資料室

資料室(前)

     ◇


 クレアは仕事に戻ると言って、嵐のように去った。


「私も面会の約束があるので失礼します。あとのことは頼みます」


 パトリックもスコットにそう告げて、席をはずそうとした。


「どうでした? 私が考えに考えぬいた言いわけは」


「あまり話をこじらせないでください」


 立ち去りぎわに小声で言ったパトリックへ、不満たらたらに返した。悪ノリしてるとしか思えなかった。ただ、当分はパトリックの言いわけを拝借はいしゃくしようと思っている。


 魔法の専門家ではないので、それが人間のなせる業なのかどうか判断はつかない。とはいえ、他のもっともらしい説明は思いつかなかった。


 〈悪戯〉トリックスターで自在に魔法をあやつれることがわかった。突発的な事態を乗りきり、魔導士として歩んでいく道筋みちすじもついた。


 収穫は数多かった。けれど、感謝の気持ちを述べる気にはなれなかった。会合の件にせよ、試合の件にせよ、良くも悪くも目立ってしまい、先々が思いやられる船出ふなでとなってしまった。


     ◇


 中断されていた城内の案内が再開された。今は東棟ひがしとうへ向かっているまっ最中で、帰り道が同じということでケイトも同行している。


「所属する部署を探しているということですね?」


「そう」


 スコットとの会話を終えると、ケイトがこっそり視線を送ってきた。こちらがそれに気づくと、彼女はサッとそれをはずしてから、こう言った。


「思い出しました。学長がくちょうが会合で紹介された、大きな夢をお持ちの方ですよね?」


 ケイトの遠回しな表現を聞いて、顔から火が出そうになった。


「俺は会合に出なかったから知らないけど、そんなことを言ったんだって?」


「レイヴン城にいる時ぐらいは、出席するように心がけましょう」


「今日は寝坊したんだよ」


 ケイトは一見引っ込み思案だけど、発言に関してはストレートで遠慮がない。ちょっと変わった女性だと感じた。


「でも、才能のある方が入る部署なんて、東棟にありましたっけ?」


 東棟にはアカデミーと辺境守備隊ボーダーガードの部署が入っている。アカデミーは研究機関という関係上、魔法の才能よりも頭脳が必要とされ、ユニバーシティのメンバーは多くないそうだ。


 一方の辺境守備隊ボーダーガードは、ゾンビの出現が多い北部のストロングホールドに本部をかまえていて、レイヴンズヒルにあるのは下部の部署だけらしい。


「まだウォルターは下士官かしかんだから、どこにでも入れるわけじゃないんだ」


「そうなんですか」


 ケイトがスコットと小声で話を始めた。


「せっかくなので、うちに誘ってみたらどうですか? 幸いにも、うちは下士官でも入れますし、今は人数的に足りていても、人手的に足りていないじゃないですか?」


「いてもいなくても同じ人が、若干一名いるからな」


 スコットが感心したように述べる。事情はあとから知ったけど、ケイトの表現は言い得て妙だと思った。


「聞こえてたと思うけど、俺達と同じ部署はどうだ? 〈資料室〉っていう資料を管理するだけのとるに足らないところなんだけどさ」


「とるに足らないとか言わないでください。確かにうちは、将来有望な方が入る部署ではないかもしれませんけど……」


「興味ある」


 食いつくように即答すると、ケイトが説明を始めた。


「正式名称はゾンビ対策局資料室と言います。各地から送られてきたゾンビ関連の文書を整理した上で、保管、管理していくのが、主な仕事です。資料の作成依頼なんかもたまにありますよ。ゾンビ化犠牲者の関係者に対して、聞き取り調査を行うのも業務の一つですけど、うちではめったにありません」


「地方の支部から応援要請が来て、何ヶ月も出向しゅっこうさせられたりもするけど、基本的にレイヴンズヒルにいられるから、俺は気楽で気に入っているんだ」


 この上なく魅力的に聞こえた。仕事の内容は未熟な自分にもできそうだ。何より、顔見知りの二人が同じ部署にいるのが心強い。


「とにかく、見に行ってみるか?」


「行ってみる」


 スコットの提案に、前のめりになって同意した。


「人気のある大きな部署は、同じ一族で派閥はばつを作って、主導権争いによる内輪うちわもめが少なくありません。対して、小さいうちの部署はギスギスした縄張なわばり意識もなく、和気あいあいとしているんですよ」


「仕事も楽だぞ。面倒くさいのは古い資料を天日てんぴしする時ぐらいだな」


 〈資料室〉へ向かう途中、二人から猛アピールを続けられ、俄然がぜん乗り気となった自分も、真剣に耳をかたむけた。

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