ゾンビの身元(後)

   ◇


 ゾンビ化犠牲者とおぼしき人物の家は、南地区の倉庫街にほど近い場所にあった。


 そっくりの外観をした一軒家いっけんやが同じ通りにならんでいる。家のつくりはしっかりしているけど、プレハブ小屋みたいに小ぢんまりしている。


「小さな家ですね」


「ひとり暮らしだったらしいからな」


「この通りにある家は水夫すいふの寝泊まり用よ」


 従業員用の宿舎みたいな感じか。ヒューゴは誰にも断りを入れずに、犠牲者の家へふみ込んだ。


「ちょっと、本気?」


 クレアがあきれながら言った。


「俺は今すぐにでも〈外の世界〉へ行く準備ができている。城塞守備隊キャッスルガードのお偉いさんは帰ったらどうだ?」


 失うものがないと強い。自分もここまで来たからには引き返せない。


 ヒューゴが容赦ようしゃのない家探やさがしを始めた。机の引きだしを開けたり、棚の中をあさるのはかわいいもの。しまいには、箱をひっくり返して中身を床にぶちまけ始めた。もう怖いものなしだ。


「他人の家を勝手に引っかき回して。本当に知らないわよ」


「死人に文句言われる心配なんか必要ねえよ」


 それは一理いちりある。現実なら大問題になりそうだけど。


 何も手伝わずに、ボケっと見ているのは気まずい。ただ、このやりたい放題ほうだい加担かたんするのは気が引けた。


 ということで、バレないようにするため、引きだしをしめたり、散らかされた物を箱に戻して、元の場所へ配置し直す作業に従事じゅうじした。


     ◇


 一時間近く作業したものの、結局、収穫はゼロだった。仕方なく、近所で聞き込みを開始すると、犠牲者の使用人をしていた男性にたどり着いた。


「どんなやつだった?」


「まことに言いづらいのですが、だらしのない方でした。毎晩のように飲み歩いていましたし、女性の方をひんぱんに連れ込んでいました」


「どんな女だったかおぼえているか?」


「取っかえ引っかえでしたから、特定の女性ではないですよ。酒ぐせが悪くて、よく怒鳴りつけられましたし、あの方の印象は良くないんですが、金回りがよかったので、チップははずんでくれました」


「いつ頃から、姿が見えなくなりました?」


「数週間前の話なのではっきりとは……」


「ゾンビ騒ぎがあった頃か?」


「ああ……、そうですね。騒ぎがあった頃にお姿が見えなくなりました」


「何か気になる出来事はありませんでした? 噂話うわさばなしでもかまいません」


「お姿が見えなくなる一週間ほど前に、『あの野郎、散々協力してやったのに。目にもの見せてやる。全部バラしてやる!』って、家の前でさけんでいるのをお見かけしました。だいぶ、酔っていらっしゃったようですが」


 鼻がまがりそうなほどの事件のニオイ。これはまちがいない。関心を示していなかったクレアの顔つきも変わった。ただ、それ以上の目ぼしい情報は得られなかった。


口封くちふうじのために殺されたんじゃないですか?」


「可能性は高くなったな。本腰を入れてハンプトン商会を調べてみるか」


「何かがあったのはまちがいなさそうだけど、これ〈侵入者〉なの? ただの殺人事件じゃないの?」


 クレアが懐疑的かいぎてきに言った。自分としてはそっちのほうが好都合だ。ベレスフォード卿の側近そっきん――しかも、メイフィールドの開発計画に深く関わる人物が、殺人事件を起こしていたら大スキャンダルだ。


「中央広場事件のことを忘れたのか? 〈侵入者〉と取引しようとしたのが、そもそもの発端ほったんだって言うじゃないか」


 詳しく聞いていないけど、パトリックもそんなことを言っていた。


「ここ最近の連中のもうけ方は普通じゃない」


「じゃあ、そのデリック・ソーンっていう男が〈侵入者〉と裏取引をして、利益を得ていると言いたいのね」


「ジェームズ・ウィンターっていう人は、それをバラそうとしたから殺された」


 僕が仮説かせつを口にすると、ヒューゴがしたり顔でうなずいた。すじは通っている。仕事をほったらかしにしてまで来たかいがあった。


「でも、個人で〈侵入者〉を捕まえてどうするつもり? 変な取引をするわけじゃないわよね」


「まずは〈外の世界〉のことを話させる。それから、〈外の世界〉へ連れて行けと要求する。できないなら、その場でとっちめて、お前たちに引き渡すだけさ」


「で、ヒューゴは〈外の世界〉へ行って何がしたいの? 教えてくれたら、今回の件は全部だまっててあげる」


 表情をくもらせたヒューゴが、言いよどんでそっぽを向いた。自分も気になっていた。ヒューゴの〈外の世界〉に対する執念しゅうねんは尋常じゃない。


辺境伯マーグレイヴに会いたいのね?」


「ああ、会って生きていることだけでも確かめたい。俺は絶対に認めない。あの人があんな事件を起こしたことも、〈侵入者〉ごときに負けたことも」


ぎぬを晴らしたいってこと?」


「今さら、そんなことはどうでもいい。ただ、〈外の世界〉へ行くためなら、悪魔にだって魂を売ってやるさ」


 だいぶ手段と感情がねじ曲がっているとはいえ、目的はクレアと同じだ。二人にこれだけしたわれる辺境伯マーグレイヴが、どんな人なのか気になった。


「今日のことをあの野郎や対策室に言ったら、ただじゃおかないからな」


「待ってください。何か新しいことがわかったら、僕にも教えてください。できるかぎりの協力をするつもりです」


「ちょっと、ウォルター。あなたまで首をつっ込む気?」


「いいぜ。あと、もし俺の姿が突然見えなくなったら、そいつに殺されたか、〈外の世界〉へ行ったと思ってくれ」


 ヒューゴはそう言って立ち去った。


「もう手のほどこしようがないわね」


 その背中を見送りながら、クレアが大きなため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る