サイコキネシス(後)

     ◇


「そっか。普通の人間じゃなかったわね」


 空中飛行で楽々らくらくと屋根へ上がると、女があっ気に取られて言った。


 女にあせりの色は見られない。とはいえ、逃げ回っているのだから、言うほど戦闘に自信はないようだ。いつでも瞬間移動で逃げきれるということか。


 それほど遠くに行かなかったのだから、それに距離の制限があるのは確実。せいぜい、自身の目が届く範囲だろう。


「君の能力は何て言うの? 裏切り者でも出たのかと勘違いしちゃったけど、空を飛んでいたから〈転送〉トランスポートじゃないわよね?」


 そう聞かれて、正直に答えるバカはいない。〈転送〉トランスポートは確か、〈侵入者〉を送り込んでいる張本人ちょうほんにん――トランスポーターの能力名だ。


「お前はトランスポーターの手先てさきか」


 冷笑れいしょうを見せた女が、おちょくるような目つきをする。何がおかしいんだ。トランスポーターの能力がなければ、この国に来れないはずだ。


「あなたはどうなの? あなたはトランスポーターの仲間じゃないの?」


「そんなわけないだろ」


「だったら、何で私が見えているの?」


「……どういう意味だ?」


「だって私、今〈不可視インビジブル〉を使っているのよ。普通の人間なら、私の姿が見えないはずよ。もしかして、視覚以外の手段で見てたりする?」


 やはり、能力で姿を消していたのか。自分に見えているということは、魔法を無効化した時のように、〈悪戯〉トリックスターが無意識に相手の能力を相殺そうさいしているのだろうか。


「それとも――エックスオアーだったりする?」


「エックスオアー……?」


「ああ、ごめんなさい。世間せけんでは『転覆てんぷく巫女みこ』と呼ぶんだっけ」


 よりにもよって、巫女みことまちがわれるとは。


「僕が女に見えるか?」


「そうね。僕はどう見ても女じゃないわね」


 女がケタケタと笑った。人をバカにする天才か。冷静になれ。相手の挑発に乗っちゃダメだ。


 それにしても、この女は本当に人間なのだろうか。人のかたちをした『何か』――得体えたいの知れない化物ばけものが人間に宿っているような、そんな感覚がぬぐえない。


 突然、女がナイフを取りだした。


「ナイフいる?」


「いらない」


 それを僕の前にほうり投げると、後ろ手に別のナイフを取りだした。


「そこに置いておくから、好きに使って。私はもう一本持っているから」


「いらないって言ってるだろ」


 敵から渡された武器なんて気味が悪くて使う気になれない。足もとのナイフには目もくれず、女を見すえ続けた。


 いや、待てよ。女には遠隔えんかく操作の能力があった。その相手の持ち物が、近くにころがっているのは危険か。警戒の目を向けながら、ナイフを慎重に拾い上げる。


「使ってくれるんだ。じゃあ、投げ合いっこしようか」


 まるでおもちゃで遊ぶかのように言った。頭が狂ってる。こっちの調子も狂う。さっさと、魔法を使ってナイフをはるか彼方かなたまで吹き飛ばそう。


「私から投げるわね」


 そう言った女が、ナイフをかまえて投げつけてきた。おぞましい風切かざきおんをかなでたそれを、体をひねって、かろうじてかわす。


 手首だけを使って軽く投げたにも関わらず、とてつもないスピードだった。怪力かいりきなのか、遠隔操作の能力が働いているのか判断がつかない。


 度肝どぎもをぬかれ、あ然と女に目を移す。相手は何かを目で追いながら、かすかに指を動かしている。そうか、遠隔操作か。すかさず後ろを振り返った。


 あんじょう漆黒しっこくの空にきらめくナイフがユーターンしてきた。そればかりに気を取られていいかとも考えたけど、一瞬の油断が命取りになりかねない。スピードは狂ったように速いままだ。


 右手をかまえ、魔法で迎え撃とうとした矢先、ナイフは突如進行方向を変えた。大きくカーブしたと思ったら、S字をえがくように側面からつっ込んできた。


 せまり来るナイフをのけぞるようによけると、それは目と鼻の先をスレスレで通過した。たまらず背中から倒れ込み、屋根の上に転倒した。


 ひと安心したのもつかの間、女が電光でんこう石火せっかで攻撃をしかけてくる。もう一本のナイフ――投げ捨てるヒマがなかったそれが、いきなり意思をもち始めて、きばをむいた。


 あお向けの自分目がけて、目に見えない力でナイフが振り下ろされる。何という力だ。直接手でにぎっているとしか思えない。必死の抵抗で持ちこたえるのがやっと。遠隔操作でここまでできるのか。


 徐々に押し込まれ、ナイフのさきが顔面数センチのところまでせまった。戦闘経験がだん違いだ。女は自身の能力を知りつくし、それをフル活用するすべを知っている。これが〈外の世界〉の能力者か。


 ふと、飛翔ひしょうしていたナイフの存在が頭をかすめる。この状況で戻ってきたら一巻の終わりだ。『同時にあやつれるのは一つ』といった制限の存在に望みをたくすしかない。


 幸いにも、いつまでたってもナイフは飛んでこなかった。けれど、本人が直々じきじきに歩み寄ってきた。ゆっくりと足音が近づいてくる。やがて、視界に入り込んだ女の手にはナイフがにぎられていた。


 望みは届いた。でも、本人が使えるなら元も子もない。もう切っ先が鼻先をかすめんばかりにせまっている。先にこっちをどうにかしなければ。


 もはや、重力をなくすしか逃げ道はない。けれど、この状況でそれを行えば、ナイフが顔に突きささりかねない。


 かといって、このままではどっちにしたってさされる。イチかバチかけに出るしかない。一気に両手の力をぬくのと同時に、顔を大きく横にそらした。


 思惑通りにいった。側頭部そくとうぶをかすめたナイフを屋根へ押しつけ、すかさず重力を無効化。たて続けに下に向かって『突風とっぷう』を起こし、はじけ飛ぶように空中へ脱出した。


 しかも、有効範囲にいた相手をうまく巻き込めた。余裕の笑みをうかべていた女が、空中へ投げだされたことで、あわてふためいている。


 無重力空間ではこちらに一日いちじつちょうがある――とはいったものの、急激に飛び上がった反動で猛回転してしまった。


 魔法で一撃を加えようと考えるも、なかなかねらいが定まらない。回転が弱まるのを辛抱しんぼう強く待ってから、女を地面に向かって吹き飛ばすように『かまいたち』を放った。


 見事にクリーンヒットした。女がクルクルと回転しながら落下していく。ところが、地面に衝突する寸前でその姿が消えた。


 自分も反動でだいぶ飛ばされていたので、慎重に屋根まで戻った。すると、女は先に戻っていた。あの状況からでも、自由に瞬間移動できるのか。


 おや? あそこは女が最初に立っていた場所だ。同じところへ戻ったということは、移動場所に制限があるのか。


「エリア全体に適用される能力ってわけね」


 女の顔から笑みが消えた。相手のペースには乗らない。一メートル大の『火球かきゅう』を発動し、すかさず撃ち放った。どこにでも瞬間移動できるか確かめてやる。


 瞬時に姿が消えた。すばやく辺りに視線をめぐらすも、なかなか見つからない。


「やっとわかったわ。あなた、伝説のトリックスターね」


 すぐ後ろで声が上がった。とっさに身をひるがえし、飛びすさって距離を取る。予備動作は見られなかった。いつでも思いえがいた場所に移動できるのか。


 ――ん? 伝説のトリックスター?

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