大門前攻防戦(前)

    ◇


 とうとう決戦の日を迎えた。今は大門のてっぺんから、岩の巨人の一団いちだんを見渡している。


 両軍は大門おおもんをはさんで対峙たいじしていて、敵は昨日のうちに到着していたけど、夜明けまで行動を起こさなかった。


 となりにはクレアの姿がある。彼女が希望したため、ここへ連れて来た。今となっては、人目ひとめをはばからずに空を飛んでいる。


 岩の巨人の半数は石像のように静止したまま、川の向こう岸で仁王におう立ちしている。離れた後方にいる残りの半数は、地面に腰を下ろして休んでいた。


「何で後ろの半分は休んでいると思う? ここまで来たから疲れたってわけじゃないよね」


「戦力を温存おんぞんしたいのか、もしくは別の役割を与えられてるとか……」


 目的が何にせよ、半数が休んでいることを頭に入れておかないといけない。


「あいつらはいない?」


「見当たらない」


 しきりに岩の巨人の周辺へ目を走らせても人影はない。いまだにあいつらの姿は誰一人として目撃していない。けれど、近くに来ていないわけがない。


 〈不可視インビジブル〉を使用している可能性は高い。パトリックはレイヴン城に残っているから、彼らを視認しにんできるのは自分だけ。だから、責任重大だ。


 今回の作戦で任された役割は能力者の相手。中でも、岩の巨人をあやつっていると思われるあいつが最重要ターゲットだ。


 『なりすまし』や〈不可視インビジブル〉の使い手がいる以上、岩の巨人を目くらましにして、『源泉の宝珠ソース』のある〈とま〉へ、直接向かう可能性はいなめない。そのため、岩の巨人との戦闘に加勢かせいしている余裕はない。


 城内はパトリックが目を光らせる。〈止り木〉へは宮殿二階の議場ぎじょうを通りぬけなければならなず、監視かんしには好都合だ。スージーの〈交信〉メッセージングがあるので、発見次第、僕がいつでもかけつけられる。


 とはいえ、敵の能力者は複数いる。大門周辺で暗躍あんやくする敵にも警戒しなければならず、当然、自分一人では手にあまる。


 そこで、『なりすまし』を見やぶれるコートニーに、白羽しらはの矢が立った。ただ、彼女は戦うすべを持たない。誰かが守らなければいけないけど、僕では本末ほんまつ転倒てんとうだ。


 彼女の護衛に当たるのはクレアとスコットの二人に決まった。クレアは序列じょれつ二位の実力者だけど、対岩の巨人では効果のうすい『火』の使い手のため、打ってつけの人材だ。


 スコットは敵と因縁いんねんが深いこともあり、自ら志願しがんした。チーフの命を奪った能力者と、少しでも遭遇そうぐうする確率を高くしたい。その思いが強かったのだ。



     ◇


 まだ大門はかたく閉ざされたままだけど、すでに味方の部隊が大門の外に展開てんかいしている。彼らの役割は岩の巨人の注意をひくためのおとりだ。


 陸では馬を駆った魔導士たちが遠巻とおまきに敵の一団を取り囲み、川には魔導士を乗せた数隻すうせきの船が橋の周辺で待機している。


「午前十時に開門するぞー!」


 下のほうで大声がひびいた。これは味方というより、敵への呼びかけで、東南地区へ向かわせないための牽制けんせいだ。


 あと、時間をかせぐための苦肉くにくさくでもある。敵は夜明けを待った。岩の巨人は夜行性やこうせいでないとの判断があり、開戦時刻を遅らせたかったのだ。


「いったん下に戻ろう」


「そうね」


 クレアをかかえて大門から下り、下で待っていたコートニー、スコットと合流した。


「どうだった?」


「外には見当たらなかった」


「もう市街に入って来ているのかもしれないな」


「仲間のフリをしている可能性もあるわね」


「ちょっと街のほうを見てくる」


 その場を離れようとすると、スコットに「ウォルター」と呼び止められた。


 スコットはチーフから受けついだ氷の指輪へ、しばらく感傷的かんしょうてきな目を注いでから、それを見せつけるように右手を突きだした。


「チーフのかたきを討とう」


 決意の宿った瞳を向け、力強くうなずいた。あいつらが命を奪ったのはチーフだけじゃない。そして、これからも奪おうとしている。


 何としても、それを阻止なければ。この街を絶対に守るんだ。


   ◆


 トランスポーターとネクロの二人は、両軍がにらみ合う場所の数百メートル先にいた。そこから〈千里眼〉リモートビューイングで大門前の様子をうかがっていた。


「このまま門が開かなかったら、どうするつもりだ?」


「そうなったら、他の街へ遊びに行くまでです」


「ゴーレムは遊び疲れるんじゃなかったか?」


「みんなで遊びに行く必要はありません。そのために、これだけ用意したんです。でも、門は開きますから、ご安心ください。彼らが開かなくとも、きっと開きます」


「……ああ、そういうことか」


 トランスポーターはひと足先に潜入せんにゅうしたネクロの仲間――スプーの存在を思いだした。


「トリックスターは来ていますか?」


「さっき、あのデカい門の上に人影があった。たぶん、あれじゃないか」


「インビジブルのほうは無事ですか?」


「たぶんね。今は建物の中にいるみたいだ。たまに窓から外の様子を見ている」


 〈千里眼〉リモートビューイング固定こていカメラのように遠隔地えんかくちを見るだけでなく、他人と視界を共有することも可能だ。トランスポーターとインビジブル――辺境伯マーグレイヴの二人はおたがいにそれを行っている。


 ただし、音声は聞こえないため、連絡を取り合うことはできず、開門時刻の呼びかけがされていたことも、彼らはまだ知らない。


 視界を用いて文字でメッセージを送るという使い方もあるが、その瞬間を相手が見ている必要があるので有用ゆうようとは言えない。


 辺境伯は夜のうちに市街へ入り、大門近くの建物に潜伏せんぷく中だ。そこでジェネラルが一人になる好機を虎視こし眈々たんたんと待ち続けていた。〈不可視インビジブル〉を展開中だが、ウォルターの目があるため、慎重な行動をとっている。


「トリックスターの相手があるから、いつまでも君に付きそっていられないけど、大丈夫か?」


「それなら、ゴーレムが侵入を果たせたら市街まで連れて行ってください。その先はご迷惑をかけません。自分の身は自分で守れますから」

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