第3話 入学式前のあのなんとも言えない教室


 「俺は何組なんだろうなぁ」


どの組の名簿欄めいぼらんに自分の名前が書かれているのか、小学校から毎年感じるあのドキドキ感は個人的にすごく好きだ。

ハリーポッターに出てくる『組み分け帽子ぼうし』の下りをその度に頭に思い浮かべては、完璧な脳内再生のもと、自分も組み分けをされている気分に浸る。


 新入生勧誘の激しい波にまれながら、ヤド高の敷地しきちの一番奥手に位置する四棟の入り口に到着。さっそく本町とどのクラスなのかをチェックする。


「――七組だ」


本町は一年七組。


一方の俺はというと、『一年五組』。

ズラッと並んだ知らない名前の羅列られつの中、真ん中よりも少し上の辺りに『』を見つけた。


 後で聞いた話だが、どうやらこのクラス分けは特別授業科目の選択によって分けられているらしい。特別授業科目とは、『書道・美術・音楽』。これら三つの中から、入学前に希望の一つを選択して申請しんせいする。それによってクラスが異なるという仕組みだ。ちなみに俺は『美術』を、そして本町は『書道』を選択した。



 クラス確認が終わると、誘導ゆうどうを担当していた先生から「速やかに自分のクラスに移動して待機するように」とのお達しがあったので移動。

「ついに校舎に!!」って感じで入りたかったが、新入生でごった返している入り口ではそんな悠長ゆうちょうなことはやってられない。わりかしあっさりと、押し込まれる形で踏み入れることとなった。


ヤド高の校舎は全部で4棟ある。

正門に近い方から1棟、2棟というふうに立っており4棟は一番奥。1棟に三年が鎮座し、2棟には二年生が。3棟は『実験棟』なのでノーカンにするとして――。

『若輩者は歩け』と言わんばかりの随分とあからさまな仕様だな。


クラスを見つけるのにそう手間はかからなかった。『一年五組』は一階の昇降口しょうこうぐちから数えて手前二番目に位置している教室、

一年の中では超近い。遅刻しそうになっても助かりそうかな。本町はそれよりももう二個奥の教室だ。

とはいっても、たかだか教室二個分のアドバンテージなんてのはほとんど無いに等しい。客観的に見て一番遅刻の可能性が高い『4棟』校舎だけ始業時間をズラすべきなんじゃないか。いや、ズラしてくださいよ先生。


「じゃあな」


 最後に一言そう言って俺と本町は別れ、お互いの教室へ。


あぁドキドキだ。いよいよなんだ。


 しょっぱな教室に入ってどうふるまうか、これは今後一年間のクラス内での立ち位置を占うとてつもなく重要なこと。第一印象は何より大切だ。

『おフザケキャラ』を選ぶのか、『クールキャラ』にするのか。選択をミスって『いんキャ』なんて部類にだけは間違ってもなりたくはない。

つまるところ、いかにして、『KD』なるものを果たそうか考えていたわけだ。


カラカラカラ――。


古っちい家にひっついてそうなスライド式のドアを開け、教室の中へ。


 入った途端とたんに感じる視線。間違いない、

今まさに俺の顔と身なりを見て奴らは品定めをしている!!


ひょろひょろの体型に紫のゴーグルみたくフレームのふっとい眼鏡が当時の俺であるのだが、まぁなんというか、見た目は完全な『ガリ勉』君。

クラスに一人~二人はいる、『ゲーム』や『アニメ』の話で日々「デュフフフ」と盛り上がっていそうなグループの構成員。

に、見た目は似ているが同一視されたくはない。


 教室の入り口付近で感じた視線はすぐになくなった。おそらくであると思われた。よくわかんないけどそんな気がした。


 雰囲気は想像とは全く違っており、ものすごく話しづらいものだった。

ピリピリした雰囲気で誰かがキャッキャ話をしていることもない、みんなスマホをいじっている。正確に言えば小声でヒソヒソと前後のやつと話してるやつはいたが、そこはまぁ入り込む余地がないのでノーカン。


 俺がだいぶ最後の方に入ったみたいで、席についてすぐ担任がドタドタとやってきた。


「はい! どうも、今日からみんなの担任を務めます、高瀬泰たかせやすしですー」


 見た目が完全にゴリラな先生がどうやら俺の担任らしい。後から聞いた話だが、年は29歳。独身。

K應卒というのが唯一の自慢らしく、確かに話を聞いてる分には面白いのだが、人間的魅力には少しばかり欠けてしまうゴリ――。先生だ。


「えっとじゃあ、入学式まで時間もないのでね。先に軽く自己紹介だけしてっちゃおうか!!」


――軽く自己紹介。


言い換えると、『てめぇのアピールポイントをまとめにまとめた渾身こんしんの一撃をかませ』ということ。難易度はパズドラでいったら『地獄級』くらい(近藤談)。


 こういうのが始まるときはいつも名前順の最初からで、ア行の野郎共がつくづく不憫ふびんでならない。

後の方がある程度の感覚をつかんでやれるので、笑いなりなんなりが取りやすいからな。


案の定今回もあいうえお順に自己紹介がスタートしていき、それぞれが各々の紹介をしていく。友達欲しさにバカをする奴が何人かはいそうなもんだが。

定石でいくなら『誠実』をアピっておくのが一番無難に済むわけだが、それが許されるのはある程度の『コミュ力』と『顔面偏差値』を有した人間だけ。いいかえると俺には許されてない。やれやれ。


オレも必死にネタを絞り出して準備をするが、


何も出てこない。


中学時代の? ネタと言えば、、『中一の夏休みに』とか?

ダメだそんな品のない事しょっぱな言えるわけがない。絶対嫌われる。


「部長をやっていた『バドミントン部』で練習中に『糞部長』と後輩からののしられてました!! みんなよろしくね!」 

いやいやいくらなんでもあり得んだろう。つかこれは単にイジメられんぞ。


こうやって思い返してみると……俺ってつまんねぇな……。


わけのわからん着地点に降り立って勝手にえそうになる。

「はいじゃあ、次の子!!」


「あ、え? あっ、はいっ」

気づけば俺の番に。ヤバい。なんも考えてない。


席を立って周りを見渡しつつ、必死に考える。なんかおもろいこと……!!


「えっとー、どうも! 近藤晃です! 中学時代はバドミントンやってて、部長もやってました!! あ―っと、『』って呼ばれてました!よろしく!」


 

――終わった。開幕数分で詰んだ。


よりによって自虐じぎゃく。しかも笑えねぇやつ。

「僕中学の頃はナメられてたよ!」って声を大にして言ってるようなもんじゃないか。


しかも何よりキツかったのが、ダダ滑りということ。マジで死にたい。

シミュレーションでウケなかったのなら妥当な反応ではあるのだが、

それにしてもまぁなんとも……『哀れ』な。



あっれぇ……?おかしいな……青春を送るはずだったのに……。

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