真夜中のトリックスター

mysh

プロローグ

UFO

     ◇


 その日は、しくも十七歳の誕生日だった。もっとも、帰宅早々に「今日は誕生日ね」と笑顔の母から告げられるまで、自分自身すっかり忘れていたけど。


     ◇


 雨がちの六月が明けたその日。所属する文芸部の集まりに出るため、休日の高校へ自転車を走らせた。


 集まりといっても部活動ではない。文芸部という性格上、休日に部活を行う習慣はめったになく、それは新鮮な出来事だった。


 その日からさかのぼること二日。事の発端ほったんは、文芸部の部室で行われたこんなやり取りだ。


「先輩。昨日の放課後にUFOユーフォーを目撃したんです」


 話題をふったのは、何を隠そう自分自身。相手は窓ぎわの席で向かい合う土井どい先輩。内容が内容だけに、話を切りだすのに勇気が必要だった。


 土井先輩は一学年上で、文芸部の部長をつとめる。メガネがトレードマークで、体型は長身で細身。知的な容姿にたがわぬ博識だ。


 常に口元を引きしめ、表情をくずさない。寡黙かもくな雰囲気をかもし出しているけど、実は大のおしゃべり。SFエスエフとオカルトを大好物としているので、この話題をふるのに格好の相手だ。


 ついでに、自分のほうはというと、勉学にも運動にも苦手意識はないけど、特別秀でたところもない。そんなオール4……3.5ぐらいの無個性の高校二年生だ。


 人前に出ることや目立つことが嫌い――というか苦手だ。子供の頃から、ファンタジー小説の世界に夢中になっていて、今でも、その世界に思いをはせてばかりいる。


 軽く鼻で笑った先輩が「UFO?」と聞き返す。冷笑に動じることなく、真剣な表情でうなずきを返した。


「どうせ、プラズマか何かだろ」


 予想外の冷淡な反応だった。話を信じるかどうかはともかく、喜んで話題に食いついてくれると期待していた。


「プラズマでもスゴいですよね。先輩はプラズマを見たことあるんですか!?」


 裏切られた気持ちになって、ガラにもなく声をあららげた。思わずムキになったのには理由がある。


 文芸部の部員は四人しかおらず、男子部員にかぎれば、自分と先輩の二人のみ。前述の通り、先輩は大のおしゃべりなので、自然と自分が聞き役にまわり、たいてい、それは一方的なものになる。


 アカシックレコード(宇宙誕生からの歴史を記録しているらしい)といったオカルト話から、宇宙ひも理論やダークマターの正体といった、わけのわからない話題に、これまで散々付き合ってきたからだ。


「そう言われるとそうだな」


 いつになく強気な姿勢を見せたからか、先輩がとまどった様子で窓の外へ視線を移す。そして、「どこら辺で?」と話の続きをうながした。


     ◇


 そのまた前日――高校の帰りがけに、となりの駅にほど近い大型の古本ショップまで足をのばした。店を後にする頃には日が暮れかけ、だいぶ辺りは暗くなっていた。UFOらしき物体を目撃したのは、その帰り道だ。


 線路をはさんだ数百メートル先の上空に、突然目もくらむまばゆい光が現れた。僕は自転車をこぐ足を止め、一分近く光を発し続けたそれを、呆然と見守り続けた。


 謎の発光物体の消失後、正体をつき止めようと、その方向へ一直線につき進んだ。すると、運動公園と呼ばれる場所へ行き着いた。


 そこは陸上トラック、野球場、テニスコートなどを併設する巨大公園。近隣の学校が各種大会の会場として利用していて、自分自身も応援や学校行事で、足を運んだことが数回あった。


 入口に夜間立入禁止という立て看板があったけど、好奇心にかられ、人気のない夜の公園へ足をふみ入れた。


 けれど、時おりカラスの鳴き声がひびき渡るそこは、あまりに不気味だった。結局、その日はものの数分で引き返してしまった。


     ◇


 この話を聞き終えると、先輩は目の色を変えた。


「それってA駅の先にある運動公園のことだよな?」

「はい……」


 問いつめるような調子に、おされ気味に応じると、「あそこか!」と一段とヒートアップした。


 先輩の説明によると、その公園は超常ちょうじょう現象の目撃談が数多いそうだ。加えて、世間をさわがせた大事件の舞台になったため、オカルト界隈かいわいでは聖地と呼ばれている場所らしい。


 その後、先輩の独断で、本日のUFO探索の計画が立てられ、どういうわけか、女子部員の二人も同行することになった。意に反して、話が大きくなってしまった。

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