ゴーレムの襲撃(後)

     ◆


 ゴーレムを中央庁舎ちょうしゃ貯水槽ちょすいそうに沈めるため、綿密めんみつな作戦がねられた。一時間後、それは実行に移された。


 まずは馬でゴーレムを引くため、ロープを巻きつけることから始める。通りに渡したロープをピンと張ったまま待ちかまえた。


 攻撃を受けるとムキになる性質を利用し、ジェネラルを中心とした十数人の魔導士が、ロープをはさんで、氷、水、風といった足止めとなる魔法で、いっせいに攻撃をしかけた。


 ゴーレムは他の物が目に入らないといった様子で、がむしゃらに突進を開始。思惑通り、誘導ゆうどうされたゴーレムの腹にロープがかかり、そのはしを持った魔導士たちが、両側の横道からタイミングを合わせて飛びだした。


 手ぎわよく一度、二度とゴーレムの腹部にロープを巻きつけると、両端りょうたんをかたく結んだ。


 魔法攻撃に夢中になってるとはいえ、いつこちらを振り返るかもわからない身の毛のよだつ状況だ。だが、魔導士たちは死力しりょくをつくしてロープを引っぱった。


 ジェネラルら攻撃陣が居ならぶ反対側――中央庁舎の門前に八頭の馬が待機している。それらとつながるロープと、ゴーレムに巻きつくロープを結び合わせるのが、次のステップだ。


 ところが、ゴーレムは前方から集中攻撃を受けながらも、計六人の魔導士たちを軽々と引きずりだした。十メートルほどだった両者の距離が、逆に広がりだした。


「なんてバカ力だ……!」


「手のあいているやつは手伝ってくれ!」


 ロープの引き役に数人が加わったが、ケタ外れのパワーを抑えることができない。十五人程度まで増やしても、まだゴーレムの力が勝っていた。


「馬のほうを連れて来れないか!」


 沿道えんどうから庁舎のほうへ向けて大声が飛んだ。


 それにはいくつか問題がある。現在、馬たちはこちらへ背を向けている上に、敏感びんかん臆病おくびょうなため、一頭が暴れだすと収拾しゅうしゅうがつかなくなる恐れがある。


 八頭の馬をまとめてバックさせるのに手間どり、ゴーレムも前進を続けたため、一向に距離はつまらない。攻撃陣にいたネイサンがしびれを切らし、こうジェネラルに提案した。


「足先だけでも凍らせられないか?」


 うなずき合った二人が決死けっしの思いで前へ出て、両サイドに分かれた。より効果を高めるため、腕をのばせば届きそうな距離まで接近した。目論見もくろみは成功し、ゴーレムの両足に氷の足かせがはめられた。


 しかし、喜んだのもつかの間、ゴーレムはあり余る力でそれを引きちぎった。多少は足止めになったが、足首にまとう氷を重荷おもにに感じている様子もない。


 その直後、ゴーレムの右腕が振りぬかれた。ジェネラルの鼻先をかすめたが、大事にいたらなかった上に、幸運が続いた。攻撃でバランスをくずしたゴーレムが前のめりに倒れたのだ。


 依然として、人の力で引くのは無理だったが、多くの時間をかせぐことに成功した。ようやく馬たちとゴーレムがロープでつながれた。


 馬の力は人間の数倍。劣勢れっせいとなったゴーレムが地面を引きずられ始める。さらに、足先に受けたジェネラルの『氷柱つらら』によって再度転倒。立ち上がることさえ困難になり、ゴーレムはされるがままになった。


     ◆


 貯水槽は地下に広がり、そこへ通じる穴が庁舎前で大きな口を開けている。普段はフタがされている穴は、ゴーレムがおさまる程度の大きさで、深さがあるため、一度落ちたらはい上がるのは難しい。


 馬たちが中央庁舎の敷地しきちに入った。落下させる予定の貯水槽は目前だ。しかし、最後の最後で不運な出来事が起きた。


 ロープが門の一部分に引っかかり、それがストッパーとなって、ゴーレムの動きが止まった。


「俺に任せろ!」


 ネイサンが危険を承知でそこへ向かった。


 幸いにも、まだゴーレムは地面に寝そべったまま。門の持ち手にからまったロープをはずそうと、ネイサンは急いだ。


「はずしたぞ! 早く引け!」


 それに成功し、ネイサンがひと息ついた矢先だった。地をはうように、ゴーレムの腕がネイサンの足を振りはらった。足払いをされたように、ネイサンが地面に横倒よこだおしとなった。


「チーフ!」


 助けに入るべく、スコットが足をふみだしたが、ひと足遅かった。ネイサンは頭を強打きょうだし、体が思うように動かない。そこへ容赦ようしゃのない第二撃が加えられる。


「うわああああ!」


 ゴーレムの腕がネイサンの胸から腰にかけて振り下ろされ、ゾッとする異音と共に、ネイサンの悲痛ひつうなさけび声がひびき渡った。


 ゴーレムが再び引きずられ始める。地面にへばりついて立ち上がろうとしたが、ジェネラルがそれを『氷柱』で阻止そしした。


 スコットがネイサンの救助へ向かった。


「チーフ! チーフ!」


 懸命に呼びかけながら、両脇をかかえて門の外へ連れだす。


 庁舎前まで連れて行かれたゴーレムは巨大な貯水槽へ落下した。そして、重い巨体は水にしずんだまま、浮かび上がることはなかった。


 それを見届けたジェネラルは門のほうへ戻った。到着すると、両膝をついたスコットが、うなだれたまま肩をふるわせていた。


「ネイサン……」


 ジェネラルは言葉を失い、立ちつくしたままくちびるをかみしめた。


 顔のほうは強打の傷があった程度だが、左半身は目をおおいたくなる有り様で、生きているのが不思議なくらいだった。


年甲斐としがいもなく、はしゃぎすぎたな」


 ネイサンが力なく笑う。うつらうつらと、今にも意識を失いそうだったが、何かに気づいた様子を見せると、右手の中指にはめていた指輪を、別の指でずらすようにはずした。


「ほら、これはお前が使え」


 ネイサンの指先から氷の指輪がこぼれ落ちた。


「嫌ですよ……。『風』と『氷』なんて連携しづらくてやってらんないですよ」


「くだらないことにこだわってんじゃねえよ。お前、才能あるんだからさ。そんなことしていると、いずれ、俺みたいになるぞ」


 スコットは何も答えることなく、忍び泣いた。


「これで、あれをあやつっていたクソッタレの、鼻を明かしてくれ」


 ふとネイサンは空を見上げた。すみ渡ったそこへ向かって、もう一度同じ言葉をくり返す。


「くだらないことにこだわってんじゃねえよ」


 無気力でひねくれ者だった少し前までの自分。それに言い聞かせるように、はたまたそれを笑い飛ばすように言った。


 心残りはあった。けれど、不思議と晴れやかな気持ちにつつまれ、ネイサンはおだやかな表情のまま、ゆっくりと目を閉じた。

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