第127話、ブロマイドの思い出

 サラちゃんの学校での事件から数日が過ぎて、騒ぎもだいぶ収まってきた。

 有力者の子息が集まる学校だから、責任問題やらなにやらで相当に揉めたらしいってのは聞いたけどね。そりゃそうだろうけど。

 とにかく、一連の騒動の決着もついて、めでたく学校は再開の運びとなったわけだ。


 事件の詳細については、私は聞かなかった。サラちゃんが巻き込まれた以外に、キキョウ会が関わるような事件じゃなかったってことだけの確認に留めたんだ。余計なことを抱え込むつもりはないからね。

 情報班はちゃんと顛末を聞いて裏取りまでやってるらしいけど、そこは役割ってものがあるし、ジョセフィンとオルトリンデに任せてる。なにか必要なことがあれば私にも教えてくれるだろう。


 不安の残る学校生活だけど、警備体制の見直しと人員の確保は、即時行われたと喧伝されてる。

 安全が担保されたと思わなければ、登校なんてさせられないからね。危なくてしょうがない。

 そんな中、サラちゃんは今日も楽しそうに登校していった。

 まだ子供だけど、肝っ玉の据わった強い子だ。


 そんでもって、学校の理事長をはじめとして、幾人かの保護者からは礼状が届いた。

 あの後、学校から保護者や関係者向けに事件の顛末の説明があったらしく、我がキキョウ会の迅速な対応によって事が済んだと説明されたらしい。大層感謝されていたと、説明会に参加したソフィからは教えてもらった。


 保護者にはエクセンブラの有力者が多いけど、思いがけずに縁を結ぶ機会ができてしまったんだ。

 礼状にはこれを機会にぜひ親睦をなんて、書かれてるのがほとんどだったから、キキョウ会との繋がりを持っておきたいと思ってるんだろう。それは構わないし、こっちとしても使えるツテが増えるのは歓迎だからね。



 人の繋がりは大事ってことで、今日は旧知の間柄で親睦を深めることにした。

 馴染みのトーリエッタさんからのお誘いがあったんだ。久しぶりだし、こっちも断る理由はない。

 大所帯でやるんじゃなくて少人数でってことで、こっちは私とヴァレリア、それにシャーロットを連れていく。


 シャーロットの刻印魔法は、キキョウ会の武装の飛躍的な性能向上に貢献してくれてる。

 ただ、刻印魔法を施す仕事と研究の方が忙しくて、本来の第五戦闘班の副長としての役目が十分に果たせてないってのが、彼女の悩みだそうだ。いつかやる予定の組織の再編に際しては、その辺もちょっと考えないとならないわね。


 今夜の親睦会は新たな熱意を燃やすトーリエッタさんが、シャーロットと仲良くなりたい思惑がある。私はその手伝いみたいな感じになるかな。

 刻印魔法は対象物に効果にちなんだ特定の魔法の刻印をするから、私たちの戦闘服を作ってる職人がそれをデザインに取り込みたいなんて話があったからね。

 あとはもう一人、トーリエッタさんがゲストを連れてくるらしい。誰か知らないけど、それは楽しみにしておこう。


 待ち合わせ場所は最近できたらしい、中央通りの洒落たレストランだ。いつもは食堂か酒場ばっかりだけど、偶にはこういう所もいい。

 ヴァレリアとシャーロットを侍らせてレストランに入ると、すでにトーリエッタさんは到着済みだった。

「待たせたみたいね。それと、あんたは……」

 トーリエッタさんの横に座る、もう一人の相手だ。見覚えがある顔ね。

「時間ピッタリですよ、ユカリさん。こちらは知り合いですよね?」

「どうも、お久しぶりです! マーガレット・ゲリンです! あの、覚えていらっしゃいますか?」

 思い出した。いつかの雑誌社のインタビュアーだ。

 あんまり人を覚えるのが得意じゃない私だけど、なかなかインパクトのある人だったし覚えてる。インタビューの報酬に《悪姫》のブロマイドも貰ったし。

「お姉さま?」

「あんたたちは初対面よね。この人には以前、雑誌社でインタビューを受けたことがあるのよ。その時以来の再会だけどね」

「インタビュアー、ですの?」

 まぁ、私も疑問に思う。なんでインタビュアーがここに?


 取り敢えず立ったままじゃなんなんで、まずは座って注文を済ませた。

 そして改めてマーガレットがいる理由を聞いてみる。

「ふたりが知り合いとは思わなかったわ。意外な取り合わせね。今日は取材?」

「いえ、取材なんてとんでもありません! 今日は、たまたまトーリエッタに誘ってもらいまして」

 なんでも、マーガレットはキキョウ会の外套を作ってるブリオンヴェストのことを調べ上げて、取材に行ったことがあるらしい。その時以来、意気投合して友達付き合いが始まったんだとか。

「へぇ、そんな巡り合わせもあんのね。じゃあ今日は取材抜きで、友達として楽しもうか」

「そうしていただけると嬉しいです。でも、実は今、失業中でして……たはは」

「失業中? じゃあ、クビになったってこと?」

「ち、違いますよぉ。雑誌社が倒産してしまいまして。今でも一応、フリーの記者をやってはいるのですけど。そのぉ、稼ぎもあまりないので、記者を名乗るのは自分でもどうかと……。失業中が正当な評価ではないしょうか」

 うーん、なんかいきなり世知辛い話になったわね。

 たしかに、人が多く集まるエクセンブラは競争だって激しい。小さな雑誌社が淘汰されるなんて、普通に起こり得るわね。


「マーガレットさん? 卑下されることはありませんわ。フリーでも記者は記者。ウチの会長を取材すれば、少しはメシのタネになるのでは? どうですの、会長。ご縁もあるようですし」

「お姉さまの活躍をかっこよく書けば、活路は開けます」

 まぁ、別にいいか。私自身の縁もあるし、トーリエッタさんの友達なら悪いようにはしない。

「そうね。前のあんたの記事、悪くなかったわよ。取材くらいで良ければ協力できるわ。ま、今日はともかく、後日ね」

「みなさん……ありがとうございます。あ、わたしのことは、どうぞマーガレットとお呼びください」

 涙ぐむマーガレット。この程度、恩を売ったとも思わない。いい記事を書いてもらえば、こっちにだって利益はあるんだし。

「さてさて、景気の悪い話はここまでにしようよ! さっそくなんだけど、シャーロットさん。刻印魔法の図柄について教えて欲しいんだけど」

 空気を換えたというよりも、自分の欲望に忠実なトーリエッタさんが、目的に向かってひた走ったという方が正解だ。



 結構、いや、かなりの時間に渡って、トーリエッタさんの質問攻めと、シャーロットの得意げな語りで時が過ぎる。

「…………というわけですの。刻印にはまだまだ未発見、あるいは改良やオリジナルの作製すら可能なのではないかと、わたくしは日々の研究に心血を注いでいるのですわ!」

「うんうん、素晴らしいよ、シャーロットさん! 今度、ウチの工房で刻印する素材から検証し直してみよう!」

「いいですわね! やはり金属や宝石、それも魔導鉱物の…………」

 こいつらの話は終わる気配がない。最初は私たちも会話に加わってたんだけど、もう付いていけない。


 ずっと続くハイテンションな会話に取り残された私とヴァレリア、マーガレットとで会話をしてるけど、自然とマーガレットのことを聞く流れになる。私とヴァレリアはお互いにずっと一緒だし。

「そういやマーガレット、あんた意外と身のこなしが良い気がするんだけど、気のせいじゃないわよね?」

「わたしも気になっていました。記者といえば、危険な取材もするからですか?」

 ジャーナリストは危険が伴う取材をすることもあるだろうし、しかもマーガレットは女なんだ。荒事に対処する術は、それになりに持ってても不思議じゃない。

「意外だってよく言われます。実はですね、こう見えても記者になる前は冒険者をやっていたのですよ」

「はあ!?」

「……想像できません」

 いや、さすがにこれは冗談か?

「そ、そんなに大層なものではありませんよ? 冒険者といっても、町の近所で採集とか弱い魔獣退治で小銭を稼いでいたくらいですから」

 え、マジな話なの?


 弱い魔獣の討伐だって結構危険な仕事だ。普通、野犬程度の脅威であっても十分に恐怖を感じるし、複数が相手なら下手すれば大怪我どころか死ぬかもしれない。異世界であっても、獰猛な魔獣を相手にするからには、それなりの強さがなくてはならない。


 ふーむ、よくよく見ると今でも鍛えてるらしいのは見て取れる。

 なるほどなるほど。悪くない感じね。

「……ちょっと身体強化魔法使ってみてくれる? 全力で」

「え、え、今ですか?」

「お姉さまは本気です。早くやってください」

 ヴァレリアも興味があるらしい。その言葉を受けてマーガレットもおずおずと魔法を発動した。

「ど、どうでしょうか? ユカリさんやヴァレリアさんの前でちょっと恥ずかしいですけど……」

 ふむふむ。なるほどなるほど。これは意外だ。

 はっきり言って悪くない。いや、キキョウ会の水準には全然及ばないけど、ウチの訓練を受けていない状態でこれなら上等だ。


 私は前から思ってたんだ。メディア対応とか広報をする役割の人間がキキョウ会には必要だって。表の事業の規模も大きくなってきたし、専任が居れば事務班や情報班の負担も軽くなる。

 今、ちょうどいいのが目の前にいる。

「決めたわ。マーガレット! 前にも冗談で言ったことがあるけど、あんた、ウチに来なさい」

 真っ直ぐに見据えて告げる。失業中だって言ってたし、タイミングもいいはずだ。ヴァレリアも私と同じ考えか頷いてる。

「え、え、えっ!? えーーーーーーっ!?」

「ちょっと、マーガレット、うるさいよ? って、どうしたの?」

 我に返ったトーリエッタさんが、驚きに固まるマーガレットを見て首を傾げる。続けてシャーロットも。

「そんなに大声を上げて、どうしたんですの?」

「マーガレットをキキョウ会に入れることにしたのよ。あとは本人次第だけど」


 簡単に誘ってはみたものの、実際のところは簡単に務まる仕事じゃない。

 広報ってのは、一番目立つポジションだ。世間の矢面に立つ、顔といってもいい。


 マーガレットがキキョウ会の顔になるに相応しいかといえば、はっきり言って今のままじゃ全然足りない。なにもかもが力不足だ。

 それに、確実に危険が伴う。今までの仕事とも比較にならないくらいに。ある程度の実力、なんてレベルじゃダメだ。一番目立つポジションにいる奴に、簡単に死んでもらっちゃ困るしね。


 だから不足を埋めてもらう。ありとあらゆる意味で。徹底的に。

 マーガレットのジャーナリストとしての能力は私には評価できない。でもメディア対応って意味でなら、プロの端くれなんだ。素人の私たちよりも少なくともマシではあるだろうし、期待してもいいはず。だからそこはいい。

 現時点での戦闘力としては、ウチの見習い中期くらいのレベルか。でも、元冒険者の知見はそこそこはあるかと期待できる。基礎と基本はあるから、ずぶの素人を鍛え上げるよりは遥かに楽だ。任せようと思ってる役割的に、ここは妥協できないから頑張ってもらうしかない。

 あと、キキョウ会の顔になるなら、それなりの格好ってのも大事だ。マーガレットはあか抜けない田舎娘って感じの野暮ったい女だけど、私が見る限り素材は悪くない。磨き上げればきっと見違える。


 時間はかかる。だけど、時間をかける価値はある。そう私はこの女を見込んだ。

 まぁ、この場で返事を急かすのも悪い。人生かかってるからね。

「……実はマーガレットってば、食事にも困るほどお金がなかったみたいで。それとユカリさんからメディア対応ができる人が欲しいってのは、何度か聞いてましたからね。ひょっとしたら、こうなるんじゃないかと思ってました」

 シャーロットをちゃんと紹介する代わりに、マーガレットを引き合わせてくれたわけか。その割には刻印魔法の話に夢中になって、こっちはほったらかしだったけど。まぁ、そこもトーリエッタさんらしいか。

「とにかく一度、ウチに来なさい。その時に、あんたに任せたい仕事内容とか、それに伴う困難も正直に伝えるから。あとは待遇とかも。それを聞いてから、じっくりと考えた上で、返事を聞かせて欲しいわね」

「は、はい、分かりました。近々、お邪魔させていただきます」

 私に誘われて驚いたマーガレットだったけど、彼女が乗り気なのはなんとなく分かる。前も冗談で誘った時には嬉しそうにしてたのを覚えてるし。

 今は平和な時期だけど、いつなんどき鉄火場に突入するのか分からないのが、こっちの世界なんだ。困難とリスクを正確に理解した上で受けて入れて貰いたい。



 不意に訪れた好機で、ついつい勧誘に熱を上げてしまったけど、その後は仕切り直しで別の酒場に場所を移して飲み直した。

 トーリエッタさんとシャーロットもその頃には落ち着いたみたいで、やっと普通の親睦会が成立できた。


 帰る際はおねむのヴァレリアと、同じく寝落ちしそうなシャーロットを半ば抱えながら帰る羽目になったのが誤算だったけど……。

 まぁ、楽しかったからいいや。

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