樹海の戦闘(前)

     ◆


「イェーツ卿。お言葉ですが、この国にあんな得体えたいの知れないモノを入れるのは反対です」


 ダレルはイェーツ卿に歩み寄って、声をひそめて言った。


「ああ……」


 イェーツ卿も小声で応じた。思いは同じでも、狂気じみた相手に面と向かって告げるのは、勇気が必要だった。


 どうやってていよく引き取らせるか。素直に引き下がる気があるのか。すでに焦点しょうてんはそちらへ移っていた。


「〈外の世界〉ではこれが当たり前にいるのか?」


「これは我々お手製てせいの品ですから、一般的とは言えません」


 辺境伯マーグレイヴ一風いっぷう変わった受け取り方をした。こんなイカれたモノが存在する。ますます〈外の世界〉への興味がかき立てられ、はからずも口元をゆるませた。


「残念ながら、君らとの取引には応じられない。それを〈樹海〉の外へ持ちだすことも許可できない」


「そうですか……、それは残念です」


 高齢の男がふところから文書とはねペンを取りだした。


「それならば、取引を拒否するむねをここへ記入きにゅうしていただけますか?」


 イェーツ卿は警戒しながらも、高齢の男のもとへ向かった。急速に場の空気が張りつめていく。


「サインもいただけると幸いです」


「これを君のやとぬしに見せるのかね?」


「はは……、そうなりますかね……」


 イェーツ卿が文書に目を通し始め、無防備になった瞬間だった。


 高齢の男のそばで、かすかにゆらめいていた泥人形どろにんぎょうが、唐突に機敏きびんな動きを見せ、イェーツ卿を背後から羽交はがいじめにした。


「何をする……!」


「おい、離せ!」


 とっさに辺境伯が右手をかまえたが、高齢の男はイェーツ卿を盾に取って、制止のポーズを取った。


「お気をつけください。先刻申し上げた通り、マッドは大荷物を運ぶために作ったものですから、力持ちなんです。勢いあまって、この方の首をへし折ってしまいますよ」


「こんなことをして、どうなるかわかってるんだろうな」


 高齢の男は余裕の笑みを絶やさず、あからさまに視線を左右に送った。それに気づいたサム――護衛の一人がその方向へ目を向けた。


「みなさんのお役に立てればと、精魂せいこんこめて作ったのですが……。特注品とくちゅうひんですから、他に使い道がありません。ご理解ください。このまま土にかえすのは心苦しいのです」


「おい、辺境伯……」


 声を上げたサムは息をのんだ。周辺のそこかしこで、ウリ二つの外見をした泥人形が、ムクリムクリと相次いで立ち上がった。


「完全に囲まれてるな。五十以上……、いや、もっといるか」


 別方向からの物音に気づいたネイサンが、周囲を見回しながら言った。


「はりきって作りすぎてしまいましたから。手にあまるかもしれませんが、みなさんのほうで処分していただけますか?」


     ◆


 護衛たちが周囲の泥人形に気をとられているのを見計みはからって、高齢の男はイェーツ卿を人質にとったまま、原っぱを後にしようとした。


「待て!」


「終わりましたら、声をおかけください。この方はお返ししますから」


 辺境伯が後を追おうと足をふみだした矢先、泥人形たちがいっせいに活動を開始した。


 まっ先に原っぱへ突入してきたそれに、辺境伯が躊躇ちゅうちょなく『電撃でんげき』を撃ち放つ。直撃を食らった泥人形はもだえ苦しむように、その場にくずれ落ちた。


 辺境伯に続けと、他の護衛たちも戦闘態勢に入った。複数の指輪を所持する者もいて、あらゆる属性ぞくせいの魔法が原っぱを飛びかい始めた。


「辺境伯、後ろだ!」


 それは最初にしとめた泥人形だった。別の一体を撃退げきたいしていた辺境伯に、先ほど受けた『電撃』の影響をみじんも感じさせない動きで、猛然もうぜんと襲いかかった。


 だが、辺境伯は並外なみはずれた戦闘センスで、あざやかに敵を投げ飛ばした。まっさかさまに地面へ落ちた泥人形は、頭部がグニャリと曲がり、根元からポキリと折れた。


 生物でないと頭でわかっていても、辺境伯はその様子を見て慄然りつぜんとした。ところが、泥人形は何事もなかったように起き上がった。


「頭がもげてもおかまいなしか」


 すかさず『電撃』でマヒに追い込んだが、倒したと思っていた泥人形たちが次々と復活してくる。さすがの辺境伯も苦戦を意識し始めた。


「ダメだ! 炎は全く通じない!」


 土のかたまりである泥人形は、火の魔法をものともしない。ひるむことなく、平然と炎をかいくぐり、ダメージを受けている様子もない。


 風の魔法は相手がゾンビの時と同様に、足止めとして有効だったが、それ以上にはならない。


 ネイサンが用いる氷の魔法は、物理的なダメージを与えられるが、敵の敏捷性びんしょうせいが高いため、『氷柱つらら』を形成している間に接近を許す難点があった。


 最も効果を上げたのが雷の魔法だ。神経伝達を阻害そがいしているのか、一時的なマヒに追い込めた。ただし、それは十秒にも満たない時間。決定打とならない。


 同じく有用だったのが水の魔法。足止めに利用できる上に、泥人形の体をもろくさせられた。魔法で敵をしとめることがかなわず、物理的な攻撃に頼ったため、なおさら効果的だった。


 部隊が最終的にたどり着いた戦法はこうだ。


 ダレルら五人が『水』・『風』・『雷』を用いて足止めを行いつつ、一体を広場まで誘い込んで、それを辺境伯が『電撃』でマヒさせる。


 足止めの魔法を使えないネイサンとサムが協力し、仕上げに直接攻撃を行う。


 基本的に足の切断で動きをふうじたが、片足を失いながらも、逆立ち状態で襲いかかってきたため、四肢しし全ての切断につとめた。


 息の合った連携攻撃によって、三十分足らずで十体以上の泥人形を沈黙させた。まだその数倍が残存ざんぞんしていたが、撃退の目途めどがつき、部隊は自信を深めていた。


 とはいえ、部隊は原っぱにくぎづけとなっていた。イェーツ卿が連れ去られてから、だいぶ時間が経過している。さらに、同行していたアカデミーの研究員が、たった一人で戦場から逃亡をはかって安否あんぴ不明だ。


「ダレル。あの研究員のことを頼めるか?」


「わかった」


「ネイサンはウッドランドへ戻って、事態を報告するついでに、応援を呼んできてくれないか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る