侵入者の先兵

     ◆


 後ろにヒューゴと使用人の二人を従え、デリック・ソーンは本邸の廊下を進んでいた。


 ジェームズ・ウィンターの死亡について追及を受けた彼は、こんな話を向けてヒューゴを会場から連れだした。


「私は潔白けっぱくを証明できる。ゾンビ騒ぎがあった頃にはサウスポートにいた」


「それは調べがついている。事実、あんたがレイヴンズヒルを離れた後も、ジェームズは生きていた。ただ、直接手をくだす必要はないからな」


「……私が命令をくだした証拠があると?」


「それはどうかな……」


 ヒューゴは返事をはぐらかしたが、実はその証拠をつかんでいない。とはいえ、目的はデリックを捕まえて罪に問うことではないため、それはどうでもいいと考えていた。


 探りを入れることで、あせりを感じたデリックが馬脚ばきゃくをあらわすことを期待しているにすぎない。


「仕方がない、この話をしよう。実はジェームズと〈侵入者〉とのつながりを示す、決定的な証拠をつかんでいる。先日、そのことで彼を問いつめたのだが、今思えば、それによって彼らが仲間割れを起こしたのかもしれない」


「その証拠とやらは見せてもらえるのか?」


「ああ。こんな事もあろうかと、大切に保管しておいた。故人こじん名誉めいよのため、できれば表にだしたくなかったのだが」


 この話は出任でまかせにすぎない。デリックは数日前から自身の身辺しんぺんをかぎ回る男の情報をつかんでいた。そして、いずれ目の前に現れるであろう男――ヒューゴの殺害を、ひそかに計画していた。


 ヒューゴはデリックを会場にとどめ置く役目をになっていたが、ここまで告白した相手を引き止めるすべはなかった。しかし、運よくウォルターと会場の入口で入れ違いとなり、心おきなく事に当たることができた。


 デリック自身はこの国で生まれ育った一介いっかいの貴族にすぎないが、裏の顔は〈侵入者〉の先兵せんぺいだった。〈侵入者〉が陰から支援しなければ、彼はベレスフォード卿の右腕としての地位を確立できなかっただろう。


 〈侵入者〉を『トランスポーターの命を受けて〈外の世界〉より送り込まれた存在』と定義するならば、彼とその支援者こそが本流ほんりゅうであり、スプーとネクロの二人は一時的いちじてきな協力者にすぎない。


 この数年間、彼は〈侵入者〉の手足となり、この国を静かに侵食しんりょくし続けた。平和裏へいわりにおし進められた侵略は順風じゅんぷう満帆まんぱんに進んでいた。


 ところが、〈外の世界〉において不測ふそくの事態が発生した。その結果、不本意ふほんいな方針転換をせまられた。さらに、不運は重なった。


 それに反発したあげく、恐喝きょうかつ行為におよんできたジェームズを、彼は衝動的に殺害してしまったのだ。


 殺害は想定外の出来事であり、これほど早く自身に捜査の手がおよぶことも予想外だった。


 だが、デリックはそれを逆手さかてに取った妙案みょうあんを思いついた。それは新たな計画に最初から組み込まれていたかのように、方向性が一致いっちしていた。


 新たな計画のサポート役として派遣はけんされた女――〈外の世界〉を支配する勢力で最高幹部を務める一人は、賛同するどころか実行役を買ってでた。女は暗殺にうってつけの能力を有していたからだ。


 デリックが休憩室の前で立ち止まり、部屋の中をのぞき込む。ここで待っているはずの女はいなかった。ただ、姿を消す能力を持つと聞いていたので、しばらくその場にとどまった。


 その時、コンコンと壁をたたく音がした。音のした方向へ目を向けると、食堂の戸口から女の指がのぞいている。そこまで行くと、猟奇的りょうきてきな笑みをうかべた女が、待ちくたびれた様子でいた。


 後ろにいる男がターゲットだとアイコンタクトで伝えると、女はフッと姿を消した。ヒューゴを振り返った彼が、食堂を手で差し示しながら言った。


「証拠は離れの部屋に置いてある。今から取ってくるから、ここで待っていてくれないか?」


 ヒューゴは食堂の中へひとしきり警戒の目をそそいでから、「ああ」と言って足をふみ入れた。


「少し時間がかかるかもしれない。彼のことを頼むよ」


「承知いたしました」


 そう使用人に言い置いて、デリックは離れへ向かった。使用人を連れて来たのは、殺害現場を目撃させることで、自身に疑惑の目が向けられないようにするためだ。それは逃走して身を隠すだけの時間をかせげれば十分だった。


 ヒューゴの殺害は近日きんじつ実行に移す作戦に向けた布石ふせき即刻そっこく拘束こうそくされない程度に疑惑をいだかせ、自室じしつに大量のマスケット銃というエサを残して行方をくらます。


 デリックが言い渡された命令は、端的たんてきに言えば、敵の注意をひきつけるための陽動ようどう作戦だ。


 デリックは今の地位を失うことになるが、もう後には引けなかった。心にふんぎりをつけたそれよりも、女のことが気になった。


 ジェームズを殺害したのはデリックだ。女に相談すると、こんな偽装ぎそう工作を持ちかけられた。


「あなたはサウスポートに引っ込んでいなさい。死体は私のほうで処理しておくわ」


 女に死体の後始末あとしまつを任せて、デリックはアリバイ作りのためにレイヴンズヒルを離れた。帰還後、部下にジェームズの行方について尋ねると、こんな答えが返ってきた。


「確かに、水路でゾンビが現れた日から、見かけなくなりました。様子はおかしかったですけど、その前日までは元気そうでしたよ」


 この話を聞いたデリックはとまどった。彼がジェームズを殺害したのはゾンビが現れる一週間も前だ。そして、その時点で相手はゾンビ化などしていなかった。


 部下が目撃したジェームズは何者なのか。なぜゾンビ化したのか。気になることは山ほどあったが、あまりに恐ろしくて、そのカラクリについて女に尋ねることはなかった。


 さっきの様子にしてもそうだ。まるで人を殺すのを心待ちにしていたかのようで、こんな連中に協力していたのかと、デリックは今さらながらゾッとする思いだった。

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