樹海の戦闘(前)
◆
「イェーツ卿。お言葉ですが、この国にあんな
ダレルはイェーツ卿に歩み寄って、声をひそめて言った。
「ああ……」
イェーツ卿も小声で応じた。思いは同じでも、狂気じみた相手に面と向かって告げるのは、勇気が必要だった。
どうやって
「〈外の世界〉ではこれが当たり前にいるのか?」
「これは我々お
「残念ながら、君らとの取引には応じられない。それを〈樹海〉の外へ持ちだすことも許可できない」
「そうですか……、それは残念です」
高齢の男が
「それならば、取引を拒否する
イェーツ卿は警戒しながらも、高齢の男のもとへ向かった。急速に場の空気が張りつめていく。
「サインもいただけると幸いです」
「これを君の
「はは……、そうなりますかね……」
イェーツ卿が文書に目を通し始め、無防備になった瞬間だった。
高齢の男のそばで、かすかにゆらめいていた
「何をする……!」
「おい、離せ!」
とっさに辺境伯が右手をかまえたが、高齢の男はイェーツ卿を盾に取って、制止のポーズを取った。
「お気をつけください。先刻申し上げた通り、マッドは大荷物を運ぶために作ったものですから、力持ちなんです。勢いあまって、この方の首をへし折ってしまいますよ」
「こんなことをして、どうなるかわかってるんだろうな」
高齢の男は余裕の笑みを絶やさず、あからさまに視線を左右に送った。それに気づいたサム――護衛の一人がその方向へ目を向けた。
「みなさんのお役に立てればと、
「おい、辺境伯……」
声を上げたサムは息をのんだ。周辺のそこかしこで、ウリ二つの外見をした泥人形が、ムクリムクリと相次いで立ち上がった。
「完全に囲まれてるな。五十以上……、いや、もっといるか」
別方向からの物音に気づいたネイサンが、周囲を見回しながら言った。
「はりきって作りすぎてしまいましたから。手にあまるかもしれませんが、みなさんのほうで処分していただけますか?」
◆
護衛たちが周囲の泥人形に気をとられているのを
「待て!」
「終わりましたら、声をおかけください。この方はお返ししますから」
辺境伯が後を追おうと足をふみだした矢先、泥人形たちがいっせいに活動を開始した。
まっ先に原っぱへ突入してきたそれに、辺境伯が
辺境伯に続けと、他の護衛たちも戦闘態勢に入った。複数の指輪を所持する者もいて、あらゆる
「辺境伯、後ろだ!」
それは最初にしとめた泥人形だった。別の一体を
だが、辺境伯は
生物でないと頭でわかっていても、辺境伯はその様子を見て
「頭がもげてもおかまいなしか」
すかさず『電撃』でマヒに追い込んだが、倒したと思っていた泥人形たちが次々と復活してくる。さすがの辺境伯も苦戦を意識し始めた。
「ダメだ! 炎は全く通じない!」
土のかたまりである泥人形は、火の魔法をものともしない。ひるむことなく、平然と炎をかいくぐり、ダメージを受けている様子もない。
風の魔法は相手がゾンビの時と同様に、足止めとして有効だったが、それ以上にはならない。
ネイサンが用いる氷の魔法は、物理的なダメージを与えられるが、敵の
最も効果を上げたのが雷の魔法だ。神経伝達を
同じく有用だったのが水の魔法。足止めに利用できる上に、泥人形の体をもろくさせられた。魔法で敵をしとめることがかなわず、物理的な攻撃に頼ったため、なおさら効果的だった。
部隊が最終的にたどり着いた戦法はこうだ。
ダレルら五人が『水』・『風』・『雷』を用いて足止めを行いつつ、一体を広場まで誘い込んで、それを辺境伯が『電撃』でマヒさせる。
足止めの魔法を使えないネイサンとサムが協力し、仕上げに直接攻撃を行う。
基本的に足の切断で動きをふうじたが、片足を失いながらも、逆立ち状態で襲いかかってきたため、
息の合った連携攻撃によって、三十分足らずで十体以上の泥人形を沈黙させた。まだその数倍が
とはいえ、部隊は原っぱに
「ダレル。あの研究員のことを頼めるか?」
「わかった」
「ネイサンはウッドランドへ戻って、事態を報告するついでに、応援を呼んできてくれないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます