対抗戦対策会議(後)

     ◇


「炎を風に乗せてあやつる感じです」


 ケイトのアドバイスはピンとこない。自分でもそうしたつもりだった。


 一回目より火力かりょくをいっそう強め、逆に『突風とっぷう』は極限きょくげんまで力をおさえ込んだ。


 そよ風が猛々たけだけしい炎に押し返される――そんな常識的な予想とは裏腹うらはらに、今回も『火球かきゅう』が打ち負けた。まるでマッチの火のような頼りなさだ。


「えー……」


 ケイトが言葉を失った。対して、スコットは喜びが抑えきれない様子で、ポンと僕の肩にやさしく手を置いた。


「あきらめろ。ウォルターの魔法は威力が強すぎるんだ。手加減が下手へたなんだな。これは『風』オンリーで戦えという天からのお告げだ。お前はその星のもとに生まれたんだよ」


 まっ先に失敗の要因を〈悪戯〉トリックスターに求めた。おそらく、風の魔法へ切りかえる時に、火の魔法を消失させる原因を作りだしている。


 パトリックは〈悪戯〉トリックスターを指輪の強化版と呼んでいた。効力が強すぎて、別属性の存在を許さないということだろう。


「ウォルター、忘れたのか? お前は『風』のみで、事もなげにデビッドをくだしたじゃないか。同じこころざしを胸にいだき、一緒にてっぺんをめざそう。俺達は『風』の申し子だ」


「時間はあります。あせらずゆっくり考えましょう」


 魔法の連携に失敗することを、パトリックに相談しようか。ただ、相手は魔法を研究していても、使うこと自体は素人しろうと同然。毎度他人に頼るのも何だか情けない。


 回避策がないか、しばらく自分の力で試行しこう錯誤さくごしてみよう。対抗戦は『風』、もしくは『火』だけでのぞむことも覚悟しなければならないか。


 ふいにケイトが僕の肩に手をかけ、スコットに背を向けさせた。


「あの……、ちょっといいですか? スコットのことで相談があるんです」


 そう切りだし、隠す気がさらさらない内緒話ないしょばなしを始めた。背後のスコットは上機嫌に鼻歌を歌っている。


「うちの部署ぶしょを悪く言いたくないんですが、スコットはここでくすぶってる人じゃないんです。昔は〈風の家系ウインドミル〉の傑物けつぶつと言われ、将来を嘱望しょくぼうされていましたし、本人も有頂天うちょうてんでした。

 でも、『俺は風のみでのし上がる』なんて意地いじを張りだしてから、序列じょれつを失った状態が続いてます。この間なんか、『あいつは傑物じゃなくて、傑作けっさく野郎だな』って陰口かげぐちをたたかれてました」


「俺、陰でそんなこと言われてるの!?」


 ケイトはスコットのツッコミを無視して話を続けた。


「素直に『火』と『風』の組み合わせで試合にのぞめば、楽々と序列をもらえる実力を持っているんです。そこでお願いなんですけど、ウォルターのほうからひと言、スコットに言ってもらえませんか?」


「うん……」


 僕は言葉をにごした。横合いから熱い視線が注がれている。改めて伝える必要性は感じなかった。


「別に悪い気はしないけど、この距離だとまる聞こえだ。そういう話は当人のいないところでしようか」


 ケイトもわざと聞こえるようにしていた。相手を思っての発言だから、スコットの言葉に嘘偽うそいつわりは見られない。ただ、信念をまげるつもりは毛ほどもなさそうだ。


     ◇


「くすぶっているのは俺だけじゃないだろ? ケイトだって、レイヴンズヒルをしょって立つ魔導士の一人と、昔は言われてたそうじゃないか」


古傷ふるきずをえぐらないでください。きっとそれは、誰かが記憶違いをしているんです」


 初めて耳にする話だ。ここ数年、ケイトは試合に出ても、一分と持たずに降参に追い込まれる状況らしく、魔導士として上をめざす気持ちはさらさらないと言っていた。


 現在准士官じゅんしかんである彼女いわく、下士官かしかんに落とされないのが不思議な成績で、〈資料室〉でまじめに働いていることが評価されているとしか思えない、と本人は分析していた。


「昔のケイトをよく知らないけどさ、その話を何人からか聞いたぞ?」


「……ある時期をさかいに魔法の使い方がわからなくなったんです。それがいつであるかさえわかりません。全てが夢の中の話のようで、本当に夢だったのかもしれません」


「じゃあ、いわゆる『転覆てんぷく』した時に何かあったのかもな」


「それはわかりませんけど……、『転覆』した後のような気もします」


 『転覆』前については、パトリックから雲をつかむような話を聞かされただけ。話を掘り下げたい欲求がこみ上げた。けれど、自分の過去に話がおよびかねないので、慎重に話を進めなければ。


「二人は『転覆』前に何をしてたの?」


 少し間を置いてから、さり気なく尋ねた。


「『転覆』前の記憶はとぎれとぎれであやふやです。まわりの人達が言うように、魔導士として一線いっせんで活躍していた気もしますが、肝心かんじんな部分が思いだせません」


「俺は結構おぼえてるぞ。北東の片田舎かたいなかの出身なんだけど、『転覆』前はずっとそこにいたよ。ゾンビは全くいなくて、たまに辺境へんきょうの警備にかりだされてたな。前線にいたわけじゃないから、人狼じんろうと戦ったことはないけどな」


 『転覆』前はゾンビがいなかっこと、別種族の人狼のことなど、巫女みこの行方にもつながりそうな耳よりな話ばかり。歴史研究家とでも名乗れば、他の人からも話が聞けるだろうか。


 この国の人達には、巫女や『転覆』前に関する記憶がぬけ落ちているという共通点があり、ケイトはこれまでの人達とよく似ている。


 一方、スコットの記憶は比較的はっきりしている。もしかしたら、レイヴンズヒルにいなかったり、巫女と関わりが少なかったからだろうか。


 ふと顔を上げると、二人から待ちわびるような視線を注がれていた。話の自然な流れでは、次は自分の番だ。ただ、うかつに話を作れば、あとで辻褄つじつまが合わなくなる。


「その頃から、キツネと一緒に暮らしてたのか?」


 自分には『人間よりもキツネが多い辺境の出身』という設定がある。スコットはしっかりおぼえていてくれたけど、その言い方だと意味合いが変わる気がした。


「まあ、一緒に暮らしてたわけじゃないけど……」


 ここはごまかすしかない。家庭に複雑な事情をかかえている、あるいは暗い過去を背負っている雰囲気で答えた。


「……キツネとは打ち解けられるものなんですか?」


 キツネは身近な動物ではない。生態せいたいもよく知らない。子供の頃から、人をかすだとか、事実にもとづかない話を植えつけられた記憶しかない。


 言葉をつまらせていると、思わぬ人物から救いの手が差しのべられた。

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