第131話、お仕事のおさらい 前編

 晩夏の残暑が厳しい今日は、また仲間が増える良き日となった。

 空調の魔道具が効いた本部の中は快適で外の暑さは関係ないし、外出しても外套の温度調節機能があるから、やっぱり私たちにはあんまり関係ないけどね。

 とにかく、そんな中で本部を訪ねてきたのは待ち人だ。


 本部でジークルーネやフレデリカたちとで出迎えた。

 彼女から一通りの話を聞いた後で、改めて歓迎の意を伝える。

「よろしく頼むわよ、マーガレット。期待してるわ」

「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします!」

 キキョウ会への加入を一旦保留にしてた広報担当予定のマーガレットが、ついにキキョウ会入りを決断してくれたんだ。厳密にはまだ見習いだけど、きっと大丈夫。

 思ったよりも時間がかかったんで、なにか問題でもあったのかと思いきや、そういうわけじゃなかったらしい。よかったよかった。


 なんでも、身辺整理をきちんとやってたらしく、その辺に時間がとられたんだとか。

 まぁ、裏社会の組織に属しようとするんだ。そういうのはキッチリとやっといた方がいいだろう。

 マーガレットはならず者じゃないし、この街に知り合いも多いだろうからね。そういうケジメの付け方は好感が持てる。


「ユカリ殿、せっかくだ。今日はマーガレットの紹介がてら、皆の仕事の様子を見学してもらったらどうだろう?」

「ええ、ぜひそうしてください。本部の中も情報統括室以外でしたら、どこでも見てくださって構いませんので」

「それはいいわね。マーガレット、今日は時間ある?」

「大丈夫です。今日から骨を埋めるつもりで来ましたから」

 こっちからそこまで求めるつもりはないけど、いい覚悟だ。



 じゃあ、まずは事務班からかな。ちょうどそこにみんないるし。

「どんどん紹介していくわよ。最初はざっと紹介するだけだから、追々覚えていって。まずはここが本部の事務室で、そっちで仕事してるみんなが事務班の所属になるわ。トップはそこのフレデリカで、向こうで鬼気迫る顔で仕事してるのがフレデリカの副官でエイプリルよ」

 こっちを気にしてたらしい若衆たちが軽く挨拶を送って来た。マーガレットも新入りらしくそれに応じるけど、一人一人の紹介は時間もないし、また今度ね。


 事務班はフレデリカを頂点の本部長として、副本部長にエイプリル、事務局長にソフィがいる。

 そこに所属する若衆もだいぶ増えたことで、今はより業務を細分化して効率を上げることにしてる。完全な縦割りってわけじゃないけど、適性に応じて専門性を考慮したというかね。事務班の幹部が上手く考えてやってくれてるんだ。


 例えば数字に強い人は経理事務をメインに担当するとか、人事とか購買とか総務とか渉外担当とかにチーム分けして効率よくやるってことだ。

 そうすると、自然にリーダーシップを発揮するのが現れて、能力を伸ばしながら将来の幹部候補に育っていく。

 このままキキョウ会が大きくなれば、将来的に部門を増やしたりひょっとしたら組織を分割するなんてことも考えられる。そうなった時に育った人材が役に立つようになる。


 それから事務班は情報班と並んで、キキョウ会でも一番忙しい部署だ。

 ありとあらゆる事務的な仕事を丸投げしてるし、事務といって一言では言い尽くせない仕事がある。

 基本的な書類の作成やら処理やら整理やらは当然だし、書類といっても商業関連だけでも見積書とか請求書とか納品書とか契約書とか、とにかく書類仕事は種類も量も山ほどある。定型の書類だけじゃなく、方々と手紙のやりとりだってあるし。


 経理もあるから金の管理とか帳簿の管理とか、そっちも大変だ。

 他にも交渉事とか来客対応とかもあるし、デスクワークだけじゃなくて色々な仕事が盛りだくさんなんだ。

 さらには体力や戦闘力を落とさないよう、訓練も欠かさないようにさせてるし、単なる事務職とは言えないハードな部署であることは間違いない。


 うん、自分で言っててなんだけど、事務班ってハードだわ……。



 負担をかけ過ぎな事務班を心の中で慰労しながら、次の紹介に移る。

「えーっと、次は地下に行こうか。本部の地下は訓練場になっててね、ウチのメンバーの誰かが常にいるような感じかな。マーガレットもここで長い時間を過ごすことになるかもね」

「地下に訓練場ですか? あまりイメージできませんが……」

 今日はグラデーナとゼノビアが地下に篭ってるはずだ。他にも時間のある連中が付いて行ったみたいだし、今頃はアップも終わって激しくやってる頃だろう。


 一度表に回ってから地下に入ると、激しい戦闘音がすぐに聞こえてきた。

 階段を下りて目に映る光景は、いつもの訓練風景だ。訓練とは思えない気合を互いに叩きつける。

「うおおおおおおおおおおおっ!」

「でりゃあああああああああっ!」

 巨大な剣を軽々と振り抜くゼノビアと、それを軽々と受け流すグラデーナ。一瞬の間もなく反撃に移って攻防が逆になるけど、それも同じように防がれて、また攻防が逆になる。繰り返しだ。

 練習は本番のように、本番は練習のように。それを体現する気合いの入った訓練風景だ。


 固唾を飲んで見守る若衆と、それ以上に言葉もなく呆気にとられるマーガレットと一緒にしばらく見守る。

 身体強化魔法のみを使った戦闘力は、なかなかいい感じに拮抗してる。これは訓練も捗るだろう。二人とも楽しそうだし。


 さらに激しくなる戦闘は、互いに防御よりも攻撃に重点が置かれたものに変わる。少々の被弾は外套の防御力に任せた強引な戦法だ。こういう戦い方も練習しておかないと、本番じゃできないからね。いいことだ。

「おら、おら、おらぁっ! おああっ、取った!」

「くおおっ、まだっ」

 不意を打ったグラデーナの蹴りから、横なぎの一閃がゼノビアの胴体に吸い込まれる。

 一瞬だけ遅れたゼノビアも、グラデーナの横腹に力のこもった一撃をカウンター気味に叩きつけた。

 ほぼ相打ちだ。


 威力の高い一撃は外套の防御力でも衝撃を殺せず、両者に血反吐を吐かせる。

「ごほっ、ごほっ、や、やるじゃねぇか、ゼノビア。また腕を上げたか?」

「そ、そっちこそな、ゴハァっ! ふぅ、ふぅ、今日は、ここまでにしておこう」

 あちこちに怪我を負ったらしい二人がへたり込むと、若衆が回復薬とタオルを渡してやってる。


 それが済むと二人の気合いに当てられたようにして、すぐに若衆も熱のこもった訓練を始めた。

 剣戟に雄叫びと悲鳴、そこらじゅうで血反吐を吐いてるし、手足が折れたり潰れたりもしてる。中には部分的に切断してしまう事故も発生してる。

 重傷を負っても即座に回復薬を飲んでケロッとして、それで休むでもなく訓練を再開する。

 頭のおかしいレベルでの本気の訓練だ。臆する様子もない。だけど、だからこそウチは強い。


 刺激が強すぎる光景かなと思いきや、マーガレットは真剣な顔で見入ってる。

 何を考えてるのかは分からないけど、ネガティブな印象じゃなさそうね。

 そんな様子を見てると、グラデーナとゼノビアがこっちに近寄ってきた。

「今日からウチに入るマーガレットよ。グラデーナ、ゼノビア、よろしくしてやって」

「おお、こいつか! 元ジャーナリストで、元冒険者だって話じゃねぇか。今夜は色々話を聞かせろよ?」

 激しい訓練の後にも関わらず、もう元気なグラデーナだ。

「ああ、この前言っていた人だな。よろしくな、マーガレット。あたしも少し前に入ったばかりだから、お互いに頑張ろう」

「はい、ゼノビアさん。グラデーナさんもよろしくお願いします!」

 笑顔で挨拶をするみんな。ウチはあんまり気難しい人はいないからね。そういう意味じゃ、付き合いやすい連中ばっかりだ。

「グラデーナはキキョウ会の副長代行をやってもらってる姉御肌の女よ。あんたも頼りにしていいと思うわ。それからゼノビアは、さっき本人も言ってた通りに、まだウチに入ってから間もないわ。仲良くやって」

 雑談しつつ若衆の訓練をもう少し見てから外に出た。



 地下訓練場の息苦しさもあってか、外の空気が妙に気持ちいい。少し休憩しようか。

「ちょっと屋上に行こう。ウチの屋上は庭園になってるから、なかなか見応えあるわよ」

「あ、それはいいですね」

 ウチの空中庭園はちょっとした自慢なんだ。ぜひとも見てもらわねば。今の時間ならリリィもいるだろうし、ちょうどいい。


「あらあら~? そちらは~、どなたですか~?」

 屋上に入った途端に、目ざとく声をかけてくるリリィ。ざっと紹介してから一緒にお茶をすることに。

「そういうわけで、このふんわりしてるのがオーキッドリリィ。みんなはリリィって呼んでるわ。この庭園を造ってくれたのはリリィだし、エレガンス・バルーンの庭園をほぼ一人で造ったのも、このリリィなのよ。他にも個人的な研究施設を持ってたりするわね」

「あの究極の花屋さん、エレガンス・バルーンを一人でですかっ!? 凄いです! それにこの屋上も!」

 あそこは今となっては観光名所になってるからね。知ってるのは当然だ。マーガレットは職業柄、ある程度の知識もあっただろうけど、リリィがそこまで重要な役割を果たしてたとは思わなかっただろう。

「えへへ~、それほどでも~」

 空中庭園を気に入ったらしいマーガレットに褒められまくって、リリィも上機嫌だ。


 和やかに話してると、マーガレットがふと気になったらしい、ある物体に目をやってるのが分かった。まぁ、当然と言っちゃ当然だけど、気になってるみたいね……。

「あ、あの彫像はもしかして、ユカリさんですか?」

 いつもそこにあるからか、もう私はすっかり気にしなくなってたアレのことだ。マクダリアン一家から贈られた、私にそっくりな彫像。いざ誰かに指摘されると微妙な気持ちになるわね。

「……うん、まぁ。贈り物なんだけど、置くところがなくてね。さあ、そろそろ次に行くわよ」

 説明するのも億劫なんで、適当にごまかした。まだまだ紹介するところはあるからね。



 本部の中は暇な時にでも見てくれればもう十分。

 外に出て目の前の稲妻通りもウチのシマであることを紹介しつつ、六番通りに移動する。

 私よりもエクセンブラに長く住んでるマーガレットに、今さら街の説明をする必要はない。ここには何度も来たことがあるみたいだしね。とりあえずの目的はウチの支部だ。


 見回り中の戦闘班がいないかなと思いつつも、出会わずに到着する。

「ここがキキョウ会の支部よ。見ての通りに一階じゃ食堂を営業してて、上の階は本部と同じように事務室とか住居があるわ。地下はカジノをやってるけど、来たことある?」

「取材も兼ねて一度だけ。他とは全然違って、綺麗で居心地のいい場所だったのは印象的でした」

 うんうん。ウチのスタッフはみんな優秀だからね。始めた当初から、ずっと稼ぎも評判も上々なんだ。

 少しだけ中に入って、警備室で待機中の戦闘班に紹介したり、上の階に上がって同じく待機中の人員にも紹介を済ませた。

 ついでに他のカジノとか新規の建設予定地とかの説明もざっと済ませると、食事に向かうことに。



 やってきたのはお馴染み、王女の雨宿り亭だ。

 最近じゃ昼間にソフィはいないけど、それでも人気は変わらずに高い店だ。それもやっぱりソフィを慕うスタッフたちの頑張りのお陰だろう。

「ここもウチの店よ。来たことは?」

「実は何度か通りかかった際に入ろうとはしていたのですが、いつも満員で入ったことはなかったですね」

 なるほど。今日も満員ぽいけど、キキョウ会の外套を羽織った私は例外だ。関係者特権で用心棒用の席に座れるし、事情を知ってる街の人が文句を言うこともない。


 白亜の壁に赤いバラの絡まった見事な外観の店に入ると、すぐに用心棒のために常備された席に通される。

「よぉ、ユカリ。今日は外回りか?」

「こっちの新人を案内してるところよ、ポーラ。前に話したマーガレットだけど、今日から来てくれることになってね」

「おお、そうか! あたしはポーラってんだ。第五戦闘班の班長なんてやらされてるが、あたしに畏まることはねぇぜ。若衆ともどもよろしくな!」

 強面だけど味方には優しい女だ。ボニーといいグラデーナといい、強面だけど優しい女は若衆を含めても結構多い。敵からすれば怖い存在だろうけど。

「今日もシャーロットは研究に専念?」

「あいつは新人のみかじめ徴収に付き合ってるぜ。研究と訓練だけじゃ、シャーロットの奴も息が詰まるだろ」

 戦闘班は人数も増えてるし、全員で纏まって行動してたんじゃ効率が悪い。今はこうして六番通りを担当してる中でも役割分担をしながら、見回りとか用心棒とかみかじめ徴収とか色々やってるみたいね。


 戦闘班が普段やってることをポーラと班員の若衆に聞きながら食事をしてると、どうやら用心棒の出番がやってきたらしい。

「この野郎! そっちがぶつかったんだろうがっ」

「てめぇこそ、小せぇことで騒ぐんじゃねぇよっ!」

 客同士の喧嘩らしい。すぐに収まる様子もなく、罵り合いはヒートアップを続けてる。店や従業員に対して何かをしようってことじゃないみたいだけど、迷惑なことに変わりはない。

「ウチの店で揉め事なんざ最近じゃ珍しいな。観光客か?」

「ポーラの姉さん、あたしらで話つけてきます!」

「おう、任せたぜ。うるせぇから取り敢えず黙らせて来い」

 喧嘩くらいどこでもあるし、珍しいことじゃない。だけど、キキョウ会が直接仕切ってる店の中でこういうことが起こるのは最近じゃ珍しい。

 マーガレットもどうするのかと興味深そうに行末を見守ってる。


 ポーラから任された若衆たちが迷惑な客を取り囲むと、威勢の良かった喧嘩腰の客は余計に気に障ったのかさらに喚く。

「なんだオラッ! 舐めてんじゃねぇぞ!」

「ちょっと! 店の中で喧嘩は困るよ、お客さん」

 周りの客も迷惑そうだけど、ウチのメンバーの登場に少しだけ目が輝いたのはなんとなく分かった。期待されてるみたいね。

「うるせぇ! 女はすっこんでろ!」

「邪魔すんじゃねぇ! 女が何様のつもりだ!」

 いきり立つ客は横やりを入れられてもっと腹が立ったのか、標的を変えてウチの若衆に掴みかかってしまった。

 勢い良く動いたせいでテーブルが倒れて皿も割れる。ただでさえ迷惑なのに、手を出されちゃもう客でも何でもない。それに器物損壊のおまけつきだ。


 一応は穏便に追い出そうとしてた若衆も心得たもの。

 手を出され、店の物が壊された瞬間に鬼のように豹変する。

 掴まれた腕を力づくで引きはがすと、今度は首を掴んで締め上げた。

 客だった二人は同じように黙らせられて、強制的に店の外に連れていかれる。これからちょっとした制裁と弁償金と迷惑料を搾り取られることだろう。


 実際、キキョウ会の力を見せつけるって意味では、時折こういうのは起こってもらった方が都合は良い。

 住民にとっちゃ何事も起こらないのが一番だけど、抑止力ってのは実感をし難いものだし、力の存在を誇示する機会は偶にはあった方がいいんだ。

 キキョウ会のありがたみを知ってもらうのが、ウチにとっての利益になるからね。

 まぁ、自作自演までするつもりはないけど。

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