松は抜いたけど……。
琴野 音
それも日常
今日は居間で盆栽を弄ろうとしていた。
だけど、それはもう叶わない。
僕のお気に入りの松の盆栽は、昨日妻が鉢から抜いて捨てたからだ。だから今は、気持ちを癒すために愛犬と戯れている。
「ワン!」
クリスは、お利口に膝の上でテレビを見ている。それを撫でながら僕はミステリー小説を読んでいた。
エアコンのせいで喉が乾いたのか、クリスはケージに戻って水分補給。その隙をついて、僕の膝の上にモゾモゾと入り込むレナ。
「ふしゅんっ!」
クリスより大きくて真っ白な耳を擦り付けてくるレナは、満足げに鼻を鳴らす。
大きな身体は体温も伝わりやすく、抱っこしていると暖かい。しかし、戻ってきたクリスに見つかり、悲しそうな眼差しを受ける。
「ほら、くーちゃん様が戻ってきたぞ。どきなさい」
「く~ん……」
レナを膝の上からどかせると、クリスはすかさず僕の膝に乗る。縄張り争いはクリス先輩が優先なのだ。
居場所を失ったレナは、仕方なしといった様子で僕の背中にもたれ掛かる。さして重くはないが、この前後の圧迫感。
不意に、レナが僕の耳を舐め始めた。
「こら、やめなさい!」
それでも止めないレナを引き剥がそうと踠くと、膝の上のクリスも目を輝かせた。
「わぷっ、くーちゃん、遊んでるんじゃないからっぷは!」
後ろから耳を舐められ、前から口を舐められ……尻尾を振るな。怒れないだろう。
気が付くと、クリスは疲れてケージに帰ってしまっていた。寝たのか?
僕を押し倒すように身体をスリスリしてくるレナは、クリスに僕を取られていた寂しさを全身で表現していた。
「わふっ!」
「わかったわかった。落ち着きなよ」
それでも、興奮したレナはのしかかったまま顔や身体を擦り付けてくる。綺麗な毛並みの頭を撫でると、やや満足そうな表情をしていた。
「可愛い可愛い」
「ふーんす」
やっと手に入れた僕との時間。レナはぎゅっと抱きついたまま離れそうもなかった。
その時だった。
「ただいまー」
ま、まずいっ!
玄関から足音が近づき、障子が音を立てて開く。
「お、おかえり。真琴」
「兄さん……玲奈姉さん。何してんの?」
居候中の妹からドン引きされながら、僕とレナは正座する。
「いや、これはだな……」
「私が盆栽捨てちゃったから、お詫びに……コスプレというか」
言ってから犬耳を外す妻。
真琴はゆっくりと障子を閉めながら姿を隠していく。
「そういうの、私がいない時にしてよね」
パタン。
この日の夕食は、とても気まずいものとなった。
松は抜いたけど……。 琴野 音 @siru69
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