デリックの悔恨

     ◆


 戦闘はその日のうちに終結した。賊軍ぞくぐんの兵士は二十名近く拘束こうそくされたが、半数以上の逃亡を許したため、翌日も掃討戦そうとうせんが続いた。


 同日、屋敷の一室でデリック・ソーンへの尋問じんもんがとり行われた。


 デリックは拘束された状態でイスに座らされた。正面にパトリックが立ち、両脇に侵入者対策室のニコラとケントが控えている。ウォルターとクレアも同席していたが、部屋のすみから見守っていた。


 どこで道をまちがえたのか。デリックは過去を振り返った。


 ローメーカーの使者ししゃを名乗る〈侵入者〉から、計画への協力を持ちかけられたのは三年前。その頃、デリックは大物貴族の敏腕びんわん執事として名をはせていた。


 しかし、三人の兄がいる中流貴族の生まれで、魔法の才能にも恵まれていなかった。すえに限界を感じていたため、その話に飛びついた。


 手始めに、ベレスフォード卿に取り入って、水運事業を立ち上げた。〈侵入者〉から人員じんいんや資金の支援を受けられたため、事業はすぐに軌道きどうに乗った。


 水夫すいふは行った先でも戻った先でもよそ者のフリができるため、〈侵入者〉を送り込むのに絶好ぜっこうの職業だった。


 さらに、水夫は『忘れやすい人々』では務められないため、競合きょうごう相手が少ない。ゾンビ化による人手不足も追い風となり、デリックは莫大ばくだいとみを手に入れた。


 それでも、デリックは裏方うらかたてっした。名を捨てて実を取った。やがて、ベレスフォード卿を中心とした一大いちだい勢力を築き上げるまでに成功した。


 さらに、〈侵入者〉からの指示だったとはいえ、アシュリーの両親の殺害や、堤防ていぼうを破壊してメイフィールドに水害すいがいを起こすなど、数々かずかずの悪事に手をそめた。


 ローメーカーは多くの血を流すことを好まない。敵の内部に協力者をつくり、電撃作戦によって敵の本拠ほんきょを一気に制圧する。それが彼の志向しこうする戦法だ。


 メイフィールドの開発計画はその一環いっかんだった。その地を〈侵入者〉の受け皿とし、レイヴンズヒル市街に大量の兵士を送り込むための準備工作だった。


 しかし、不測ふそくの事態が発生した。それはローメーカーと蜜月みつげつ関係にあったドワーフ族の反乱だ。〈外の世界〉における話でも、無関係ではいられなかった。


 共に国を打ち立てた同志どうしとして、ドワーフ王は〈転覆の国〉攻略作戦に理解を示してきたが、以前から大量の資金と人員を投入することに批判的だった。


 さらに、ローメーカーが新しい能力欲しさに、『盟約めいやく』の人数を拡大したことなどが、両者の亀裂きれつを一段と広げた。ドワーフ族の地位は相対的そうたいてきに低下していき、ついに不満が爆発した。


 反乱によって、半数以上の〈侵入者〉が引き上げられた。デリックの事業――攻略作戦の準備工作はたちまち頓挫とんざした。そして、次に言い渡された命令は愕然がくぜんとするものだった。


 それが今回の蜂起ほうきだ。作戦成功のあかつきには、好待遇こうたいぐうで〈外の世界〉へ迎え入れるとの見返りがあったとはいえ、まるで敗戦処理のような内容に肩を落とすしかなかった。


     ◆


「あなた達が反乱を起こした目的を聞かせてください。いいですか?」


「嫌ですよ」


 デリックが挑発的な笑みをうかべ、パトリックを見上げた。


「あなたの能力は聞かされている。確か、名前は〈催眠術ヒプノシス〉でしたか。『いいですか?』と聞かれた時に『嫌です』と答えれば、かからないんでしたよね? 全部向こうにバレていますよ」


「自分がどんな状況に置かれているのか、わかっているのか!?」


 ケントが相手の肩をつかんで声をあららげた。


「わかっているからですよ。数々の反逆はんぎゃく行為を働いてきた。〈侵入者〉を大量に引き入れた上に、反乱まで起こした。とっくに処刑されると覚悟しているからこそです。反逆者なりの最後の意地ってやつですか」


 デリックは開き直った。パトリックは手強てごわい相手だと感じた。


「あなたの部下がどこへ逃げたか心当たりはありませんか? あと、能力者の女についての情報もお願いします」


「それを教えたら逃がしてくれるんですか?」


「それはお約束できません」


「それならできない相談です」


 その後の質問もはぐらかすばかりで、デリックはまともに取り合わなかった。パトリックは大きなため息をついて、ニコラに顔を向けた。


「仕方がありません。もしかしたら、〈転送〉トランスポートで逃走する準備を整えている可能性があります。時は一刻いっこくを争います。ただちに処刑の手続きを進めましょう」


「は、はい」


 ニコラはとまどい気味に応じ、ケントと顔を見合わせた。パトリックが独断で進められる領域を逸脱いつだつしていると思ったからだ。


 口で処刑を覚悟していると言っても、デリックは動揺を隠せない。パトリックは部屋を立ち去ろうとしたが、すぐに足を止めると、冷たい表情でこう言った。


「何か、言い残したことがありましたら。いいですか?」


 デリックは心ここにあらずといった様子で沈黙し、パトリックの術中じゅっちゅうにハマった。


「クククッ」


 せせら笑ったかと思うと、口調くちょうと表情を一変させ、とうとうと語りだした。


「お前らは知らないだろうが、〈外の世界〉で覇権はけんをにぎるのはローメーカーという男だ。そいつは自身の能力〈立法ローメイク〉により、名だたる能力者六名と『盟約』を結んで、全員と個々の能力を共有している」


 〈立法ローメイク〉――ローメーカーの能力は、独自どくじの法を立てることができ、条文の内容を対象者に強制できる。制定にも破棄はきにも、対象者全員の同意が必要となる。


 何でもできるというわけではない。例えば、能力の共有は対象者同士が逐一ちくいち能力を『交換』することで実現するが、『盟約』に〈交換〉エクスチェンジの能力者が参加しているため可能となっている。


 制限はたった一つ。条文の内容が対象者にとって平等であること。一方だけが利益を得ることも、不利益をこうむることもあってはならない。そのため、非能力者はローメーカーの『盟約』に参加できない。


「この国に〈侵入者〉を送り続けたトランスポーターが、数年前、ついにローメーカーの軍門ぐんもんに下った。これがどういう意味かわかるか?

 〈転送〉トランスポートを使える能力者が七人も誕生したということだ。この国に〈侵入者〉を無制限に送り込める体制が構築されたってことさ」


 サイコという複数の能力を持つ存在から、一時的な能力の貸し借りが行えると、パトリックは推測していた。しかし、デリックの証言内容は仮説として最悪の部類ぶるいのものだった。


「実際、ハンプトン商会の水夫――要は、今回の反乱に参加した兵士たちはほぼ〈侵入者〉だった。さらに、もう一つうれしい知らせだ。

 俺たちに勝っていい気になっているようだが、今回の反乱は単なる陽動ようどう作戦にすぎない。ひとしきり暴れたら、すぐに撤退てったいする予定だった。南からの攻撃もあると思わせることで、お前らの戦力を分散させるためだけの、つまらない作戦だったのさ。

 本命の総攻撃が数日以内に始まると聞いている。七つの能力を持つ能力者が複数やって来る上に、人間を容易よういにひねりつぶせるほどの、おぞましいモノが投入とうにゅうされると聞いた。

 ふるえながら待っていろ。もう、この国は終わりだ。今のうちに、せいぜい我が世の春を謳歌おうかしておくんだな!」

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