オカンな食卓

ハムカツ

本編

どうしてこうなった? 状況が理解できない。


気が付けばクラスメイトと言うには近く、友達と呼ぶには遠い。

そんな相手の家で夕食をごちそうされる事になっていた。


制服の上にエプロンを羽織ったアイツ、通称オカンは鼻歌混じりで料理中。

匂いから察するに肉じゃがだろうか? いや、オカンの事だから捻って来るだろう。


しかし、ふとした雑談中。

夕食を用意していないと言った途端拉致するのはどうなんだろう?


いや、別に家が貧乏という訳では無いのだ。

単純に食材は毎週に日曜日にまとめ買いしてるから、今家に食材が無いだけであって。


本当に貧乏な訳では無い。むしろオカンの家が裕福なのだ。

テレビは32型の液晶、普通に最新式のゲーム機が何台か横に置いてあるし。


未だに家ではブラウン管のテレビが現役で、中古のPSが1台しかないというのに。



「あー、ミキって何か苦手な野菜あったっけ?」


「別に無いわ、こう見えても好き嫌いが無いのが自慢なのよ?」



そもそも野菜を生ごみに捨てる人間が理解できない。


人参の皮は油で揚げればスナック感覚でつまめるし、

キャベツの芯だってコンソメで煮れば柔らかい。


んー、分った。と言いながら料理を続けるオカン。

まったく、背が高くてイケメンな割に妙にフランクで暖かい。


だからオカンなんて似合わないあだ名を付けられるのだ。



「というか、暇だったらゲームとかしてても良いよ?」


「嫌よ、ただでさえ料理作って貰ってるのに遊べる程肝は太くないっての」



そういいながら洗濯物を畳んでいく。

私だってガサツとか色々言われているけど17歳の女子高生な訳で。

母子家庭なうちでは見ない男物のトランクスにちょっとだけドキドキした。



「けどなぁ、だからって洗濯物畳まなくったって……」


「うるさいっ! 一方的な施しは好きじゃないって言ってるでしょ!」



無論、本当なら家族でもない相手のトランクスを畳むのは遠慮したい。

だが一方的に施しを受けるような恥知らずなマネはするなと死んだ祖母に言われている。


約束と言う程強固でもない忠告程度の話だったけれど、私はずっとそれを守っている。



「んー、なら勉強とか教えてよ?」


「アンタそれ、嫌味で言ってんの!?」



オカンは地味に成績が良い。100点を取るようなタイプでは無いがどんなテストでも80点は取る。

確かに私は国語と英語だけならオカンよりも成績が良いがその他がボロボロ。


むしろ私の方が勉強を教わりたいレベルだ。



「んー、なら付き合おうか? 恋人同士なら手料理作ってもおかしくないし」


「ばっ、バカじゃないのっ!? なんで私とあんたが? 天地がひっくり返ってもあり得ないわよ!」



すーん、残念とふてくされたように呟くオカン。

いや確かにオカンは優良物件だ。


あんなイケメンなのにクラスで結婚したい女子ランキングで、

ナンバーワンに輝くだけの家事能力と癒しオーラは魅力的だ。


ガサツで女っぽくない私との相性は決して悪くないとは思う。

悪くないとは思うのだが……



「はーい、ミキちゃん。今晩のメインディッシュは筑前煮。


 あと味噌汁とごはん用意するからちょっと待ってね?」



流れるような黒髪とセーラー服のコントラストは実に大和撫子。

整った顔は宝塚でも通用するハイエンドなイケメンであってもそもそもオカンは女の子なのだ。

いくらイケメンでも女同士は無い。無いったらないのだ。


はぁ、とため息をついて席を立つ。

さて、どうやら彼女の両親は今日は帰って来ないらしい。

少なくても、家族だんらんの中に混じって気まずい思いをすることは無さそうだ。


そう思いながら、畳み終わった洗濯物を纏めて台所に向かう。

料理そのものならともかく、皿を並べるぐらいならガサツな私でも手伝える。


無論、その程度で手料理をご馳走になる借りが全部返せるとは思わない。

だけれど、返そうとしなければ借りがどんどんたまって首が回らなくなる。


そんなことを考えながら、私は味噌汁をお椀に告ぐオカンに

何か手伝う事は無いかと声をかけたのだった。




「いただきます~」


「……いただきます」



さて、オカンが作った本日のメニューは4品。

まずはメインディッシュの筑前煮。よく彼女が弁当に詰めて来るメニューだから味は知っている。

だが、弁当に入れられたそれとは違いほくほくと湯気が出ているそれは、全く別の料理にすら見える。


次に味噌汁、豆腐と油揚げが具のオーソドックスなタイプ。

ぱらぱらと散らされたネギの青さが食欲をそそって来る。


そして今が旬のサンマ。安かったお徳用と言ってはいるが油がのっている。

普段家で買っているサンマとはまさに別次元、サンマ・オブ・サンマだ。


最後に昨日作った余だけど小皿に盛ったポテトサラダ。

純和風の食卓から多少浮いては居るが、むしろ家庭的な雰囲気を引き立てている様にも見える。



「遠慮しなくていいよ? 本当に半分残り物みたいなものだし?」


「じゃ、じゃぁ遠慮しないからね? ご飯とかお代わりするけどいいの?」



じゃ、食後腹ごなしにランニングしなきゃね? と言いながらニコリと微笑む。

ちょっとだけドキっとする。正直一般人離れしたイケメンオーラの持ち主であるオカン。

だからこそ、ちょっと微笑むだけで物凄くインパクトがある。


なんというか、すごく微笑まれているような気がする。

多分これ、ビームとか出てる。非リア充な私が私が喰らうと死にかねない類のそれだ。

現にドキドキのムネムネがハートビートで大爆発。えぇい、私は何を考えている?



「……ミキちゃん大丈夫、顔真っ赤だよ?」


そう言ってオカンはサンマを食べるのを止めてこっちにやってくる。



「んー、熱は無いかなぁ?」



いや、この状況はなんだ? 何故オカンのオデコと私のオデコがランデブー。

なんかオカンの唇がすごくつやつやしているように見えて美味しそう……



「ミキちゃん? ねぇ、本当に大丈夫?」



はっと気づくとオカンの肩に手を乗せていた、というか力を込めて引き寄せようとしていた。

むしろあれだ、これは私がオカンの唇を奪おうと……ッ!?



「ふえっ!? いや、大丈夫っ!? 問題は無い、私は燃え盛る程に冷静っ!」



ばっと彼女の方から手を離し、一歩後ろに下がった。

ばたばたと手を振りながら苦しい言い訳、というか全然冷静な気がしない。



「んー、まぁ大丈夫って言うのなら……」



そういいながら席に戻るオカン。

どうやら私がオカンの唇を奪おうとしていた事に気付いては居ないようだ。


いや、そもそも私の身長は158㎝、身長175㎝オーバーのオカンから見れば

私の力なんて気にするほどの物ではないのかもしれない。


ただ、身長に20㎝近く差があるのに、体重の差は10㎏無いのには涙が出そうになる。



「取りあえず、あったかいうちに食べちゃってよ?」



席に戻ったオカンが自分の箸で筑前煮の中から里芋を差し出してきていた。

何も考えずにパクリと口に入れる。ホクホクだった。それもただホクホクな訳では無い。

しっかりと醤油と砂糖がしみ込んでいて口の中で和のハーモニーが踊りだす。


もし私が美食家ならば口からビームを吐き出していたところだと思う。



「……って、これってあーんじゃないの?」


「あ、ばれちゃった?」



実はこういうのに憧れてたんだー、とニコニコしながら話すオカン。

いや、ちょっと待て。ちょっと待て。関節キスである。これは。


関節キスであって口づけなのだ。

つまるところオカンの唾液がまとわりついた箸が、私の口の中を蹂躙したのだ。

なんというか……エロイ。



「いやいやいやいやっ!」


「うー、こういうの嫌だった?」


「嫌では無いっ!」



いや、何を言っているのだ私は。というか混乱しているというレベルでは無い。

あー良かったと呟くオカン。普段はイケメンなのだかこういうほっとした時の顔はかわいい。


どれくらい可愛いかと言うと、生まれたての子猫よりも可愛い。

つか、この顔を見た男子の250%は彼女に告白するとすら言われている。

というか2回告白して振られ、3回目の告白の計画を練る男子を私は3人ほど知っている。



「じゃあ、ポテトサラダもアーン」


「……あーん」



口の中にポテトサラダが進撃してくる。先ほどの里芋の様にホクホクな訳では無い。

だがしっかりと胡椒が効いたポテトサラダは冷えていても美味しいのだ。



「どうかな? いつもお弁当に居れてるのと味付け変えたんだけど?」


「……胡椒が効いていて、こっちの方が好みかなぁ?」



なるほどなぁ、と呟くオカン。

今現在ですら料理が美味いというのに、さらなる向上を目指そうとする態度に戦慄する。


いや、常に上を目指しているからこそここまで料理が美味いのかもしれない。



「じゃぁ、次は――」



そんな流れで結局、私は自分の箸で食事することなくごちそうさまを呟くことになったのだった。

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オカンな食卓 ハムカツ @akaibuta

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