第130話、エクセンブラ俯瞰図
考え事をする時は、一人の方がいい。
ただ静かに、没頭する。
みんなで一緒に考えることもあるけど、こういう時だって必要なんだ。
私たちはエクセンブラの街をホームにして、ここで様々なことを計画してる。
街を見ると具体的なイメージが出てくるし、地図上で俯瞰するだけでもイメージは湧きやすい。
自室で一人で考え事をする時には、こうしてよく地図を眺める。
この街の全体像を見ると、四角っぽいような円のような、そんな形をしてる。
魔法文明の賜物である長大で頑丈な外壁に囲まれた都市は、高度に発展を続けて人口も急増中だ。
街の周辺には草原が広がってるし、北東には大森林もある。湖や河だってあるし、地下水も豊富でとても豊かな土地だ。まぁ、環境のことは今はいい。
今考えてるのは縄張りのことだ。シマ、ともいうわね。
エクセンブラの縄張りは、小さな下部組織のことは別にして五大ファミリーの区分けで見れば、大雑把に分かりやすく説明できる。
それは行政区も含めれば、ケーキを六等分したような形になるんだ。
もちろん、街は完全な円形じゃないし、等分といっても実際はかなり歪な形だけどね。あくまでも大雑把にだ。
街を六等分した北は行政区に当たる。
ここは裏社会から見れば、どこのシマにも属さない空白地帯だ。手の出せない空白地帯だけど、今あるのは行政の関連施設だとか高級住宅地があるくらいだから、手を出す意味はあんまりない。棲み分けは必要だし、行政区と本気でやりあおうなんて考える裏社会の組織は少ない。ウィンウィンの関係を築くことがベストだからね。
ただ、もったいないことに行政区は未開発な土地が多い。かなりの土地余りといってもいいわね。特に端っこの方は、その傾向が顕著に表れる。だからこそ、闘技場なんてバカでかい箱モノが造れるわけなんだけど。
ま、とにかくここだけは縄張り争いもないし、割と平和な地区ってことだ。
続けて行政区から時計回りに、マクダリアン一家、クラッド一家、ガンドラフト組、蛇頭会、アナスタシア・ユニオンが支配する地区になってる。
綺麗に分かれてるわけじゃないし、緩衝地帯や中立地帯なんてのもあるけど、大体の位置関係はそれで説明できる。
マクダリアン一家は、キキョウ会にとっての目の上のたんこぶ。分かりやすい明確な敵だと言える。
敵対してる理由はいくつもあるけど、まずはなんといってもウチはマルツィオファミリーを始めとしたいくつもの奴らの下部組織を滅ぼしてるし、そのシマを奪ったんだからね。こっちとしては売られた喧嘩を買っただけなんだけど、奴らにそんな理屈は通用しないだろう。
以前の総会でも戦闘隊長をジークルーネがボコボコにして、奴らのメンツを潰したこともあった。
ちなみに、大昔にクラッド一家から分離したファミリーで、その時の遺恨が今でも尾を引いているらしいって噂だ。
クラッド一家は、現在の五大ファミリーの中でも、エクセンブラの中に限ってみれば最も力のある組織と見られてる。
総合的には武力でも資金力でも、頭一つ抜きん出てるんじゃないかと私も思ってる。
奴らはとにかく金稼ぎが上手い。表でも裏でも手広くやってるし、安定して莫大な財を築いてる。政財界にも親交が深いし、単純な裏社会の組織の枠には収まらない存在ね。シノギを得る手段が多様かつ膨大なんだ。
そしてなぜかキキョウ会に友好的でもある。ウチがマクダリアン一家と敵対してるからか、奴らの傘下であるブルーノ組と親交があるからか、特にトップのバルジャー・クラッドは良くしてくれる印象がある。デルタ号の購入資金も出してくれた縁があるわね。
ガンドラフト組は、分かりやすい悪党ってイメージの組織だ。
こいつらはまず、金に汚い。強請、集り、恐喝、地上げ、詐欺、麻薬、売春なんかをメインに荒稼ぎしてるらしい。あとは殺しと人身売買にも力を入れ始めてる。もちろん、それを可能とする暴力も大好きで、徒党を組んで街中であろうと平気で暴力を振るってるらしい。こいつらはエクセンブラで最も嫌われてる奴らだろう。
キキョウ会とは、シマが全然違う場所にあるから、これまでに表立った関わりはない。何となく嫌われてそうな気はするし、裏では色々とちょっかいかけられてるみたいだけど。
蛇頭会は、ガンドラフト組がさらにヤバい方面に特化したような組織だ。
恐喝、麻薬はもちろん、窃盗や略奪、レコードカードの偽造、誘拐ビジネス、人身売買、果ては殺人の請負なんかにも平然と手を染めてるそうだ。ヤバいわね。ガンドラフト組が嫌われ者なら、蛇頭会は恐怖の象徴のような存在だ。
秘密主義で組織構成や人員なんかも、イマイチ判然としなかったらしい。本来なら、エクセンブラで最も手ごわいのが蛇頭会なのかもしれなかったけど、勝手に脱落して、今は組織として虫の息だ。
奴らの本部は外国にあるから、弱体化したここにも放っておけばやがては応援の人材が送り込まれてくるだろう。私としては、その前にエクセンブラからは完全に消滅すると思ってる。復活を黙って許すほど、他の五大ファミリーは甘くないはずだ。
アナスタシア・ユニオンは獣人を中心とした組織で、女性を蔑視する風潮がそもそもないし、幹部にも女性が少なからずいるらしい。
蛇頭会と同じように、エクセンブラにあるアナスタシア・ユニオンは支部でしかなく、本部は外国にある。支部とはいえ、五大ファミリーに数えられるほどだから、全ての規模はどれほどになるのやら。
実は表の看板も立派なもので、世間的には蛇頭会みたいなダーティーなイメージがあんまりないらしい。圧倒劇な武力を背景にした組織だけに、中には要人警護に特化した部門もあるとかで、大きな商会や国家の首脳なんかにもコネがあるんだとか。計り知れないわね。
特徴的なのは、個人の戦闘力を重視した超武闘派であること。戦闘狂の多いキキョウ会メンバーとは、気が合いそうな連中が揃ってそうではある。
そして現時点では五大ファミリーの中でも、最もキキョウ会と友好的な組織になる。組織同士での繋がり自体はないんだけど、トップである総帥とその妹、特に妹ちゃんとは友人関係を築いてるからね。
そして我がキキョウ会はといえば。
クラッド一家の支配する地区に隣接し、マクダリアン一家が支配する地区を食い破るようにして存在してることになる。マクダリアン一家から見れば、敵視されるのも当然よね。
今、一番熱い注目を受けてるのは行政区だけど、それにはキキョウ会も関わりがある。
エクセンブラの北東、行政区にあたる場所だけど、そこはまさに莫大な金を生み出す闘技場の建設予定地なんだ。
そしてなんと、キキョウ会が支配するシマに隣接する場所でもあるんだ。この場所をとってるキキョウ会の影響力は、今後は想像以上に大きくなるだろう。
街の中で重要な組織といえば、行政や五大ファミリーの他にはギルドの存在がある。
どれも世界各地に繋がりを持つ巨大な組織だ。
世界のことはいいとして、エクセンブラに拠点を構えるギルドの状況も、それぞれで問題を抱えてるらしい。
ギルドはいくつもあるけど私たちが関わってる代表的なところでは、商業ギルド、傭兵ギルド、建設ギルド、治癒師ギルド、冒険者ギルドになるかな。
商業ギルドはちょっと前までは混乱状態にあった。
派閥間の対立で、理事であるジャレンスがハメられるなんて事件もあったわね。
現在は窮地を脱したジャレンスが、キキョウ会の後ろ盾と資金をもってして、敵対派閥に逆襲してる状況らしい。ギルド内での発言力も大きくなって、キキョウ会としても頼りになる存在だ。
様々な商取引のサポートをしてるギルドだから、なくてはならない重要な組織でもある。
傭兵ギルドは兵士の肩代わりを引き受けてくれるギルドで、今のエクセンブラだと盗賊狩りを専門にやってるような状況だ。
まだレトナークが健在だったころは、エクセンブラ守備隊の規模が小さいせいで、常時行政に雇われてるような感じだったみたい。だけど、レトナークが自滅した今となっては、戦争もないし、魔獣退治は冒険者がやってるし、街の中も裏社会が仕切ってるしで、盗賊相手くらいしか出番がないんだとか。
盗賊は人が多く集まるエクセンブラ周辺にはよく出没するらしく、そっちでの稼ぎは結構あるらしいけどね。
キキョウ会としては、元傭兵のメンバーの繋がりで、情報を中心にやりとりがある。個人的にも悪い印象は特にない。
建設ギルドはまさに我が世の春を謳歌してる、高度経済成長のような恩恵を受けてるギルドの筆頭だ。
次から次へと舞い込む建設ラッシュ。新規のもあれば建て替えもあるし、街道の整備やら街の拡張計画やら、人手が足りないほどの嬉しい悲鳴だ。
キキョウ会も建築班を作ったし、その恩恵を少しは受けさせてもらおうと思ってる。
治癒師ギルドは、その名の通りに治癒魔法使いを統括するギルドだ。
人類の医療を一手に担う、極めて重要な能力を持った魔法使いの集まりでもある。
エクセンブラの治癒師ギルドは、特権意識なのかエリート意識なのか、とにかくいけ好かない連中が多い印象ね。私も一度揉めてるし。
キキョウ会の顧問に就いてるローザベルさんとコレットさんは、治癒師ギルドでもかなり高い地位に居たはずなんだけど、しがらみが面倒になって逃げてきた経緯もある。
まぁ、キキョウ会は独自に雇ったり育ててる治癒師がいるし、私が薬魔法のエキスパートだから、今後も関わり合う必要は特にない。ないんだけど、色々と画策してることもある。
そして冒険者ギルド。ここはなんといっても、人気が高い。
冒険者になって名をあげれば、誰だってヒーローみたいになれるし、一種のアメリカンドリームみたいな夢を実現させてくれる組織でもある。そんな夢を見る人たちが世界中にいるんだ。人気が高いのも頷ける。
人気があるってことは、人が集まるってこと。それはすなわち金が集まるってことでもある。金が集まるところには、ろくでもない奴も集まってくる。それはどこであっても変わらない。そんなわけで、常に問題が絶えない組織でもあるんだ。
私は個人的には冒険者ギルドにはあんまり縁はない。以前に手紙を届けてもらうために依頼をしに行ったくらいか。
昔は冒険者って職業に少しだけ興味はあったけど、今の仕事をしてる以上は今後も特に関わりはないだろう。
エクセンブラの冒険者ギルドの状況はといえば、実はあんまり良い噂を聞かない。
昔からそうだったんじゃなくて、少し前に商業ギルドでやってたみたいな上層部での権力闘争があってかららしい。
それでちょっと前にギルド長に就いた奴。これがまた胡散臭い奴で、色々と脛に傷を持ってそうだとはジョセフィンの弁。不良冒険者の跋扈もあるし、冒険者ギルドには気をつけておかなければならないかもしれない。
ギルドは他にもいっぱいあるけど、私が関わって来たのはこんなもんかな。
主要なギルドだと、他には鍛冶師ギルドとか新聞ギルドとか色々あるみたいだけどね。
最後は武力の代わりに資金力で影響を及ぼす勢力、商人たちだ。こいつらもなかなか侮れない勢力だ。
キキョウ会としては、ウチでやってるカジノの常連になってる上客とか、ジャレンスを介して知り合った金持ちとかに知り合いがいる。
最近だとサラちゃんの学校関係で新たに知り合った連中もいるわね。
商人たちは個人個人での資金力ももちろんあるけど、特に注目すべきこととしては、横の繋がりが強いってこと。
重要な情報の連携には隙がないし、油断もなく目敏い。私兵を雇ってることもあるし、金にものを言わせて貴重で強力な魔道具を持ってることだってある。
所詮は個人、と思って甘く見てはならないってことだ。まぁ、私たちは敵対する商人を容赦なくぶちのめしてきたこともあったけど……。それでも舐めてはいない。
ただ、個人であるからこそ与しやすくもある。
例えば、奴らはとても現金だ。奴らが欲しがるような材料が何か一つでもあれば、取り込むための交渉はかなり楽に進められる。その点、私の魔法適性が物凄く活きるんだ。
回復薬の有用性については疑いようがないけど、微妙に痒いところに手が届かないケースもある。そういうケースにこそ私の魔法は活かし甲斐がある。
知り合いの金持ちに頼まれて作ったことがある、いくつかのある効果を持った魔法薬。これらは連中にとっては、喉から手が出るほど欲しい物だそうだ。
この魔法薬の開発は、今現在の世界において、私だけしか実現できたことはないらしい。世の中にあふれるインチキ商品とは違うホンモノだ。これぞ珍くも便利な魔法適正とイメージ力の賜物ね。
私はこれを広くあまねく世間にもたらそうなんて、ちっとも思わない。これは交渉材料として、凄まじい威力を発揮するからだ。
キキョウ会の味方に付く、そして魔法薬の存在を闇雲に口外しない。誰かに教えたい場合には、それがキキョウ会にとって有益な相手かどうかを慎重に見極めなくてはならない。こういった特に難しくない条件だ。
そうした条件を守るだけで、正しく魔法の力の薬を得られるとすれば?
長年の悩み、コンプレックが解消されるとなれば?
あとは実に簡単だ。そして定期的な魔法薬の投与が必要となれば、相手はまず私とキキョウ会を裏切らない。条件は限定されるけど、とても便利な道具だ。
さらには男性諸氏だけじゃない。
私の魔法薬は女性にも絶大な人気を獲得できる。
その効能は、女性にとっての様々なお悩みを解決に導いてくれる、まさに魔法のお薬だ。
美容に関する多種多様な薬は老いも若きも区別なく人気があるし、女性特有の体調に関する薬だって用意できる。キキョウ会は女の巣窟だから、様々な悩みを抱えた実験体には事欠かない。私自身でも色々試すことはあるしね。
それでもってピンポイントで悩みの解決に特化した魔法薬を作れるのなんてのは、例によって私だけだ。世の中には似たような魔法薬はごまんとあるけど、効果は微々たるものがほとんどらしいからね。私のを使ったら、そりゃもう元の薬を使う気にはならないだろう。
これもまた、金持ち商人の女主人、奥様、娘さんにまで、幅広い支持を受ける。それでもキキョウ会にとって有益な相手にしか渡さない取引材料だ。
もちろん、魔法薬は取引材料の一つにすぎないし、暴力に頼った方が効果的な場面なら素直にそうする。それに真っ当に対等な交渉によって成り立つ関係だってある。
まぁ、とにかく商人との付き合い方も色々だってこと。
あとは行政区を司る貴族と役人なんかも力を持ってる連中だけど、そこはまぁいいだろう。今のところは組織としても個人としても関係は特にないし。
どこの街でもそうだろうけど、様々な利権や思惑によって、情勢は刻々と変化する。
なるべく多くの味方を作って、臨機応変に対応できる力を付けていかなければならいないってことよ。
地図を俯瞰しながら、改めてそう思うのであった。
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