第9話 悩める個性


「やっべー! 俺やったわ。 金忘れたんだけどwww」


 素の『天然』で『忘れん坊』。

四月初め、入学直後でただでさえ話のとっかかりを見つけづらいこの状況において

のカミングアウト』とも受け取れる真壁のミスは、一年五組のあらゆる人間に彼との距離きょりちぢめる良い理由を与えることになった。


「あーちょっと! こらこらこら! 忘れもんするにははやいでしょうよ~」


先生が笑いながら、優しくツッコミを入れたことでより一層いっそう、真壁に『親近感』を覚えやすくなる。一年五組の『覇権はけん』が彼の手中に収まってしまうのか、仮にそうならなかったとしても、それはもう直ぐ目の前だ。


「やってんなー、真壁笑」

「混む前に『会議室』いっちまおうぜ」

「お、おう」


 水林と俺はさっさと教科書を買うため、二棟へ。

本来なら忘れた真壁をイジって、クラスの波に乗り遅れないようにするのが定石じょうせきだが、同じ1stメンバー繋がりで、あとあとフザけてつついていけばいいやという余裕もあったので、今回は足早あしばやに教室を後にした。


混む前に面倒事めんどうごとは済ませてしまおうという水林の読みはあたり、俺たちが特設の販売所である会議室に着いた時にはまだ、生徒の数はまばらだった。


「よっしゃ、いい感じに人きてねーな」

「それな、ナイスな読みだわ」


 購入に足止めを食うことなく、手早く済ませ、会議室から出る。

出てすぐのところには長蛇の行列、どうやら作戦は成功の模様もよう


足取りも軽く教室へと歩みを進める。俺たちが戻った時、クラスには真壁。


――それと、話したことのない人が数名。仲良く机をかこんで談笑だんしょうしている。

タイプ的に一目瞭然いちもくりょうぜん、およそ真壁とは相容あいいれないであろうそのグループは内輪うちわで盛り上がっているらしい。俺の主観でみてこその評価でそうなっているが、きっとあちら側のグループもオレたちに対して同じような思いを抱いているだろう。


「やったわ水林~、金忘れちまったよー」

「いや、やらかすの早いからw まだ三日目だからww」

「いやぁー、完全に聞き流してたわ。なんも考えてなかったわ」

「最高かよww」


水林を見つけるなり、先ほどの失敗をさっそくネタとしてたずさえ、話しかけてくる。

答えるほうも答えるほうで、きちんと真壁の対応をする。

だてにハイブリッド型ではないということか、やれやれなスペックだな。


 客観的きゃっかんてきに今の会話を分析すると、各人が持つ『特性』を武器に、より効率的に仲を深めていると捉えることができよう。柔軟性じゅうなんせいのあるノリは対象の心にゆっくりと近づき、拒絶反応きょぜつはんのうをおこされることなく、絡みついていく。気づいた時にはほら、もう親友だ。



――なら、俺は?

俺にはなにがある? いったい何をもって彼らに立ち向かう?


もめ事を起こさないスキル? 違う。

太鼓持ちにするスキルか? いや、そうじゃない。


勉強が特段とくだんできるわけでもないのは自分が一番知っているし、バドミントンの方だって区大会入賞程度で『名選手』なんてお世辞せじにも言えない。

『クソ部長』であることに関してはただの自虐じぎゃくで、しかも俺自身のメンタルをそれなりに削っていくだけのもの、ネタにすれば――なんて安易な考えでいってしまうのは大きな間違いだし、精神を複数人から削られることと相違ない。

自分から振っといて最終的に『イジメ』と勘違いする、まさにバッドエンドだな。


だったら『モノマネ』があるか?

確かに可能性はわずかながらに感じるものの、これで一年をやっていくのはいささか難易度が高すぎる。誰だって飽きが来るのは当然のことわりだからだ。適しているとは言えないだろうな。



――となると、やはり『運』?

何も考えずにやりたいことをやってしまえば自ずと道は開けていくのか。



うーむ、分からない。

スズメの涙ほどの脳みそを働かせたところで大した収穫は得られない。


そうこうしてるうちに『校舎案内』の時間か、

近藤晃の個性……か。

はやいとこ、見つけなきゃな。

おっと違ったか。


自覚しなきゃな。






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