第125話、賊の狙い

 状況に微妙な違和感を覚えるけど、やるべきことをまずはやる。

 制圧した教室から廊下に出ると、物音を聞いて駆け付けようとする二人の不良冒険者が目に入った。

 遠距離攻撃の手段は持ってないのか、口汚くののしりながら走ってくる。

「後ろの奴を片付けるから、あんたは前の奴を」

 付いてきた若衆は何度も一緒に訓練をしたことがある娘で頼りにできる力の持ち主だ。ぽんと背中を叩いてやる。

「はいっ」

 返事を聞きつつ、こっちも敵に向かって走り出した。


 走りながらタイミングよく身を屈めると、背後から頭上を飛んでいくナイフとその結果を見る。

 若衆の放った大振りのナイフは、冒険者の心臓に突き刺さって一撃で仕留めてみせた。うん、なかなかやる。

 急に動きの止まった相棒を不審に思ったのか、速度を緩めた後ろの冒険者だけど、急接近した私が腕を取って投げ飛ばす。腰から落として叩きつけた後、腹に一撃を入れて昏倒させた。


 校舎内の階段は中央の一カ所だけ。このフロアには両端の部屋以外に人はいない。

 このまま下に向かおうかと思ってると、誰かが廊下に飛び出して来た。

「ユカリさんっ、サラがいません!」

 ソフィだ。端的に結果だけを伝えてくる。あっちの部屋の人質救出はできたけど、その中にサラちゃんはいなかったってことだろう。

「虱潰しに探すわよっ」

 三階にいなかったとなれば、自動的に二階か一階。魔力感知で人の居場所は分かるわけだし、すぐに見つかる。下にはヴァレリアたちだっているしね。



 ところが。

「……いないわね」

「お姉さま、どういうことでしょうか」

 探した。魔力感知だけじゃなく、目視でも人が隠れられそうな場所はすべて探した。

「サラ……どこに?」

「外の様子を~見てきます~。なにか~痕跡があれば~、分かるかもです~」

「あ、わたしたちも行きますっ」

 学校の中にいない? すでに連れ去られた? なにかおかしい。引っかかる。

 私の中にある何かを見落としてそうな感覚って、ひょっとしてこれ?


 その時、上から若衆のひとりが慌てた様子で降りてきた。

「みなさん、地下です!」

 どういうこと?

「地下への入口なんてなかったわよね? まさか隠し扉?」

 校舎内の短距離を全力で走った程度で息を乱す軟弱者はキキョウ会にはいない。淀みなく答えてくれる。

「学校の理事長を名乗る人が地下へ急げと言っています。本当の狙いは地下にあると」

 ああ、そういうことか。犯人の企みは分からないけど、地下があるなんてことは考えてなかった。言われてみれば間抜けな話だ。魔力感知は地上だけにしかターゲットしてなかったし、気づかないのも当然だ。どれ、地下を探ってみよう。


「……魔力反応は三人分。この中にサラちゃんがいるってことか」

「急ぎましょう。あ、地下へはどうやって?」

 うん、入り口は見当たらなかった。どこから入れるのか。

「複雑な手順を踏まないと開けられないそうです。ですので、壊してしまって構わないと」

「なるほどね。それなら話は早いわ。私たちは壊すことなら大得意だからね」

 そこまで厳重に管理された場所なら、本当は破壊することだって難しいはずだ。だけど、その理事長とやらは私たちなら可能と判断したわけだ。キキョウ会のことをよく分かってる人みたいね。


 お偉いさんのお墨付きがあるなら遠慮は無用。破壊する場所の選定をする時間ももったいない。この場でやる。

「会長、理事長は地下に降りた犯人を絶対に逃がさないでくれと言っていました。できれば生きた状態で捕えて欲しいそうです」

 秘密の地下室と、そこにある何かを狙った犯人か。ややこしい話は勘弁して欲しいわね。

 だけどサラちゃんの学び舎に手を出した上、連れ去ろうとした奴を許すことはない。簡単に殺してしまっては、背後関係も洗えないか。

「状況にもよるけど、なるべくオーダーには応えるわ」

 よし、床を壊そう。材質は大理石に似た高級感のある硬い石材だ。かなり硬いし分厚いみたいだけど、私にかかれば造作もない。

 即座に人ひとりが通り抜けられる程度の穴を綺麗に繰り抜いた。


「お姉さま! 地下の魔力反応が移動を始めました!」

「これは、まさか学校の敷地の外に向かっているのでしょうか!?」

 秘密の地下室に秘密の地下通路まであるってわけ? しかも脱出口は学校の外と来た。

「別れるわよ。ロベルタとヴィオランテは、魔力感知で逃げる奴を地上から追跡! 出口の封鎖をするか、出てきた場合の対処をしなさい!」

 短く返事だけして、遠ざかる魔力を猛然と追いかけていく。

「若衆も分散! 各班への状況の伝達とロベルタたちを追いかけてサポートする班に別れて、各自で必要なことをやりなさい!」

 こっちも即座に動いてくれる。

「ソフィとヴァレリアは私と一緒に地下に突入。追いかけるわよ!」



 繰り抜いた穴から地下に向かって、先に魔法の光を撃ち込んで灯りを確保する。

 床は見えたけど、思ったよりも深いわね。高さは十メートルくらいあるかもしれない。

 それでも躊躇する程じゃない。さっさと飛び降りると、ソフィとヴァレリアも続いて地下に降りた。

「わたしが先行します! お姉さまはソフィと後から来てください」

「あ、わたしも急ぎます!」

「うん、私は少し状況を確かめながら進むわ」

 そこまで距離が離れてるわけじゃない。ヴァレリアならすぐに追いつけるだろうし、そうなれば足止めできる。その間にソフィが追いつけば、相手は終わりだ。相手の力量は不明だけど、おそらく私が出るまでもなく決着はつく。


 先行するふたりを見送ると地下室の状況を確認する。誰かが隠れてるとは思えないけど、念のためだ。

 広々とした地下室は間仕切りなんかがなくて、雑然とした雰囲気だ。

 無造作に置かれてるのは、財宝や美術品の類。魔力反応を完全に遮断してると思わしき宝箱まである。中には貴重な魔道具でも入ってるんだろう。

 サラちゃんがピンチの状況でなければ、ちょっとワクワクしてしまうようなお宝部屋ね。


 この宝が真っ当な学校の資産なのか、表に出せない物なのかは分からない。別にどうでもいいけど。

 それよりも、金目当ての泥棒が侵入したにしてはおかしなところがある。金目の物がそこら中にあるってのに、手が付けらた様子がないんだ。これは普通に考えればおかしい。犯人の狙いがどこにあったのか。

 上で身代金を要求してた奴らの行動と噛み合ってない。私たちが地下に気づくまでに、物色する時間くらいは余裕であったろうに。


 さっと目を走らせると、唯一荒らされた形跡のある場所があった。

「これは、本棚?」

 ごっそりと抜き取られた痕跡のある本棚だけど、全部が持って行かれたんじゃなくて、まだまだ結構な量が残ってる。その一冊を手に取ってみた。

「……なるほどね、そういうことか」

 理解した。そこにあったのは情報。それも極上の情報の宝庫だ。少々の財宝なんかよりも、使い方によってはよっぽど金になる。

 学校にある情報と言えば至極簡単。当たり前にある、生徒の個人情報がここには蓄積されてたんだ。

 なぜそれに価値があるか。よく考えてみれば分かる。


 この世界で重要な個人情報と言えば、何を置いても魔法適正に間違いない。

 特に通信に関わる魔法適性や、結界魔法に代表されるような極めて有用かつレアな魔法適正の持ち主ならば、どんな手を使ってでも手に入れる価値がある。

 誘拐や人身売買に繋がる有力な情報源ってわけだ。情報自体に価値があるし、さらにその持ち主までセットとなれば、買い手は無数にいる。それもチンケな額での取引じゃない。莫大な金額での取引だ。

 ヤバい商売ではあるけど、取引相手にだって困らないだろう。国家を始めとして、表裏を問わずに大きな組織が買い手に連なることは簡単に予測できる。


 おそらく、上の連中は囮で地下が本命だ。利用されてるのか、初めからそういう作戦だったのかは分からない。でも私たちの介入は完全に想定外だったはず。


 誰の計画か、誰の入れ知恵か。これは私たちの仕事じゃないわね。それこそ行政区のお偉いさんが本腰入れて黒幕を暴き出すべき事件だ。

 まぁ、お偉いさんがその黒幕に関わってない保証もないけどね。

 とりあえず、敵の目的は分かった。これ以上の深入りは無用ね。


 それにしても。人身売買を得意にしてる五大ファミリーといえば、蛇頭会とガンドラフト組だ。

 大幅に弱体化した蛇頭会が、こんな大それた事件に関与する余地はあんまりなさそう。今はそれどころじゃないだろうし。消去法だとガンドラフト組が関与してる可能性が高そうだけど、そうと決まったわけでもない。当面は保留ね。



 もう現場検証は十分。誰かが潜んでる様子もないし、そろそろ私も行こう。

 魔力感知によれば、もうヴァレリアもソフィも敵に追い付いてる。どうなってるかな。

 向かおうとしたところで、不意に薄暗い地下を轟音と光が満たした。

「うあっ!?」

 私がいるここまでは距離と曲がり角があったお陰で、特に行動に支障が出る程じゃない。驚いたけど。

 でも、ヴァレリアもソフィもこんな攻撃方法をするタイプじゃない。そうすると、敵の攻撃? 急ごう!


 必死に走って駆け付けてみると、なんとまぁ、当初に予想した光景が。つまり、敵が倒されてる状況だ。結構な事だけど、さっきの音と光はなんだったのか。

「お姉ちゃん!」

 呼びかけて来たのは、ソフィに抱きついたままのサラちゃんだ。

 立ち位置からしてヴァレリアが敵を倒したことは間違いなさそうだけど、さっきのが気になる。

「無事みたいね。ソフィ、あの光と音は?」

「あたしだよっ!」

 話しかけてから気が付いたけど、ソフィは目をつぶったままで耳を押さえるようにしてる。さらにはヴァレリアまで同じ状態らしい。

 視覚と聴覚が回復してないみたいで、私の姿も声も分からないようだ。あ、それってもしかして。

「やるじゃないの、サラちゃん。ヴェローネに教わった?」

「うんっ」

 スタングレネードの魔法を使ったらしい。子供になんて魔法を教えてるんだ、まったく。でも殺傷能力とかを考えると、危険性は薄いしちょうどいいのかも。うーん、これは良しとしようか。

 無差別に味方まで巻き込むのが欠点な魔法だけどね。


 それでもヴァレリアは構わず敵を打倒してるのが凄い。普通ならショックを受けて行動不能になるところを、魔力感知を頼りにしながら目が見えない状況でもそのまま敵を倒してしまった。

 恐るべき異常なレベルの精神力と行動力だけど、それでこそ私の妹分よ。あとで褒めてやらないと。もしかしたら、ヴァレリアはサラちゃんがスタングレネードの魔法を使うことを知ってたのかもしれないけどね。織り込み済みなら多少の対策も覚悟もできるだろうし。

 しかも倒れてる敵はオーダー通りに殺してない。手加減まで上手くこなすとは、ますます凄いわね。


「お姉さま?」

「ユカリさん、もう少し待ってください」

 ソフィとヴァレリアも、見えないながらもこっちに声をかけて来た。気配からして私が傍にいることは分かってるらしい。

 さて、ぼけっと待ってるのもなんだし、私も少しは働いておこう。

 二人が回復する間に、いつものワイヤーで敵を縛りあげて、目隠しと猿轡で完全に拘束しておいた。黒幕に繋がる重要参考人だからね。

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