笹の葉有希ソディ
結崎ミリ
笹の葉有希ソディ
午後十六時二十五分。涼宮ハルヒと彼を除く人物が旧館にある文芸部室へ存在していた。 その人物は私、朝比奈みくる、古泉一樹の三人。
「どうしよう…キョンくんが風邪で寝込んでしまいました」
朝比奈みくるが困惑した表情で声を震わせえていた。
「困りましたね」
その動作に呼応するように古泉一樹が応える。
「未来からの指令で、今日どうしてもキョンくんに三年前の過去へ行ってもらわないといけないのに」
未来人である彼女は一定の間隔で彼を未来からの指示に誘導しなければならない。それが未来人側の規定事項に該当するからである。だが今回はその規定事項から逸れた事態が起きている、そう彼女の表情と焦りから推測するのは容易だった。
「長門さん、あなたなら何とかなるのではないでしょうか」
古泉一樹が私に視線を向ける。彼の提案はおそらく正しい。
彼は機関という組織においても優秀な部類であり機転が利くことから、涼宮ハルヒの監視を命ぜられている存在であるように予測できるところが大きい。今回のイレギュラーにおいても彼だけが冷静に物事の分析、そして解決策を見出していた。
「できないこともない」
「本当ですか?」
「本当」
私は彼らの提案に応じることにした。
「ありがとうございます、長門さん」
「いい」
私の言葉に彼女は視線を逸らしながら答える。
「では、さっそく過去に、三年前に案内します。あたしに捕まってください」
「その必要はない」と私は首を横に振り、拒否の動作を取る。
「え?」
「未来人の時間跳躍は不完全なものであり多少のリスクを伴う」
「そ、そうかもしれませんが、では長門さんは完全な状態で時間跳躍ができるんですか?」
彼女の言葉は未来人側において当然の疑問であるが、その疑問に対して詳細に答える必要はない。手段と経過が重要ではない。今回の事例で必要なのは、結果だけ。
「そもそも今回の問題に時間跳躍は必要ない、同期する」
私はその場で眼を閉じ、彼女に同期の申請をした。時間にして二秒。申請は承諾され、行動を起こす事となる。
だが行動をするのは私ではない。
それを行うのは同期を承諾した彼女。三年前の七月七日に存在する私。
「同期は完了した。後は三年前の私次第」
三年後の同一個体である私から指示を受けたことにより、ある場所へ、ある時間に向かう。その場所に立っていた人物に私は話しかけた。
「朝比奈みくる」
その人物は何故私、長門有希がこの場にいるのか不思議でならないような、それとも予測していた規定事項とずれが生じたことによる焦りか、
彼女は驚愕の表情をしていた。
「あなたが…どうしてここにいるのですか?」
彼女は高校生である朝比奈みくるの更に未来から来た同一個体、高校生の朝比奈みくるに指示を与えていると思われる人物。
この彼女とは二度目の接触になるが、私にとって彼女も高校生の朝比奈みくるも同一個体である。情報に多少の差異があるだけ。
私は彼女の疑問に答える事とした。
「本来ここへ来るはずの人物は彼であるが、何らかの時空間の変動によりそうはならなかった。原因は不明であるが、おそらく私のようなヒューマノイドインターフェイスと近い存在からの干渉であると推測する」
私の言葉を聞くと、彼女は五秒ほど身体を硬直させていたが、その後、一つの溜息をもらした。
「そう…ですか。でもそうだとするならキョンくんがこの時間軸に来ることがその人達にとっては必要のないこと、邪魔な存在と認識されたということでしょうか」
「そうとは言い切れないが、可能性は極めて高い。朝比奈みくる、未来から来たあなたは既に知っていることであるが、私が十二月十八日にエラーを起こし涼宮ハルヒの力を用いて世界を改変することは規定事項である。私の予測では、あなたがこの時間軸に彼を誘導した本当の理由がそこにある。世界改変後の修復手段として」
彼女は口に手を当て鼓動も早くなり、動揺の表情を見せていた。この反応、特に高校生朝比奈みくるとの変化はない。私は彼女らしい、と感じた。
眼を閉じ、ひとしきり考えをまとめたように彼女は告げる。
「……この時間の私にはあなたに対して何もできません。その言葉の意味することへの肯定も否定も。それがこちらの、未来人側の規定実行だからです」
「構わない。あなたはあなたの選択を取ればいい」
予想された答えであった為、私も予め決めておいた言葉を発した。
「今回はイレギュラー因子が多く、他の時間軸においても彼がこの時間この場所へ来ることは困難であると推測。私がここへ来ることに制限は設けられていなかった為、今回に限り私が行動を取る事にした」
「ただし、結果のみに限ってはあなた達未来人から求められるものと同様でなくてはならない。すなわち、ある一定のタイミングにおいて情報操作を試みる必要があると判断。十二月十八日の世界改変に関する事象が関わる為、情報統合思念体に承諾を求めることは不可能である。私は私の意思でここへ来た」
私は二秒ほど間を持たせて、こう結論付ける。
「彼の代わりに私が全ての行動を行う」
私の言葉の真意を確かめようとしているのか、それとも未来側の指示を待っているのか、彼女は眼を伏せ数秒間口を開かないでいた。
時間にして約十二秒。
彼女は私の眼を見て、決意したように、発する。
「わかりました。あなたに全てお任せします。あなたが言うのならそれがこの時間軸の規定事項となり得るのでしょう。涼宮さんの手伝いをしてあげてください」
「了解した」
「ですが、本来はキョンくんが彼女の手伝いをして、ある言葉を彼女に告げる、それが必要な事象になります。この時間軸に置いて最も重要視される事象がその二つなんです。あなたではその内一つしか、いえ、もしかしたらどちらも達成することができないかもしれません」
「問題ない」
彼女の真摯な決意は私にとってさほど意味を持たない。必要なのは手段や経過ではない、結果のみである。
「様々な情報操作により、三年前の私を涼宮ハルヒは七夕の日が終わりを迎える0時00分を持って、涼宮ハルヒの記憶では彼と認識されるよう改竄を行う。本来このような手段は用いることは禁則に該当するが、今回は特例」
無機質な言葉。それが彼女にとってどう映ったのかは不明だが、彼女は一言、
「わかりました。後はあなたにお任せします、これを」
彼女から一枚のメモを受け取る。その後、朝比奈みくるは背を向け歩いていった。
彼女から受け取ったメモにはある言葉が記載されていた。
これは鍵である、私はそう認識した。
東中学校。
そこにいたのは、三年前の中学生涼宮ハルヒだった。
「あなた」
私は彼女を呼び止めた。
「なによっ」
涼宮ハルヒはこちらに気付く。
「なに、あんた?もしかして誘拐犯……ってわけでもなさそうだけど、怪しいわね。」
「あなたこそ何をしている」
「決まってるじゃないの。不法侵入よ。ちょうどいいわ。誰だか知らないけどヒマなら手伝いなさいよ。でないと通報するわよ」
私はこくりと頷いた。
彼女は鉄扉の内側に飛び降りて、かんぬきを固定していた南京錠を開けた。鍵を持っていたらしい。
「隙を見て盗み出したの。ちょろいもんだわ」
涼宮ハルヒは校門の鉄扉をゆっくりスライドさせて、私に手招きをした。
正門を入ると隣接したようにグラウンド、その向こうに校舎が建ててあった。
涼宮ハルヒは運動場の端の方まで一直線に全身すると、体育用具倉庫の裏へと私を誘導する。錆のついたリアカーに車輪付きの白線引き、石灰の袋が数袋用意されていた。
「夕方に倉庫から出して隠しておいたのよ。いいアイデアでしょ」
自慢気に口にした涼宮ハルヒは自分の体重ほどありそうな粉袋を荷台に積み込み、取っ手を持ち上げた。少し危険。
「交代をする」
「んー、うん。そうね」
涼宮ハルヒは協力態勢を仰いだ私にいくつかの指示をなげた。
「あたしの言うとおりに線引いて。そう、あなたが。あたしは少し離れたところから正しく引けてるか監督しないといけないから。あ、そこ歪んでるわよ! 何やってるのよ!」
私は涼宮ハルヒの指示のもと、十五分ほどグラウンドを歩き白線を引いた。
これが東中学にて噂となっていたという謎のメッセージの正体。
私が描いた模様をしらじらと眺めて黙り込む涼宮ハルヒ。彼女は私の横に立つと白線引きを取り上げた。微調整のように線を加えながら、
「ねえ、あなた。宇宙人、いると思う?」
「いる」
「じゃあ、未来人は?」
「いる」
「超能力者なら?」
「いる」
「異世界人は?」
「あなたが望むなら」
「ふーん」
涼宮ハルヒは白線引きを投げ出し、ところどころを粉まみれにさせた顔を肩口で拭った。
「ま、いっか。それ北高の制服よね」
こくり。
「あなた、名前は?」
私は朝比奈みくるから受け取ったメモに記載された言葉。そう、彼女の残した鍵はこの瞬間に告げるものであると、私は推測し、確定情報とした。
「ジョン・スミス」
「……バカじゃないの」
「匿名希望」
「ふん」
涼宮ハルヒは下唇を噛んで横を向く。
「この絵はなに」
「見れば解るでしょ?メッセージ」
「織姫と彦星宛」
「どうして解ったの?」
「七夕だから。あなたと似た行動を取る人物に心当たりがある為そう予測した。」
「へえ? ぜひ知り合いになりたいわね。北高にそんな人がいるわけ?」
こくり。
「ふーん。北高ね……」
涼宮ハルヒは思惑げに呟き、数秒の沈黙を持たせた後、次にきびすを返した。
「返るわ。目的は果たしたし。じゃね」
事象の完遂を確認。私の役割はここで終了。
三年後の私へ同期する。
三年前の私からの同期を承認した私は行動の完遂を確認した。
「了解した」
「あ、あのう…なにが了解したんでしょうか」
朝比奈みくるが不安げな表情で尋ねる。この時間軸では私が初めに同期を開始してから二十七秒経過している。朝比奈みくる、古泉一樹からの視点では、私は三十秒に満たない時間、ただ目を閉じていただけにしか映っていなかっただろう。
「事象は全て完了」
私は彼女らへ三年前に起こった状況の説明を行った。
朝比奈みくる、古泉一樹は終始信じられないという表情であったが、最後に
「わかりましたぁ。何から何まで、ほんとにありがとうございます」
「さすがは長門さんですね」
各々の反応を見せていた。
彼の病気は一定時間のみしか効果を発揮しないものだった。私が治療をすることが困難な未知の病原菌であったが、ある一定時間を過ぎた段階で治療は容易なものへと変化した為である。病原菌を彼に忍ばせたインターフェイスの目的は私の予測したものと同義であったと確信。彼を動けないようにする為、その一点のみにあった。
その後一日で彼は回復をした。
回復をして部室へとやってきた彼に、私は状況を説明した。そしてあの言葉を彼に預けることにする。
「もしあなたが何かに困った時、あなたが言わなければいけない。『ジョン・スミス』それがもう一つの鍵」
「なんだそれは、欧米でありふれたような名前だな」
彼はその名前を本気で疑問に感じていたようだった。
「それともう一つ」
「まだあるのか」
私は朝比奈みくるから受け取ったメッセージ、そのもう一つの部分を彼に伝える。
「もしあなたが突然、一人で夏の夜の部室に来ることになった時、甲陽園前公園のベンチに向かい、朝比奈みくるを探すこと」
「朝比奈さんがそこにいるのか、何故そんなことになるのか理由を教えてくれ」
「いずれ解る、信じて」
彼は額に手を当て目を瞑り、一つの溜息をもらした。
「ああそうだな、オーケーだ。お前がそう言うんだ、いずれ何かの役に立つ時が来るんだろうよ。覚えておくさ」
これで百パーセント。私があの朝比奈みくるから頼まれたこと、そして全人類の、私をも含む未来を変えるかもしれない鍵を、彼に託すことができた。
そう思い至った瞬間、私の口元はこう告げていた。
「ありがとう」
笹の葉有希ソディ 結崎ミリ @yuizakimiri
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