中央広場事件(中)

     ◆


 パトリックは恐縮きょうしゅくしながら中をのぞき込んだ。


 不謹慎ふきんしんと思いながらも、胸をおどらせて、好奇心いっぱいの目を走らせる。こんな時でなければ、鎮座ちんざの内部を目にする機会はめぐって来ない。


 まっ先に目に飛び込んだのは、人間の背丈せたけほどある巨大な宝珠ほうじゅ。『源泉の宝珠ソース』の荘厳そうごんかつ神々こうごうしい姿に、パトリックは心を奪われた。


 一メートル近い台座だいざにすえられたそれは、整形されたかのように美しい外見をしていて、外からさし込む陽光を反射し、あわく虹色の光を発していた。


 無色むしょく透明とうめい水晶すいしょうによく似ていた。上下の両端りょうたんはするどくとがり、柱のような形状の中央部分は六角形にふち取られている。


 ここは元老院げんろういんの議長などひと握りの人間しか立ち入れない神聖な場所。パトリックは恐る恐る鎮座の間へ足をふみ入れた。


 部屋の中は広くない。自身の屋敷の居間よりもせまかった。ジェネラルを始めとした数名が、宝珠の周辺を調べていたが、扉の前の魔導士と同様、全員が落ち着きをはらっている。


 言い伝えによれば、巫女みこはこの宝珠を魔力源に、この国全土ぜんどにおよぶ魔法をかけていたという。


 今も、この国に魔法をかけ続けているのかもしれない。そんなことを考えながら、パトリックは取りつかれたように見入った。


 ふと異状に気づいた。


 ジェネラルらは台座から離れた場所で宝珠をながめている。しかし、台座に上がって堂々とそれに手を当てている男がいた。


 宝珠から目を移すと――いるはずのない男がそこにいた。ユニバーシティの制服を着用していたため、人のにとけ込んでしまい、気づかなかった。


 パトリックは始め、幻覚を疑った。いつか彼が自分の前にも現れるかもしれない。その恐怖心が自分にこの光景を見せているのだと考えた。


 しかし、男はパトリックの視線に気づくと、表情をけわしくした。瞬時にが引くのを感じ、パトリックは足がすくんで動けなくなった。


 ほどなく、台座を下りた男がジェネラルの脇を平然と通りすぎ、ゆっくりと歩み寄ってきた。ジェネラルは一瞬何かに気づいた様子を見せたが、すぐに前を向き直った。


「お前にだけは俺が見えているみたいだな」


 目の前で立ち止まった男が言った。容姿だけではない。声音こわねから話し方、表情やしぐさまで、まぎれもなく辺境伯マーグレイヴだった。


 パトリックは目を見開いたまま、言葉を失った。すると、辺境伯は張りつめた表情をやわらげ、ソっと耳元に顔を寄せてきた。


「明日の正午しょうごに、一人で中央広場に来い。お前にプレゼントがある」


 意識が遠のくような戦慄せんりつをおぼえ、パトリックは全身を硬直こうちょくさせた。立ち去る辺境伯を振り向くことすらできなかった。


     ◆


 約束の時間は正午。その一時間前、パトリックは誰にも行き先を告げることなく、一人で屋敷を出た。


 昨日、鎮座の間で辺境伯と出会ったことさえ、一人でかかえ込んだ。自身にだけ姿が見えていたなど、言いだせるわけもなかった。


 彼の言うプレゼントとは何か。自分もチェンバレン卿のように、見せしめとして殺害されるのではないか。夢うつつで大通りを進み、気づいた時には、中央広場の目の前まで来ていた。


     ◆


「お前が噂の『小さな賢人けんじん』だな」


「はい。その名を自称じしょうしたことはありませんが」


 パトリックはアカデミー学長がくちょう就任しゅうにんするまで、その通り名でよく呼ばれた。平民の身で辣腕らつわんをふるう男として、その名はストロングホールドにまでとどろいていた。


「おもしろいやつがいると聞いて来た。そこで、お前に頼みがある」


「何でしょうか」


「俺は〈外の世界〉へ行きたい。お前の頭脳ずのうと知識でどうにかならないか?」


「はあ……。現状ではどうにもなりませんが、個人的にも興味があります。次に会う時までに調べておきましょうか?」


「本当か!」


 パトリックがやすうけ合いすると、辺境伯は子供のように喜んだ。


「本名はなんて言うんだ。その堅苦かたくるしい通り名じゃなくて」


「パトリックです」


「パトリックか……。何か、セドリックとひびきが似ていてまぎらわしいな。よし、小さいからリトルと呼ぶことにしよう。かまわないか?」


「かまいません」


 セドリックはジェネラルの名だ。この頃の辺境伯は、ジェネラルになる夢をまだあきらめていなかった。


『いずれ奪う予定だから、ジェネラルとは呼ばないからな』


 過去には直接本人へ宣言したこともあった。


 その後、辺境伯はレイヴンズヒルを訪れるたびに、パトリックのもとへ通った。やがて、パトリックに会うために、レイヴンズヒルへ通うようになった。そして、二人は共同で『外世界がいせかい研究会』を立ち上げた。


 パトリックは元々社交的しゃこうてきでなく、身分の差から周囲とは一歩引いて接していた。そんな彼にとって、辺境伯は気の置けない親友となった。


    ◆


 辺境伯はジェネラルと対等に渡り合える唯一の魔導士だった。けれど、試合自体は連戦連敗で、一度も勝ち星をあげられなかった。


 しかし、パトリックとのなにげないやり取りによって、彼は転換点を迎えた。


「昨日の対抗戦、リトルも見てただろ? どうしたらジェネラルに勝てると思う?」


「遠慮なく言わせてもらいますと、上をめざしている他の方や、魔法が全く使えない私にとって、序列じょれつ二位で満足できないのは贅沢ぜいたくな悩みだと思います」


「そういうのじゃなくて、具体的なアドバイスが欲しいんだ。何かコツとか、俺に足りないものとかさ」


「私は魔法に関してはからっきしですから。それに属性同士の相性もありますし、魔法の試合が、必ずしも魔導士としての優劣ゆうれつを決めるものではないと思います」


「もっともな話だが、それはしみにしか聞こえないんだよ」


「〈外の世界〉へ行くのなら、あまり試合という形式にとらわれないほうがいいんじゃないですか。〈外の世界〉の敵は、フィールド内でルールを守って戦ってくれませんから」


「……そうか。そうだな、目のめるような大発見だな!」


 その日、辺境伯はジェネラルをめざすことをやめた。そして、常に〈外の世界〉の敵――主に人狼じんろうとの戦闘をイメージしながら、純粋な気持ちで魔法にみがきをかけた。


 皮肉ひにくにも、それが彼に飛躍的ひやくてきな成長をもたらすことになり、ジェネラルを凌駕りょうがすると噂されるまでになった。

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