第129話、当たりハズレの戦利品

 大量の本を抱えて本部に戻った私は、さっそく夜なべをして買った本を読み漁った。

 一晩じゃ全部に目を通すことはできないし、例の白紙の本だけは開かなかったけどね。


 読みはしなかったけど、勉強家の私は『ウィスタリアの書』のウィスタリアがなんなのかは調べることにした。

 結論から言って、私は知ってた。なんで分からなかったかと言えば、私が前に読んだ本とは綴りが違ってたんで気が付かなかったんだ。それに突拍子もなかったってのもある。

 ちなみにウィスタリアは歴史上の超有名人。おとぎ話の類で誰でも知ってるレベルの伝説だし、ちょっと勉強した人や研究者ならその功績が計り知れない程だってのも常識だ。


 ウィスタリア・フォーリング・ロードとは、千年以上前に実在したとされる大魔法使いだ。人類史上、魔法を極めた唯一の人物であるとされる。

 七つの階級に分けられた、第一級の魔法使うことができたのは、後にも先にもウィスタリアだけしか記録にはない。

 大きな功績としては、まず魔法の階級、第一級から第七級を定義づけた元祖とされる。その他、刻印魔法の発見や魔導鉱物の史上初の精製など多岐に渡る。 ウィスタリアが発見や開発した秘儀は、まだまだ知られていないだけで、他にも数多く存在するとも推測されてる。


 彼または彼女の存在があったからこそ、魔法には第一級が存在すると今でもなお信じられ続けてるんだ。ウィスタリア以外は誰一人として使うことができていないのに。今となっては本当にあるかすら確かめることもできないのに。

 それでも人々は、特に魔法に詳しい学者を中心に根強い支持がある。そうでなければ、第二級魔法こそが、第一級魔法と定義し直されていたとしてもおかしくない。


 物凄い人物ではあるんだけど不思議な人でもあって、魔法関連の功績に関する記録は長い歴史の中で数多く発見されてるんだけど、プライベートなことは一切不明な人物でもある。名前以外には外見的特徴も、性別すら分かってない。名声に比して、極めて謎多き人物だ。


 ま、ウィスタリアのことはともかくとしてだ。

 重要な問題があるんだ。とても、とても重要な事実を、私は知ってる。


 それは伝説の大魔法使いウィスタリア自身が記したとされる書物のことだ。その存在自体は歴史書の中では散見されるものの、未だに見つかってないという極めて重要な事実を。


 私が手に入れた『ウィスタリアの書』と、かの有名人であるウィスタリア・フォーリング・ロードが関係あるかどうかは不明だ。中身の検証ができないしね。まぁ、このことは忘れよう、うん。

 一応、魔道具マニアのフレデリカにだけは、こっそりと見せてみたけど、なんですかこれ? なんて言って、ただのボロい古本としか認識できないみたいだった。



 キキョウ会でのフリーマーケット熱はまだまだ冷めない。

 今日も暇を見つけてはみんなして見に行ってるらしいし、娯楽に飢えてるのかもしれない。

「今度こそ掘り出し物の剣を探しますよ!」

 ロベルタは剣に思い入れが深いのか気合い十分。相棒のヴィオランテとヴァレリアまで誘って、探しに出掛けて行った。

「わたしたちも行ってきます。こういう機会でもないと、なかなか珍しい魔道具は手に入りませんから」

 フレデリカも魔道具マニアの仲間と一緒に、何かないかと漁りに行くらしい。

「わしらも行くぞ! 先を越されてはならん!」

 バイタリティー溢れるローザベルさんも負けじと魔道具を漁りに行った。あの人も魔道具や魔法薬に目がないみたいだしね。


 単純に買い物をしたい人たちは楽しそうだけど、出店組はなにやら神妙な様子だ。

 オフィリアとかアルベルトたちが中心になって、連日出店スペースを確保してるらしいんだけど、どうやら売れ行きが悪いらしい。

「やっぱり中古品はあんまし売れないな」

「同じような店が多いしな。もう少し目立つように工夫が必要じゃないか?」

「中古品よりも、もっと手作りの品を目立たたせるようなレイアウトに変えてみるか」

「よし、みんなを呼んで一緒に考えよう。このままじゃ終われねぇぞ!」

 試行錯誤しながらやってるらしい。これはこれで楽しそうね。若衆も混ざって作戦会議をしつつ、出掛けるみたいだ。


「ちょっといいですか会長。古書店があったって聞きましたけど」

 お、読書好きの娘か。

「いくつか見掛けたわね。私が買ったのは希少な古語で書かれた本だけど」

「古語、ですか。普通の古本でいいのですけど、そういうのはないのでしょうか」

「あったわよ。あんたの好みに合うかどうかは分からないけど、どうせだから見に行ってみたら?」

「そうですね、では空き時間に行ってみます」

 面白そうな本だったら貸してもらおう。


 キキョウ会でも連日に渡って、なにを買っただの売れただのとの話で持ちきりだった。

 こうして数日に及んだフリーマーケットは大盛況で幕を閉じた。



 さて、ここで面白い買い物の成果があったのは見逃せない。

 期間も出店数も多かったフリーマーケットでは、それなりの掘り出し物もあったらしい。それを見事に手に入れたのが、キキョウ会にもいたんだ。


 幸運に預かったのは、まずはロベルタだ。

「どうですか、これ! 魔剣ですよ、魔剣! カッコいいでしょう!?」

 彼女が買ってきたのは、魔剣と称するインチキ臭い剣だった。鞘と柄はいかにも魔剣っぽい、黒と赤で塗られた雰囲気重視。おもちゃみたいな作り物感が満載。模様も偽物の刻印魔法っぽい図柄があるし、装飾品もどこか安っぽい。

「なんだそりゃ? それが魔剣だって?」

「あははっ、面白いの買って来たね。え、冗談じゃなくて?」

「おい、ヴィオランテも止めてやれよ。どう見てもありゃ偽物だろ」

 鞘から抜いてみれば、刀身は意外にもシンプルそのもの。片刃の長剣は美しい白銀で魔剣っぽい感じはどこにもない。鞘や柄とのギャップが激しい剣だ。

 得意げに買ってきたロベルタだったけど、思いっきり馬鹿にされてたのはちょっと可哀そうなほどだった。


 ところがどっこい。

「いや、待て。刀身をもう一度見せろ。これは……フレデリカ、ユカリ、ちょっと見てくれ!」

 目利きのできる人は見逃さなかった。重要なのはシンプルな刀身だ。

 これには魔導鉱物が少量しか使われてないから、一見すると評価が低い。だけど、これの見るべきところは刃先なんだ。

 微妙に色味の違う刃先。これは鉱物じゃない。多分、魔獣素材。それもそんじょそこらにいるような魔獣の素材じゃない。

「これ、刃先が鉱物じゃないわね。フレデリカ、鑑定できる?」

「やってみましょう」

 フレデリカが鑑定してみたところ、未踏領域にしか存在しない強力な魔獣素材を使った逸品であることが分かった。

 鞘や柄は問題外なのに、これは一体どうしたことか。これは恐らく、刀身とは別に後からしつらえられた物なんだろう。余りにも釣り合わない。

「どうですか! やっぱり魔剣ですよ、魔剣!」

 ロベルタは分かってなかったみたいだけど、偶然にも業物を手に入れたことになる。いや、刀身を見てから最終的に決めたとするなら、偶然とも言い切れないか。ただ趣味の問題か、鞘も柄もそのままにするらしいけどね。

 そういや、クラッド一家の用心棒雲切りが使ってる剣も、未踏領域の魔獣素材だったはず。そういう意味でも、希少さが理解できるはずだ。さすがに同じレベルじゃないだろうけどね。



 そしてやっぱりというか当然というか、掘り出し物を探し当てたのは、鑑定魔法使いたるフレデリカだった。

 買ってきたのは趣味の悪い首飾りと指輪で、普段使いにはとてもできそうにない。ずいぶんとまた特殊な形状の物ね。

「……なに、この気持ち悪いの」

 だって、銀の首飾りは鎖の部分が人骨を模した形だし、ペンダントヘッドは悪趣味なことにリアルな心臓を模したルビーでできてるんだ。指輪には苦しみもがく猿の顔みたいなのが彫刻されてるし、呪いのアイテムにしか見えない。

「こ、これはあくまでも魔道具としての価値を見出してですね、決してわたしの好みのデザインというわけではっ」

「で、どんな力があんのよ?」

 慌てるフレデリカが面白くて、少しからかってから意地悪っぽく聞いてみた。


 取り乱すかと思いきや、気を取り直したように得意げに語り出す。これだからマニアは。

「いいですか、この首飾りは相当な掘り出し物ですよ。これを身に着けていれば、誰でも第五級相当の火の魔法を行使することができます。回数制限はありますが、まだ何回かは使えるはずです。それにこの指輪は苦痛を軽減する効果があるようです。どちらも安値で手に入れられるはずのない物なのです」

 デザインが特殊なせいか、込められた魔法の力や貴金属と宝石の価値に比べれば、捨て値も同然で投げ売りされてたらしい。その後にも、クドクドと長ったらしい説明が続いて辟易した。

「分かったわよ。研究の成果が出たら、また今度教えなさいよ」

 まぁ、フレデリカはあくまでも研究用に買ったんであって、普段使いにするつもりは最初からなかったんだろう。こいつの指には私が前にあげた、魔法の力を上昇させる指輪がはまってるしね。結構似合ってるし、そこに猿の指輪なんか追加しないで欲しい。なんとなく。



 私が注目した掘り出し物はこんなところ。

 逆に一番の外れを引いたのはローザベルさん。大枚はたいた割には、バッタもんみたいのを掴まされて少し落ち込んでた。

「わしのような慧眼をもってしても、こうなることはあるんじゃぞ。だから若いお前たちも気を付けるようにな」

 一番大損してるくせに、妙に偉そうだった。ウチは若いメンバーの方が堅実ね。


 魔道具や高価な武装を買い漁るなんてのは、一部のメンバーだけで、若衆は生活用品とか古着とかをメインに買ってたらしい。

 フリーマーケットの中古品なんて、ほとんどが底値みたいな値段で買えるから、まだ手持ちの少ない若衆は大いに楽しんでたみたいね。


 冷静に考えると、一番頭のおかしい金の使い方をしたのは間違いなく私だ。

 ちなみに、いくら使ったのかは誰にも言ってない。

 でも、私は金持ちだからいいの。痛くも痒くもないし、本は楽しかったから!

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