樹海の戦闘(後)
◆
方角とおぼろげな記憶を頼りに、ウッドランドへ向けてひた走った。道に迷ったがため二時間近くかかったが、無事目的地に到着した。
ウッドランド
「お言いつけ通り、みなさまが出発されてから使いを出しました。それで、ダベンポート卿のお屋敷へ行かれた方々がお戻りになられたのですが、その少し後にイェーツ卿が一人でお見えになられたんです」
「……イェーツ卿が?」
「交渉は
「そんなバカな。ありえない」
ネイサンはわけがわからず、なかなか言葉を
(イェーツ卿と連中が裏でつながっていた……?)
そんな考えが頭をかすめた。事実、敵に連れ去られたとはいえ、イェーツ卿はネイサンより早く現場を離れた。戻って来れないことはない。
(それとも、俺が〈樹海〉を迷っている間に、何もかも解決した……?)
こちらへ帰り着くまでに、行きの倍の時間を要したため、こちらの案もありえなくない。
「それはどのくらい前だ?」
「一時間以上前です」
しかし、戻ってくるには早すぎる。あの後、瞬時に
「何かございましたか?」
「やつらと戦闘になった。辺境伯たちは、まだ残って戦っている。イェーツ卿は……」
『
「それは大変だ」
「悪いが、あいつらをここへ呼び戻してくれないか?」
「わかりました。ただちに使いをだします」
単なる戦闘以上のことが起きている。ネイサンは言い知れない不安と、
応援の部隊が戻ってくる頃には日が暮れているかもしれない。ネイサンは居ても立ってもいられず、伝言を残して〈樹海〉へ引き返した。
◆
ネイサンは体力の限界まで走った。戦場の原っぱ付近に一時間あまりで戻った。
その少し手前で、ふいに
地面に座り込んだルイスは、片足を投げだして、斜面へもたれかかっていた。そして、肩で息をしながら、周囲へしきりに目を配っていた。
「ルイス!」
ネイサンは急いで斜面を下りてかけ寄った。
「誰だ!」
相手の異常な
ルイスの投げだされた片足は
「俺だ。どうした、ケガをしているじゃないか」
「それ以上近づくな!」
ルイスがおびえながら右手を突きだし、その先に
「何言っているんだ。お前、一人なのか? みんなはどうした?」
「……知らない」
「そのケガは泥人形にやられたのか?」
「違う。泥人形はとっくの昔に片づけた」
「だったら、その傷は誰にやられたんだ。他のみんなはどこに行った」
ルイスが小きざみにふるえる両手へ目を落とす。
「……
「わかった。話は後で聞こう。とにかく傷の手当てが先だ。急いでウッドランドへ戻ろう」
「必要ない!」
ルイスがネイサンの足もとへ『
「……いったいどうしたんだ」
「信用できない。お前、本当にネイサンなのか?」
「何をバカなことを。俺はネイサンだ。見ればわかるだろ?」
「この傷を負わせたやつも、そう言っていたぞ」
ルイスは
「それなら、何があったのか、話を聞かせてくれないか」
しばらく言いよどんだルイスが、声をしぼりだすように話し始めた。
「最初におかしくなったのはダレルだ。あいつがサムをやりやがったんだ」
「……ダレルがサムを?」
「ああ。サムが『
ネイサンには
「辺境伯はどうした?」
「わからない。ダレルとやり合っているのを見たと言っていたやつがいたが、俺は見ていない」
ルイスが激痛に顔をゆがめて、太ももの傷口へ手を押し当てた。
「その傷もダレルにやられたのか?」
「違う……。この傷はサムにやられた。あいつがいきなり攻撃してきたんだ」
「サムが……? ちょっと待ってくれ。サムはダレルにやられたんじゃなかったのか?」
「そうだ。サムはダレルにやられたはずだった。それなのに……、あいつは死んだはずなのに、何食わぬ顔で俺の前に現れやがった」
ネイサンはあることが気になり、ルイスの傷口に目を向けた。火の魔法によるヤケドではなく、それは明らかに
「ナイフか何かでさされたのか?」
「いや、『氷柱』でやられた。ネイサンは〈
「それはわかるが、サムは〈
「そうだ……、そうだよな。俺もおかしくなったみたいだ。あれはサムじゃなかったのかもしれない。もう誰が誰かもわからない。俺は『樹海の魔女』に
肩を落としたルイスが両腕に顔をうずめた。ネイサンは静かに近づこうとしたが、ルイスは顔を上げて、うつろな表情でこう言った。
「ネイサン。もうほうっておいてくれ」
手のつけようがなかった。ルイスを背負ってウッドランドまで戻るのは現実的でない。そう考え直したネイサンは、他の仲間の捜索を優先した。
泥人形の
しかし、生存者は誰一人として見つからず、発見できたのは別の二人の死体。その内の一人は、腹部に
気づいた時には完全に日がしずんでいた。
辺りはまさしく
もはや、立ち上がる気力もなくなり、時おり聞こえた
きっとオオカミの
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