第126話、救助チームの末路
地下で捕まえた実行犯を簀巻きにして適当な教室に放り込んだら、あとは理事長とやらに挨拶だけして面倒なことは任せてしまおう。
ここは行政区にある学校の中なんだから、キキョウ会が出しゃばるべきじゃないだろうし。いや、面倒事から逃げるわけじゃないんだ。うん。領分ってのがあるからね。
まずはウチのメンバーに事態を収束させたことを伝えるため分散すると、私は最初に突撃した教室に戻った。
「お待たせ、片付いたわよ。そっちはなにもなかった?」
ヴェローネと若衆が守る教室には、まだ教職員がそのまま待機してる。
「大丈夫。さすがに色々と心配事はあるみたいだけど、修羅場の真っ最中だったのは理解してもらえたから」
聞き分けのいい大人たちで助かるわね。そうでなければ実力行使で黙らせてるところだったけど、やらずに済むならそれに越したことはない。
「あなたがキキョウ会の会長ですな?」
会話のタイミングを見計らって声をかけて来たのは身なりのいい紳士だ。見た目は壮年のおっさんだけど、結構な貫禄というか迫力がある。
「そうよ、私が会長の紫乃上。あんたは?」
「学園の理事長を務めるシュミットです。できれば二人で話がしたいのですが、よろしいか?」
へぇ、こいつが理事長ね。不躾な私の視線と態度を堂々と受け流す度量の持ち主らしい。
「……いいわよ。もう危険はないから他の人たちも自由に行動して大丈夫。ただ、各所に倒した敵がいるから、その片付けが先ね。ヴェローネ、一部の捕まえた敵は一階の空き教室に放り込んであるから、他のも同じ様にして集めておいてくれない?」
「じゃあ、さっそく。屋上の死体も回収しないと」
「あ、それと、校舎内での自由行動はいいけど、まだ建物からは出さないようにね」
「もちろん」
敵は不良冒険者だけじゃないんだ。裏切者がいるとするなら、この教室の中にいるはず。学校の教職員は、ここに全員が集められてるんだからね。ああ、最初から学校に来てない可能性もあるか。まぁどっちでもいいや。
ヴェローネは若衆と一緒に教室に転がってる不良冒険者どもを担ぐと、後始末に向かってくれた。それを機に教職員も動き出すと、私と理事長だけが残される。
「おあつらえ向きに二人になったけど、どうする?」
「いや、念のため移動します。こちらへ」
連れて行かれたのは一階の理事長室だった。賓客を迎える場合もあるからか、応接用の家具一式も整った広々とした部屋だ。それに調度品もさりげなく高級品が使われて品の良さも感じる。下品な成金趣味とは一線を画す趣味の良さは、私程度の見識でも理解できるほどだ。この部屋を見るだけでも理事長の有能さをなんとなく感じられる。まぁ、今回の一件を未然に防げなかった落ち度は大きいけどね。
歩きながらの間にざっと地下でのことを話すと、キキョウ会が関わった顛末もヴェローネたちからもう聞いてるらしい。
勧められた高級ソファーに腰掛けながら仕切り直して用件を聞く。
「まずは御礼を。ここまで迅速に事態を収めてくださったこと、一同を代表して感謝します」
「こっちが身内を助けるために勝手に仕出かしたことよ。礼はいらないわ」
これは本当。どうしてもお礼がしたいと言うのなら断りはしないけど、こっちから求めるつもりはない。
「助けられた事実は変わりません。付け加えれば、別の助けを待っていては逃げられていたでしょう」
それは地下の件か。間一髪、個人情報の持ち出しは阻止できたし、実行犯の確保もできてる。これは私たちが即座に動かなければ不可能だった。
行政区から要請を受けた救助チームを待ってたら、人質の救出はできたかもしれないけど、貴重な個人情報は確実に奪われただろうからね。それにサラちゃんもどうなってたか分からないし。
「それで、話ってのは? 地下で見た物のことなら、口外するつもりはないわよ?」
「不審に思われるのも無理はないですが、そちらは特に問題ありません。それよりも、もう少しだけご協力をお願いしたいのです。といっても、もうお察しいただているようですが」
裏切者のことね。誰も逃がさないように固めてるのは、さっき宣言したとおり。学校からは決して逃がさない。これは裏切者へのプレッシャーを掛ける意味でもあった。
「そのくらいならお安い御用よ。それで、誰か見当はついてるの?」
「地下への進入方法を知っている者は限られています。実行犯の尋問と合わせれば、特定は間違いなくできるでしょう。時間は掛けないつもりですので、それまでの間だけご助力願います」
「その程度でいいなら任せておきなさい。誰も逃がさないし、誰も中には入らせないわ」
逃がさないのはもちろんだけど、誰も入れないのも重要だ。失敗した時の口封じなんて、誰だって思いつく。助けに来たと称する奴が、実は暗殺者だったなんてことは簡単に想像できるからね。
「結構です。それではしばしお待ちください」
「待って。尋問するなら、ひとつだけ追加で頼むわ」
事件の真相だとかにはあんまり興味ないけど、ひとつだけ確かめたいことがある。
それはサラちゃんを攫ったのが、偶然なのか意図的なのか。あの子の魔法適正はソフィと同じく阻害魔法だから、別に貴重ってわけでもない。しかも、阻害魔法は適正があっても使いこなすにはかなりの習熟が必要だ。当然、サラちゃんも高度な魔法は使えない。
そんな少女を連れ去ったのが、偶然だったのか。それともキキョウ会と縁があるから狙われたのか。そこははっきりとさせておきたい。
「質問がいくつか増えたところで手間でもありません。伺いましょう」
よし、それだけ伝えたら、あとは理事長に任せよう。
それはそれとして、尋問なんかを理事長自らやるんだろうか。紳士の割には肝の据わってそうなおっさんだけど、まさかね。
理事長の用事が済むまでは、キキョウ会が学校の防備を固める。外側に対しても、内側に対しても。
我がキキョウ会の監視は極めて厳重だ。
目視での見張りはしてるし、魔力感知での見張りまで万全。幻影魔法の類で近づこうとしても、よっぽど高度なものでなければ見破れる。
正門に裏門、地下の隠し通路にも人員は配置してるし、屋上からは私が目を光らせてる。これを抜ける奴がいるなら、もう脱帽するしかない。
私が監視を始めてからまだ間もないけど、すでに正門と裏門には人だかりができてる。
行政区の役人と、たくさんいるのが生徒の保護者だ。メッセンジャーからの伝言を受け取って集まってきたらしい。
怖い目に遭った子供たちを早く保護者の元に返してやりたい気持ちはあるけど、今はまだ我慢してもらう。あの中に口封じにやってきた暗殺者がいるかもしれない以上、今はダメだ。最後っ屁で、なにを仕出かされるか分かったもんじゃない。
代わりと言っちゃなんだけど、子供受けのいいソフィとリリィには、教員に混ざって子供たちへのケアをやってもらってる。
門番をしてるアンジェリーナやブリタニーたちに突っかかる奴もいるけど、彼女たちはビクともしない。
キキョウ会の戦闘班が誰に凄まれようともビビったりしないのは当然だけど、損な役回りをさせてしまってるわね。
一応、キキョウ会がテロリストと勘違いされても困るから、理事長の信用の厚い教員には学校の代表として説明役をやってもらってる。でも通せんぼしてるのがウチのメンバーだから、風当たりが強いみたい。
そうこうしてると、新たなお客さんのお出ましだ。
見るからに荒事に強そうな風体の男たちがぞろぞろと雁首そろえてやってきた。装備からして冒険者に違いない。堂々と正面からやってきたところを見ても、正式に救助の要請を受けてきた奴らだろう。
……ただね、いくら自由気ままで実力のある冒険者だったとしても、あれは品が悪すぎる。私はあえて断言してやる。あいつらは不良冒険者の仲間で間違いない。
隣で周囲を警戒してたヴィオランテの肩に手を置いて、ちょいと頼む。
「今やって来た冒険者、奴らの声を拾ってこれる?」
「この距離ならクリアに拾えます。アンジェリーナさんだけには、会長の声も届けましょうか?」
「うん、それで頼むわ」
ヴィオランテは器用な魔法使いで、風の魔法適正から攻撃だけじゃなく、声を遠くに届けたり拾ってきたりもできる。
微調整してもらったなら、奴らの会話はこっちに聞こえて、私の声はアンジェリーナにしか届かないようになるはずだ。
「……繋げます」
どれどれ、どんな話をしてるんだろう。
『おいっ! このデカブツ女が。どきやがらねぇと、ぶっ殺すぞ!』
『こっちは冒険者ギルドから正式に派遣されてきてんだよ。この書類が見えねぇのか? あぁ?』
『どいつもこいつも女のクセに不愛想なツラしやがって。俺様が可愛がってやろうか? 少しはマシな面になるだろうぜ』
『うるせぇな! こっちはわざわざ助けに来てやってんだろうが!』
『もう終わった? 知るか、ボケ! いい加減にしねぇと、マジでぶっ殺すぞ』
『誰に断って俺らの邪魔してんだ。そっちが消えろっ! 現場はこっちが調べてやるし、犯人もさっさと引渡せ!』
『外野は黙ってろ! 全員、手足をへし折るぞ!』
『ジジイとババアはすっこんでろ! こっちは頼まれて来てやってんだ。邪魔するならテメェらから殺すぞ!』
『キキョウ会だかなんだか知らねぇが、女が出しゃばる場面じゃねぇだろ。だからさっさとそこをどけ。な?』
『面倒だな。本当にまとめて殺しちまうか……』
『なぁ、どうせ殺しちまうなら俺が好きにしちまってもいいだろ?』
『馬鹿野郎が、仕事が先だ!』
うーん、これは酷い。予定が狂った苛立ちか、素の粗暴さが出てるっぽいけど。
ウチのメンバーだけじゃなく、あそこに集まってる学校関係者にも吐き出される罵詈雑言。もっと口汚い言葉もたくさん聞こえる。
荒々しい雰囲気の冒険者が露骨に威嚇してるんで、ウチのメンバー以外は腰が引けてるようだ。無理もないけど。
さて、アンジェリーナたちと言えば、全員が無言のままだ。誰も一言も発さない。
弱い犬ほどよく吠える、なんて聞くけど実際にその通りだと思う。
ここからじゃ彼女たちの表情は見えないけど、きっと虫けらを見るような目をしてることだろう。そんな目を向けながら、無言で仁王立ちだ。
冒険者は数も多いし、そろそろ誰かがしびれを切らす頃だろう。
そうなれば、こっちの思うつぼだ。
「アンジェリーナ、聞こえる? 奴らに先に手を出させなさい。冒険者ギルドの正式な書類を持ってるなら、こっちから手を出すと面倒なことになるわよ。でも奴らから手を出してきたなら話は別。証人は周りにたくさんいるし、こっちは学校の理事長に頼まれて守備を固めてるだけだからね。売られた喧嘩を買っただけのことに、文句なんて言わせないわ」
「……任せろ」
いざとなれば、誰だろうと、どんな組織だろうと相手になる覚悟はある。だけど、避けられるリスクは避けておくべきだろう。
問答無用でぶちのめしてやってもいい気もするけど、あんな奴らのために面倒事を背負い込むのは癪に触る。冒険者ギルドは言わずと知れた世界的な大組織なんだ。今回の件程度で敵に回すんじゃ、どう考えても割に合わない。
『このっ、クソアマがあああああああああ!』
なんかいきなりキレたわね。アンジェリーナがなにか挑発でもしたんだろうか。
突如剣を抜いた冒険者が、勢いのままにアンジェリーナに切りかかった。
それを受けるキキョウ会第一戦闘班の班長がとった行動は、とてもシンプルだった。ほとんど動きもしない。
背負った武器を使うことも、攻撃を避けることすらせず、襲い掛かる剣を墨色の外套の防御力に任せて弾く。あの魔導鉱物の繊維から作られた外套は、意識して魔力を込めればそんな芸当もできてしまう。そんじょそこらの重装鎧なんかよりも、ずっと頑丈なんだ。
剣を弾いたあとは、硬い拳を顎に叩き込んで一撃で倒してしまった。顎骨を砕かれた冒険者は痛みにのち打ちまわってるけど、自分がとった行動の代償としては随分と軽い。反撃で殺されたって、文句なんか言えないはずなんだから。
そこからは雪崩を打つように乱戦が起こったけど、あの程度の連中相手に後れを取る戦闘班のメンバーなんかいやしない。
漏れなく冒険者全員を半殺しにすると、集まった全ての人が、しばらくは誰も一言も発さなくなった。
そのあと少しして理事長から監視体制の解除が要請されると、すぐに子供たちが保護者と共に帰宅したこともあって自然解散となった。
帰る前に理事長からは、犯人がサラちゃんをさらった理由を教えてもらう。
「尋問の様子を見る限りでは偶然でしょう。逃げる段階での、単なる人質としてしか見ていなかったようです」
「ふーん、それならいいわ。後始末はそっちに任せていいのよね?」
「これ以上、そちらに面倒は掛けられません。外ではなにかありましたか?」
「あったわよ。冒険者ギルドから救助チームが来たけど、半殺しにしておいたわ。そっちの始末も頼める?」
「奴らの仲間ですな? ギルドにはこちらから正式に抗議しましょう」
想定済みってことか。だから私たちを守備につけたってわけね。なんかこいつ、王都のロスメルタと同じ感じがするわね。
私たちは面倒を引き起こした奴のケジメさえ付けられるなら、学校の中の裏切者の正体やなんかはどうでもいい。どうせ私の知らない奴だし。
「なんかあったらキキョウ会に知らせて。場合によっちゃ、冒険者ギルドでも許しておかないから。それじゃ」
さーてと、もう帰ろ。
帰り道、みんなでサラちゃんを囲んでのんびりと歩く。
怖い目に遭ったはずだけど、普段と変わった様子はない。明るく朗らかな、いつものサラちゃんだ。
ソフィと手をつないで楽しそうに歩くところに、ヴェローネも不思議に思ったのか声をかけた。
「怖くなかったの?」
「ぜんぜん! 怒ったときのお姉ちゃんたちの方がずっと怖いもんっ」
……あー、なるほどね。サラちゃんの前で怒るようなことは特にないと思ったけど、戦闘訓練の様子を見学してることもあるし、店でアホを叩き伏せることもある。そういうところを何度も見てるんだとしたら頷ける。
「え、えっ? そ、そうかな?」
どこかショックを受けたようなヴェローネだったけど、他のみんなは自覚があるらしく笑い出した。
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