第4話 任務

 それから、数日後の事である。

 朝、教室で美詠と会うと直感的に気がついた。

 美読の右腕の一部がデータ化されていたのである。

 恐れていた事が現実となっていた。

 教師も同級生も気がつかないでいたが確かにデータ化されていた。

 私は美詠に話かけるのが怖かったが勇気を出してデータ化された経緯を聞く事にした。


「美詠さん……その腕?」

「気がついた?お母さんのスマホを少し借りたら何か腕がおかしく成ってしまったの」


 落ち着け、落ち着け……未来のオメガクライシスは一瞬で全身がデータ化されるのでやはりまだ開発段階なのか。まだ、間に合う。

 私が取り乱してどうする。美詠は自体の深刻さに気がついていないらしい。

 しかし、どうすれば良い?

 とにかく美詠の母親に会わなければ。

 私は美詠に母親に会いたい事を伝えた。

 しかし、仕事が忙しくダメだと言われた。

 ここは焦らず、作戦を考えよう。

 

 今日も朝が来た無機質な部屋で目が覚める。

 熱いコーヒーを一杯飲み、朝の身支度をする。

 結局、美詠の母親に会える方法は考えつかなかった。

 そして、教室で美詠に会う。

 顔はさえなく、少し疲れている様だ。

 やはり、右腕のデータ化が関係しているのかもしれない。

 教室に朝日が射し込み美詠の髪を照らす。

 美しく魅力的な美詠であった。

 何か話をしたかったので普通の話題を考えていると、そう言えば今日は小テストがあった。

 美詠に近づき口を開く。


「今日は数学の小テストだったよね」

「えぇ、勉強が大変だったわ」


 私は美詠の母親に会う事ばかり考えて勉強などしていなかった。

 そして、小テストが始まる。

 うーん、解らない……。

 仕方ないか、頭をかきながらテストに向かい何とかテストを終える。

 テストの内容は散々だし美詠の母親に会うアイデアも浮かばないで何時にも増してブラック気分でいた。

 

 私は昼休み時間に屋上に一人でいた。

 空の色だけは過去の世界でも同じだった。

 そう、私はデータ化された未来を少し懐かしい気持ちでいた。


「ねえ?何をしているの?」


 後ろから美詠に話かけられる。

 どうして見つかったのだろう?屋上は立入禁止になっているのに。


「空を眺めていたのだよ、美詠さんも空を眺めに来たの?」


 美読の問に私は言葉を選んだ、美詠のデータ化を止められなかった自分を少し自虐的に考えていた。

 さらにそのキーパーソンである母親に会えないでいた事にイラ立ちを感じていたからだ。


 「そうね、今日の空は清々しいからね」


 美詠は嬉しそうに空を見上げる。

 風が吹き美詠の長い髪がサラサラと舞う。

 この平和な時間が永遠に続けばと思いにふける。

 そんな美詠の美しさに私は心を打たれた。

 私は何を迷っていたのだろう。まだ、美詠は完全にデータ化されていない。

 まだ、間に合う。私は任務以上にこの笑顔を守りたかった。

 その夜、私は一人で無機質な部屋でベッドに横になり天井を眺めていた。

 すると、左手がデータの拡散を起こす。

 データの拡散とはデータ化された人の宿命で原因は不明である。

 必死に左手を押さえる。


「左手よ、何故……」


 そうか、これが『寂しい』との気持ちの表れなのかもしれない。


 しばらくして、データの拡散は収まった。

 私はそれからCDをかけることにした。

 選曲は秘密にしておこう。

 起き上がりベランダに出ると月が出ていた。

 月明かりが出ているのに星も綺麗だった。

 データ化されても生きるか……。

 その明け方

 夢を見た、故郷である田舎の夢だ。

 私は子供頃田舎に住んでいた。

 私の故郷は片田舎、水田の広がる小さな町だった。

 春には桜が咲き、紫陽花の名所でもあった。

 オメガクライシス……本当に不思議なウイルスだ。

 データ化されても生命として生まれ老いていく。

 でも、データ化によって世界は何かを失った。

 私は過去の世界に来て変わったのかもしれない。

 目を瞑れば故郷を思い出す。

 オメガクライシスを作った人は何を思いこのウイルスを作ったのだろ……。

 次の日も浅い夢をみた。

 姉の夢だ、そう私には姉がいた。しかし、戦争でいなくなってしまった。

 未来の世界は平凡な日常など無かった。

 優しい姉だった。


「何をぼーっとしているの?」


 また、屋上で美詠に見つかってしまった。

 屋上は立入禁止なのに。いや、ここに居るのは私くらいと思ってか。


「今朝の夢を思い出していたのだよ」

「どんな夢?」

「死んだ、姉と遊ぶ夢……」


 私は夢の事を話すか迷ったが美詠ならと思い話してしまった。


「そう……」


 美詠は何も言わなかった。

 長い沈黙の後、私は無言で屋上を立ち去る。

 美詠は付いては来なかった。

 きっと、美詠も何か大切な人を失っていたのかもしれない。

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