリックが宝珠に歩み寄っていき、コートニーもそれに続いた。そばにしゃがみ込んで確認すると、宝珠は台座にうめ込まれ、すき間なくピッタリとハマっていた。


 立ち上がったパトリックは軽くため息をつき、もの言いたげにコートニーを横目で見た。意図を察したコートニーがさり気なく宝珠に手を当て、〈分析〉アナライズを発動した。


 あの日の辺境伯マーグレイヴも、こうして宝珠に手を当てていた。過去を思い返していると、気づいた時には、コートニーの顔つきが一変いっぺんしていた。


 途端とたんにけわしくなった表情は、しだいに困惑のものへ変わり、目が泳ぎ始めた。文面を何度も読み返しているのが、はた目からもわかった。


「この場から動かすのは無理でしょう」


「そうですね」


 ジェネラルが早々そうそうに結論を出し、撤収てっしゅうの準備に入った。鎮座の間を出てから、パトリックがジェネラルを呼び止めた。


「市民の命を最優先に考えるなら、この宝珠を敵方に差し出すことも考えなければなりません。そのことについて、ジェネラルはどう思われますか?」


「口に出すのも恐れ多いことですから、明言めいげんはさけさせていただきます。我々は与えられた役割を果たすのみです。元老院からの通達つうたつがあれば、いつでもこの指輪を提出いたします」


 パトリックがコートニーに話を向けたのは〈止り木〉を下りた後だった。


「何か、わかりましたか?」


「ええ……」


 コートニーはそう答えた後、しばらく口ごもった。


「『能力を展開中』と表示されていました。能力名は〈転覆〉エックスオアー術者じゅつしゃ巫女みこです」


〈転覆〉エックスオアーですか……」


 それははるか昔から予想していた。『源泉の宝珠ソース』をかいし、巫女が広範囲こうはんいに能力を展開していたという話は文献ぶんけんに残されている事実。


 そのため、おどろきはなかった。ただ、それだけではない。コートニーの表情がそう言っていた。


「続きがあるのですね?」


「はい……。その下に『解除の権限けんげん委譲いじょうされています』と表示されていました」


 パトリックは息をのんで、言葉ががれるのを待った。だが、コートニーの口は重い。はやる気持ちを抑えきれず、急かすように言った。


「……誰から誰にですか?」


「巫女から――トリックスターに」


 それも予想の範疇はんちゅうだ。辺境伯が五年前に言い残した言葉が、今まさに裏づけられた。


 パトリックは興奮をおさえられなかった。この国にかけられた『転覆の魔法』を解く道が、ついに開かれたからだ。


「ウォルターにはこのことを秘密にしていただけますか? よけいなことで心配をかけたくないのです」


「……わかりました」


 コートニーはとまどい気味に応じた。


     ◇


 岩の巨人の到着は早ければ今日の夜中。襲来しゅうらいそなえて、住民の避難ひなんがあわただしく始まった。


 大門おおもんで迎え撃つなら、まっ先に戦場となるのは中央通りぞいの中央地区。それと、そのすぐ東に位置し、南端なんたんに水路が走る南地区だ。


 それに加え、東南地区へ迂回うかいされる場合も考慮し、三つの地区の住民が、優先的にレイヴン城内へ避難できることになった。


 戦いが始まる前に、大門を見に行こうと思い立った。対抗戦の日や、サウスポートへの行き帰りの時に通ったけど、門の構造をしっかり把握はあくしておきたかった。


 そこへ向かう途中、住民たちの行列と行き会った。レイヴン城の正門から、延々えんえんと連なる人の波が城内へ吸い込まれていく。


「東南地区の住民は東棟ひがしとう、南地区の住民は西棟にしとう、中央地区の住民は宮殿の大広間へ行くように!」


「食料と衣服以外の持ち込みは没収ぼっしゅうするぞ!」


 門前の守衛しゅえいが大声を張り上げている。住民たちの表情は一様いちように暗い。事態を飲み込めない幼い子供だけが、無邪気な声を上げていた。


 偶然、行列の中にダイアンの姿を見つけた。


「ダイアン!」


 人ごみをかき分けながら、手をあげて呼びかけた。こちらに気づいたダイアンが列からはずれる。


 僕らは手を取り合った。笑っていられる状況じゃないけど、自然と頬がゆるんだ。


「気をつけてね」


 心配そうに言ったダイアンの両手を、つつみ込むようにそっとにぎる。前にプレゼントしたブローチが、胸元に輝いているのが目にとまった。


「大丈夫。きっと守る――この街はきっと守るから」


 ちかいを立てるように、自身の胸にきざみ込むように言った。ダイアンは何か言いかけたものの、目を落としたまま、こちらの手をギュッとにぎり返しただけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る