曲がり角で美少女にぶつかってから始まる物語

人間の触覚

3話 水は循環する

 いきなりで訳が分からない。去りゆく景色は、彼女は、そんな俺を待ってくれない。

 物理の法則にしたがい、ただ下へと落ちていくだけ。上は青く下は赤い。風は髪をなびかせ、重力は俺を引っ張る。全身で感じる『落ちる』という感覚。これが『人殺し』だ。


 俺は新たなる世界へと落ちる誘われる


 落ちる

落ちる

 落ちる

落ちる

 落ちる
















 落ちた。


 衝突。星が瞬き新たなる世界が始まった。


「いててて………って。え?」


 物凄いデジャブを感じる。もしくは既視感。上は青、下は灰色、目の前にいるのは、気を失っている1人の女子生徒。


 


 えぇっと、確か、俺は走っていた。そしてこの曲がり角で彼女とぶつかった。走ったらぶつかった。ただそれだけだ。


 俺は彼女から得体のしれないものを感じた。整った顔立ちに俺の趣味にどストライクな黒髪ツインテール、目に映っているモノが恐怖を滲ませる。


 何かやってはいけないことをやってしまった。失敗した。根拠のない罪悪感が俺の心を暗く染める。滲んだ黒の絵の具がじわじわと全体へと広がり明るさを削っていく。






 『あんた、人殺しだからね』








 腕時計を見ると2本の針が8時25分を示していた。やばい、時間がない! どうしてこんなに時間が経ってるんだよ!? ってそんなの気にしてる場合じゃない! 急がないと遅れる!


 俺の脳が、遅刻した場合確実に俺は目立ってしまうという答えを一瞬で導き出した。目立つとは即ち、即ち……まあとにかくぼっちにはつらいことなんだ! とにかく走れっ!










 8時29分、俺は自分の席に着いた。ギリギリだ。俺が席に着くと同時に先生が入って来て、出席をとり始めた。


「あ?  斎藤 沙都は休みなのか……連絡来てなかったけどな」


 斎藤……沙都? 誰? あ……え?


 突如浮遊感が俺を襲う。落ちる。落ち続ける。空を落ちる。天を落ちる。滝を落ちる。流れ落ちる。


「あの~、あなたですよねぇ~?」


 俺は落ち……


「え?」


 ここは空でも天でも滝でもなく教室、目の前にあるのは青でも赤でもなく、膨らんだ白い制服だった。艶やかな黒髪がその両脇を流れ落ちる。


「あなたですよねぇ~? 今朝、私とぶつかったの」


 間延びした声なのに、思わず冷汗が首筋を流れ落ちるような凄みがあった。


「斎藤 沙都さん、出席っと」


 俺は先生のその言葉で、彼女が斎藤沙都であることを知った。


「ちょっとぉ、来てくれませんかぁ~? 責任、とってくれますよねぇ?」


 俺は彼女に逆らえなかった。川を水が流れるように、俺は彼女という川の流れに逆らえなかった。


 目立つとか、朝のホームルーム中に抜け出したら先生が起こるんじゃないか? とか、いろいろ思った。だが俺の意識の大半は、彼女に向けられていた。

 彼女の存在感は俺にとってはまるで呪縛、彼女以外の全てはまさしく背景であった。


 俺は彼女に流されて、屋上へと続く扉の前までやって来た。流れの終着点がこの先、屋上。根拠ない自信、俺の本能がもうすぐ川が終わることを感じ取っていた。

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