一年生 春

第2話 入学初日。


 2012年4月、俺は高校生になった。


入学祝で両親に買ってもらったおニューの『iPhone 4s』をポケットに、

俺は通学路の道を行く。


 高校から自宅までは電車・徒歩の時間含めて40分ちょっと。途中、東急田園都市線とうきゅうでんえんとしせんの『鷺沼駅さぎぬまえき』で急行電車に乗り換えればもう少し早く着くわけだが、人生で初めて経験するいわゆる『通勤つうきんラッシュ』なるものは俺の想像をはるかに超える大変さであった。それゆえ、急行電車で毎日通うという見積もりはやめて、『各駅停車かくえきていしゃ』で通うという設定のもと、計算をしている。この計画なら、余裕をもって家を出ることが出来るから。というのもあるが。


 今日は自宅の最寄もより駅でこれから同じ高校に通う友達と待ち合わせをしている。

初日の緊張きんちょうと、遅刻をして早速浮くのだけはゴメンだったのでどうにも早く集合場所についてしまった。時刻はまだ7:30、集合時間より10分早い。


すると、


「おっすー」


同じ黒の学ランに、ぴかぴかのローファー。そして右手にはきっと入学祝で買ってもらったのであろうスマホ、と言っても俺とは違う『Android』。


そう、こいつが待ち合わせをしていた友人だ。

名前は本町翔次もとまちしょうじ


元々こいつとは別の中学だったが、たまたま通っていた塾のクラスが同じということでちょいちょい話をするくらいにはお互いを知っている。

まぁ正直言って、これといって仲が良いということではない。ウマが合うということでもない。

ただ『』、これだけは避けたいという気持ちが双方にはあったのだろう、利害一致りがいいっちという形での一時的な同盟どうめいのようなものだ。


「お、ういっす」


 軽く言葉を交わしたのち、改札を超え、さっそく電車に乗り込む。

車内は通勤中のサラリーマンに、俺らと同じ学生でギュウギュウだ。

特に本町と会話をすることもなく、二人ともずっとスマホに視線を落としていた。

 時々顔をあげては窓から見える風景をなんとなしに見つめる。車内の空気は過密かみつすぎる状況からしていいもんではなかったが、

車窓しゃそうからうかがえる光景はすごく新鮮しんせんに感じられた。これから三年間同じ景色を見続けると考えてもだ。


電車を降りて、俺と本町は高校への道のりを再び徒歩でいく。そのあいだも、特に目立った会話があるわけではない。

「クラス同じかなー?」とか、「部活何入るよ?」とか。

他愛たあいのないテンプレ的な質問の応酬おうしゅうで時間は過ぎていった。


――そして、


見えてきた。

あの門だ。


俺があの日、『居場所』を感じたヤド高の門がもうすぐそこにある。

門の入り口右側には『57期生入学式』と大きな立て看板。

ついに来たんだ。嘘じゃない、俺はこれからここに通える。


ウキウキする気持ちを抑え、スカしたような、どこか気取ったような態度をよそおって平然へいぜんと門をくぐる。


「入学おめでとーう!!!!」

「バスケ部募集してまーす!! あ、マネージャーも!」

「オラァ! ハンド部入るやついねぇのかコラァ!!」


――門を通り抜けた《しゅんかん》、全てが違った。

それまでの新入生たちがそわそわしながら歩いていた、それなりに静かな感じとは全くもって真逆まぎゃくの、まさに『』の一文字がなにより似合う雰囲気ふんいき

いや、もはや『戦争』なんて極端な表現をした方がいいのではないだろうか。

一年生が歩く列に左右両方向さゆうりょうほうこうからの洗礼せんれい、これがか。


 入学式のつるピカ一年生たちは、在校生ざいこうせいである先輩たちにとって格好の勧誘かんゆうの的だった。ヤド高は運動部よりも文化部の方が盛んで、こと『ギターアンサンブル部』に関していえば、全国で金賞で取るほどのレベル。

その功績こうせきもさることながら、なにより『行事のヤド』なんてあだ名を周辺地域の人からつけられるくらいに、お祭り事がトップクラスに盛んな学校でもある。


 そう、今日だってお祭りだ。

朝いちばん、こんな時間帯からギャーギャー大騒ぎできるのも『ヤド高』たる所以ゆえんなんだろう。


俺と本町は勧誘の波に揉まれつつ、一年生のクラスが入っている四棟、学校の一番奥手にある校舎へ向かう。

 絶え間ないビラ責めから、「入らねぇと――‼」というようなただの暴言まで。

ありとあらゆる方向からとかく新入生を獲得しようとする先輩方の熱意を斜に構え、『スカし』てかわす。


ノリがいい奴ならこの段階で既に幾人か友達が出来そうなもんだが、ごあいにく、

俺はそんなタチじゃあない。矛盾するかもしれないが、『目立つ』ことが好きか嫌いかと聞かれれば好きではあるんだけどな。



さりげなく紙一重の躱しを連発させた俺は、やがて4棟前へ。

後ろには本町もしっかりっている、

お前もか……。

お前も『スカし』を使いこなすのか本町……。


まぁいい、というか重要なのはこの後だ。


高校生活の最初を占う『クラス分け』、気が合う奴らがいればいいのだが。





さぁ。俺はいったい何組になるのかなぁ。



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