中央広場事件(前)

     ◆


「まずは前段階ぜんだんかいとなる二つの事件について、客観的きゃっかんてきな事実をお話しします。

 第一の事件が起こったのは、〈樹海〉で起きた戦闘の二週間あまり後。まだ行方不明者の捜索が続いており、様々な噂が飛びかっている頃でした。先の案件を主導しゅどうしていたベーコン卿が、夜中に屋敷の自室じしつに一人でいるところを殺害されました。殺害方法は胸をナイフでひと突きにされるというものです。当日、屋敷には多くの人間がおりましたが、犯人を目撃した者はおろか、争うような物音を聞いた者もおりません。

 第二の事件が起こったのはその翌日です。殺害されたのはベーコン卿と同じく、元老院げんろういんの議員で〈雷の家系ライトニング〉出身のオルブライト卿。殺害の手口てぐち酷似こくじし、目撃者が誰一人としていないのも同様です。即刻そっこく、同一犯の疑いが持ち上がり、両名とも先の案件を推進していた人物だったため、〈樹海〉の事件と関連づける声が上がりました。

 その三日後に、中央広場での事件が起こりました」


 そこでパトリックはひと息入れ、声のトーンを落として、再び語り始めた。


「第三の犠牲者は、当時元老院議長の地位にあったチェンバレン卿です。二件の暗殺事件がたて続けに発生した直後ということもあり、当日は多くの護衛が付き従っていました。それにも関わらず、白昼はくちゅう堂々どうどうと、しかも、大勢の市民が見守る中で殺害されたのです。

 チェンバレン卿を乗せた馬車がレイヴン城を出て、ちょうど中央広場に差しかかった時です。突如として車内で稲光いなびかりが走りました。

 それに気づいた従者じゅうしゃが馬車を押しとどめると、チェンバレン卿が動転した様子で飛びだしてきました。その時にはすでに、彼の胸にナイフが突き立てられていたそうです。

 けれど、護衛たちが取り囲んだ状態で車内を確認すると、中はもぬけのからでした。さらに、現場には市民の目が多数あったのに、犯人の目撃者が誰一人としていなかったのです。

 護衛たちの証言によると、チェンバレン卿は『辺境伯が……、辺境伯が……』とうわごとのように何度も言っていたそうです。さらに、その数時間後に、当時はまだ元老院議長が所持する慣例かんれいとなっていた『根源の指輪ルーツ』が、強奪ごうだつされていることが判明しました」


     ◆


 元老院の議長まで殺害され、レイヴン城は騒然となった。〈樹海〉で起きた事件との関連が、いよいよ濃厚のうこうとなり、身の危険を感じた他の議員たちは、用事がなくとも登城とじょうしてきていた。


「辺境伯は〈樹海〉で戦死したのではないのか」


「辺境伯の亡霊ぼうれいだ!」


「まさか、元老院の議員を皆殺しにするつもりじゃないだろうな」


「落ち着いてください。チェンバレン卿は辺境伯の名を口にしたそうですが、その姿を見た者はおりません」


 ジェネラルは議場に集めた議員たちに経緯を説明したが、それは逆効果となった。


「ならば、誰がチェンバレン卿を殺害したのだ。良心の呵責かしゃくで、自分の胸に自らナイフを突き立てたとでも言うのか」


「殺害犯が目撃されていないほうが、なおのこと恐ろしい」


「ベーコン卿はともかく、チェンバレン卿は例の案件に積極的ではなかった。どうして、彼の命が奪われなければならないんだ」


 〈樹海〉で戦死したメンバーの関係者による復讐ふくしゅう。部隊を壊滅かいめつさせた〈侵入者〉がレイヴンズヒルまで攻撃の手を広げた、その二つの可能性が噂された。


「みなさんには城塞守備隊キャッスルガードの護衛を常時つけます。レイヴン城にとどまってもらっても、お住まいへ戻られてもかまいません。ただ、くれぐれも、お一人にならないよう気をつけてください」


学長がくちょう。君と辺境伯は懇意こんいだっただろう。君のところに姿を見せていないのか」


「いえ、私のところには……」


 パトリックも他人事ではない。なぜなら、元老院の評議会には、毎回助言を行う参考人として出席し、今回の案件にも深く関与かんよしていたからだ。


 しかも、この時点では〈樹海〉で何が起こったか聞かされておらず、悲観的な観測が広がっていたとはいえ、まだ辺境伯の死亡は確定していなかった。


 無二むにの親友が命を落としたかもしれない。ショックと悲しみをかかえた最中さなかに舞い込んだ亡霊騒ぎ。そのため、パトリックの動揺は計り知れないほど大きかった。


「ジェネラル。鎮座ちんざは変わりないですか?」


「今のところ変わりありません。〈とま〉の入口に四名、鎮座の間の前に二名の人員を配置しています」


 鎮座の間へ入室するためのキー――『根源の指輪ルーツ』が奪われたことを考慮すれば、第三の事件を私怨しえんによる犯行と決めつけられない。その目的が『源泉の宝珠ソース』にあるのは言うまでもなかった。


     ◆


 翌日の昼すぎ。パトリックは東棟ひがしとう執務室しつむしつでその一報を受けた。急いで宮殿へ向かい、護衛をともなって〈止り木〉の中へ入った。


 〈止り木〉の中へ入ること自体、パトリックには初めての経験だ。ランプを片手にうす暗いらせん階段をのぼった。階段には腕が通るくらいの小窓こまどがあった。


 数百段におよぶ果てしない階段をのぼりきる。最上階には身を乗りだせるほどの窓があり、らせん階段とくらべれば、はるかに明るかった。


 開かれた扉の前で、城塞守備隊キャッスルガードの魔導士が警備に当たっていた。


「学長、お疲れ様です」


 魔導士に緊迫きんぱくした様子はない。パトリックは上がった息を整えた。


「どういった状況ですか?」


「ご覧の通り、扉がひとりでに開いたんですが、本当に突然開きました。俺たちは指一本ふれていなかったのに」


 魔導士が鎮座の間を指さした。


「もうジェネラルは中にいます。あと、今年の頭に、ここへ議長に同伴どうはんして入ったという研究員も来ています。特に変わった様子はないみたいですよ」

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